上 下
34 / 43
三章 央都也の居場所

三章 央都也の居場所 その3

しおりを挟む
《冷蔵庫を開けてみようよ》
「そうだね、見たい人も多いようだし」

 央都也は淡々と、すすけたような薄いブルーの冷蔵庫に素手で触れた。「ギャー」などと阿鼻叫喚のコメントが勢いよく流れていく。
 央都也としても気持ち悪いとは思うのだが、感情が靄がかかったように鈍くなっていた。

「見たくない人は目を閉じてね、いくよ。三、二、一、オープン」
 央都也は冷蔵庫を開ける。

 開けた瞬間、いくつかの虫がウゾウゾと這いだしてきた。内側はビッシリとかびがついて緑や黒に染まっている。ジュースや牛乳、ジャムやドレッシングなどが入っていて、原形がわからないほど変色し、カビが浮いている。野菜や肉らしきものもあるが、干からびて元がよくわからない。

《ウワアアアッ》
《キモい!》
《Gが! Gがっ!》
 悲鳴がチャットを埋め尽くした。

「思っていたほどひどくはないね。カビの匂いはするけど、腐敗臭みたなものはないよ。五年も経つと腐敗しきっちゃうんだろうね。はい、冷蔵庫のドアを閉めたから、もう目を開いていいよ」

《ペケくん冷静!》
《なんだか、いつもより頼もしい》
《さすが殺人物件に住む男、肝が据わってる!》
《それじゃ、家が人を憑り殺すみたいだろw》

(盛り上がってる)
 コメントを見ながら、よしよしと思う。

(どんどん再生数を増やして、どんどん投げ銭をして。ぼくの安息の日が近づくから)

 今の央都也には、早く一人になることしか考えられなかった。あのメールを見た時から、心の一部が凍り付いてしまったのかもしれない。
 こうして央都也は、今までの事故物件企画と同じく、部屋を一つ一つ説明していった。今回は部屋数が多いので時間がかかる。しかもどの部屋も荒れているので、廃墟ツアーのような趣だ。

 一階が終わり、二階に移動する。

《わっ、二階やばい。わたし霊感が強いほうなんだけど、背筋がゾクゾクしてきた》
《私も!》

「鋭いね。殺人現場は二階だから」
 またチャットの速度が増した。

 二階の廊下の壁に、青いスプレーで大きく「マサルKINGDAM」と下手な字で書いてある。

(キングダム? 王国? スペルが違うけど、間違えたのかな)

 更に壁に相合傘が書かれていたり、いくつか穴が開いたりしていた。岩でも打ち付けたかのようだ。

《二階の世紀末っぷりがヤバい》
《公衆便所の落書きみたいだな。こんな家初めて見た》
《ヤンキーの溜まり場だったのかな?》
《それっぽい》

「このドアの先が、殺人現場だよ。ぼくもまだ入ってない」

 オレLOOM。ノックしろ! 勝手に入ったら殺す! 

「ドアに直接、黒マジックで書かれているね。さっきの壁の字と同じ筆跡っぽい。それに、またスペルを間違えてる」

《はっ、もしや暗号?》
《いや、バカなだけだろ。自信がなかったら、ペンで書く前に辞書で調べるよな》
《その知恵さえないんだろ》
《え、これスペル違うの?》
《ググれ》

 央都也は流れていくチャットを見ながら、ドアノブに手をかけた。
(さすがに緊張するな)

 五年経っているとはいえ、殺人現場なんて初めて見る。央都也は呼吸を整えた。といっても、思いきり吸いたい空気ではない。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でも今日も明日も誰かの想いを届けるお仕事をしています

だいふく丸
ファンタジー
郵便配達人としてその日も普段通りに配達しようとしていた主人公。 大雪の中普段は行かない路地へ置物を届ける事に。 明らかにおかしな荷物と配達場。 だがご用命であるのだから断る事が出来ない。 なんとか届け先に着いたが...瞬間に眩い光に包まれる。 目を開けてみればそこは異世界!? 剣と魔法が当たり前の世界であった。 色々とあったが、異世界でも前と同じく人の思いを届ける郵便配達をすることが出来るように。 前と今とではどんな配達先に伺うことが出来るのだろうか。 そんな想いと思いを繋げるほのぼの異世界ファンタジー。 こちらはなろうにも投稿してます。

退屈な人生を歩んでいたおっさんが異世界に飛ばされるも無自覚チートで無双しながらネットショッピングしたり奴隷を買ったりする話

菊池 快晴
ファンタジー
無難に生きて、真面目に勉強して、最悪なブラック企業に就職した男、君内志賀(45歳)。 そんな人生を歩んできたおっさんだったが、異世界に転生してチートを授かる。 超成熟、四大魔法、召喚術、剣術、魔力、どれをとっても異世界最高峰。 極めつけは異世界にいながら元の世界の『ネットショッピング』まで。 生真面目で不器用、そんなおっさんが、奴隷幼女を即購入!? これは、無自覚チートで無双する真面目なおっさんが、元の世界のネットショッピングを楽しみつつ、奴隷少女と異世界をマイペースに旅するほんわか物語です。

僕が皇子?!~孤児だと思ったら行方不明の皇子で皇帝(兄)が度を超えるブラコンです~

びあ。
ファンタジー
身寄りのない孤児として近境地の領主の家で働いていたロイは、ある日王宮から迎えが来る。 そこへ待っていたのは、自分が兄だと言う皇帝。 なんと自分は7年前行方不明になった皇子だとか…。 だんだんと記憶を思い出すロイと、7年間の思いが積もり極度のブラコン化する兄弟の物語り。

転生した愛し子は幸せを知る

ひつ
ファンタジー
 宮月 華(みやつき はな) は死んだ。華は死に間際に「誰でもいいから私を愛して欲しかったな…」と願った。  次の瞬間、華は白い空間に!!すると、目の前に男の人(?)が現れ、「新たな世界で愛される幸せを知って欲しい!」と新たな名を貰い、過保護な神(パパ)にスキルやアイテムを貰って旅立つことに!    転生した女の子が周りから愛され、幸せになるお話です。  結構ご都合主義です。作者は語彙力ないです。  第13回ファンタジー大賞 176位  第14回ファンタジー大賞 76位  第15回ファンタジー大賞 70位 ありがとうございます(●´ω`●)

悪の皇帝候補に転生したぼくは、ワルワルおにいちゃまとスイーツに囲まれたい!

野良猫のらん
BL
極道の跡継ぎだった男は、金髪碧眼の第二王子リュカに転生した。御年四歳の幼児だ。幼児に転生したならばすることなんて一つしかない、それは好きなだけスイーツを食べること! しかし、転生先はスイーツのない世界だった。そこでリュカは兄のシルヴェストルやイケオジなオベロン先生、商人のカミーユやクーデレ騎士のアランをたぶらかして……もとい可愛くお願いして、あの手この手でスイーツを作ってもらうことにした! スイーツ大好きショタの甘々な総愛されライフ!

もふもふで始めるVRMMO生活 ~寄り道しながらマイペースに楽しみます~

ゆるり
ファンタジー
ようやくこの日がやってきた。自由度が最高と噂されてたフルダイブ型VRMMOのサービス開始日だよ。 最初の種族選択でガチャをしたらびっくり。希少種のもふもふが当たったみたい。 この幸運に全力で乗っかって、マイペースにゲームを楽しもう! ……もぐもぐ。この世界、ご飯美味しすぎでは? *** ゲーム生活をのんびり楽しむ話。 バトルもありますが、基本はスローライフ。 主人公は羽のあるうさぎになって、愛嬌を振りまきながら、あっちへこっちへフラフラと、異世界のようなゲーム世界を満喫します。 カクヨム様にて先行公開しております。

【完結】子供が出来たから出て行けと言われましたが出ていくのは貴方の方です。

珊瑚
恋愛
夫であるクリス・バートリー伯爵から突如、浮気相手に子供が出来たから離婚すると言われたシェイラ。一週間の猶予の後に追い出されることになったのだが……

聖女の妹は無能ですが、幸せなので今更代われと言われても困ります!

ユウ
ファンタジー
侯爵令嬢のサーシャは平凡な令嬢だった。 姉は国一番の美女で、才色兼備で聖女と謡われる存在。 対する妹のサーシャは姉とは月スッポンだった。 能力も乏しく、学問の才能もない無能。 侯爵家の出来損ないで社交界でも馬鹿にされ憐れみの視線を向けられ完璧を望む姉にも叱られる日々だった。 人は皆何の才能もない哀れな令嬢と言われるのだが、領地で自由に育ち優しい婚約者とも仲睦まじく過ごしていた。 姉や他人が勝手に憐れんでいるだけでサーシャは実に自由だった。 そんな折姉のジャネットがサーシャを妬むようになり、聖女を変われと言い出すのだが――。

処理中です...