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一章 旅立ち
旅立ち 9
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アレクサンドラは目を見開いた。
隻眼の赤い死神。
「……ロバート?」
アレクサンドラの呟きは、蹴り倒された男の叫び声にかき消された。
「ロバート、もう戻っていたのか!」
「当たり前だ、この街を仕切ってるのは誰だと思ってんだ。力があり余ってるなら海に出ろ! 次にこの街で追剥ぎをしているのを見つけたら、港に入れねえからな」
男たちは文句を言いながらも去って行った。
彼が、“赤い死神”と呼ばれる男。
年齢は二十代前半だろう、アレクサンドラの想像よりもずっと若かった。
バンダナから一房流れる金髪が揺れている。二重のはっきりした碧眼と通った鼻筋。少し厚みのある唇には不敵な笑みを浮かべている。
――この人が、史上最強最悪の海賊、ロバート。
アレクサンドラは、目の前の人物と噂の印象が一致しなかった。どう見ても冷徹な悪魔には見えない。助けられたからだろうか。
「ありがとう、助かった」
気を取り直して、アレクサンドラは手を伸ばした。
「気にすんな。飲んでたら見えちまったからさ」
ロバートは二階の窓を親指で示した。そこから飛び降り、強烈な蹴りを男たちに浴びせたようだ。
「よく来たな」
握り返されたロバートの手は固く、骨ばって豆だらけだった。海の男の手だ。
碧い瞳が真っ直ぐアレクサンドラを見下ろしている。その温かい眼差しに、アレクサンドラは吸い込まれそうになった。
なんて優しい目で見つめてくるんだろう。
「洗礼を受けちまったようだが、そう治安の悪い街じゃないんだぜ。人気のあるところはそれなりに安全だ」
「あの、キャプテン・ロバート。私たちを、あなたの仲間にしてもらえませんか」
アレクサンドラはロバートの手を握ったまま、直球で頼んだ。
「仲間ねえ。オレの船は希望者が多いんだよ。どうしよっかなあ」
ロバートはおどけるようにアレクサンドラとエドワードを交互に見た。アレクサンドラはロバートの手を握ったままだったことに気づき、慌てて離した。
「ロバート! なにしてんのさ、早く戻って来てよ」
頭上からハスキーな甘い声が降ってきた。見上げると、先ほどロバートが示した窓から、ピンクゴールドの長い巻き毛の人物が身を乗り出していた。
「可愛い子」
思わずアレクサンドラは呟いた。
この距離からでも、琥珀色の大きな瞳と長い睫毛がよく見えた。こんな容姿に生まれてきたら人生変わっていたんだろうなと思わせる、華奢で可憐な容姿だった。
「おう、じゃあ、そこどけ! あんたたちは表から来な」
後半は肩越しに振り向きながらアレクサンドラたちに声をかけ、ロバートは軽く助走をすると壁を蹴り、二階の窓に飛び込んで行った。そこから歓声と指笛、野太い笑い声が溢れてくる。
「また絡まれたら面倒だ、大通りに出よう」
エドワードがアレクサンドラを促した。
「早速本命のお出ましで、探す手間が省けたな。噂どおり派手な奴だ」
「悪い人に見えなかったね」
アレクサンドラは、いまだにロバートの柔らかい眼差しに包まれているような、不思議な感覚があった。手の平にも温もりが残っている。
仲間にしてほしいという言葉はまるで本心であるかのように、自然に口から飛び出していた。討伐のことなど、一瞬頭から消えていた。
目を閉じると瞼の裏に、さっきの赤い疾風が蘇った。鮮やかで、なんとも頼もしかった。
アレクサンドラの様子に、エドワードは眉を顰めた。
「悪い奴ほど、そうは見えないものだ」
「……そうか。うん、そうだよね」
アレクサンドラは納得した。
悪党を世に放っておくわけにはいかない。
軍人として私は彼を討つ。
アレクサンドラは頭の中で繰り返した。
隻眼の赤い死神。
「……ロバート?」
アレクサンドラの呟きは、蹴り倒された男の叫び声にかき消された。
「ロバート、もう戻っていたのか!」
「当たり前だ、この街を仕切ってるのは誰だと思ってんだ。力があり余ってるなら海に出ろ! 次にこの街で追剥ぎをしているのを見つけたら、港に入れねえからな」
男たちは文句を言いながらも去って行った。
彼が、“赤い死神”と呼ばれる男。
年齢は二十代前半だろう、アレクサンドラの想像よりもずっと若かった。
バンダナから一房流れる金髪が揺れている。二重のはっきりした碧眼と通った鼻筋。少し厚みのある唇には不敵な笑みを浮かべている。
――この人が、史上最強最悪の海賊、ロバート。
アレクサンドラは、目の前の人物と噂の印象が一致しなかった。どう見ても冷徹な悪魔には見えない。助けられたからだろうか。
「ありがとう、助かった」
気を取り直して、アレクサンドラは手を伸ばした。
「気にすんな。飲んでたら見えちまったからさ」
ロバートは二階の窓を親指で示した。そこから飛び降り、強烈な蹴りを男たちに浴びせたようだ。
「よく来たな」
握り返されたロバートの手は固く、骨ばって豆だらけだった。海の男の手だ。
碧い瞳が真っ直ぐアレクサンドラを見下ろしている。その温かい眼差しに、アレクサンドラは吸い込まれそうになった。
なんて優しい目で見つめてくるんだろう。
「洗礼を受けちまったようだが、そう治安の悪い街じゃないんだぜ。人気のあるところはそれなりに安全だ」
「あの、キャプテン・ロバート。私たちを、あなたの仲間にしてもらえませんか」
アレクサンドラはロバートの手を握ったまま、直球で頼んだ。
「仲間ねえ。オレの船は希望者が多いんだよ。どうしよっかなあ」
ロバートはおどけるようにアレクサンドラとエドワードを交互に見た。アレクサンドラはロバートの手を握ったままだったことに気づき、慌てて離した。
「ロバート! なにしてんのさ、早く戻って来てよ」
頭上からハスキーな甘い声が降ってきた。見上げると、先ほどロバートが示した窓から、ピンクゴールドの長い巻き毛の人物が身を乗り出していた。
「可愛い子」
思わずアレクサンドラは呟いた。
この距離からでも、琥珀色の大きな瞳と長い睫毛がよく見えた。こんな容姿に生まれてきたら人生変わっていたんだろうなと思わせる、華奢で可憐な容姿だった。
「おう、じゃあ、そこどけ! あんたたちは表から来な」
後半は肩越しに振り向きながらアレクサンドラたちに声をかけ、ロバートは軽く助走をすると壁を蹴り、二階の窓に飛び込んで行った。そこから歓声と指笛、野太い笑い声が溢れてくる。
「また絡まれたら面倒だ、大通りに出よう」
エドワードがアレクサンドラを促した。
「早速本命のお出ましで、探す手間が省けたな。噂どおり派手な奴だ」
「悪い人に見えなかったね」
アレクサンドラは、いまだにロバートの柔らかい眼差しに包まれているような、不思議な感覚があった。手の平にも温もりが残っている。
仲間にしてほしいという言葉はまるで本心であるかのように、自然に口から飛び出していた。討伐のことなど、一瞬頭から消えていた。
目を閉じると瞼の裏に、さっきの赤い疾風が蘇った。鮮やかで、なんとも頼もしかった。
アレクサンドラの様子に、エドワードは眉を顰めた。
「悪い奴ほど、そうは見えないものだ」
「……そうか。うん、そうだよね」
アレクサンドラは納得した。
悪党を世に放っておくわけにはいかない。
軍人として私は彼を討つ。
アレクサンドラは頭の中で繰り返した。
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