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三章 央都也の居場所

三章 央都也の居場所 その1

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 今まで霊感がないと思っていた央都也でさえ、この家に入ると寒気がした。

(気のせいだ。殺人事件があったと聞いたから、なにかあるように感じるだけ)

 どんな殺人があったのかチャットで不動産会社に尋ねたが、「実は、詳しいことは知らないんです」と返答があった。管理者が変わると、事故物件の内容まで引き継がれないことがあるらしい。ただ、被害者も加害者も未成年者だったようだ。

 事件自体は検索すれば出てくるはずだと言われたが、あまり残酷な話を視聴者にしても仕方がないかと、央都也は調べなかった。それに、依頼を受けてしまった以上は住まざるを得ず、積極的に詳細を知りたいと思えなかった。

 自棄になって勢いでこの物件を引き受けてしまったが、早くも央都也は後悔していた。

(最悪、ぼくなんてどうなったっていいんだけどね。誰も困らないし、むしろ、せいせいされちゃうくらいなんだから)

 そんな投げやりな気分にもなっている。
 雄誠の恋人だという青山桜子からのメールを読んでから頭に蜘蛛の巣が張っているようにグチャグチャで、深く考えることができなくなった気がする。

(そろそろ配信時間か)
 央都也は頬を引っ張った。

(今日もダメっぽいな)
 笑顔を作らなければと考えるが、どうやって作り笑いをしていたのか思い出せなくなっていた。上手く表情筋が動いてくれない。

 笑えなくなってしまったので、最近は事故物件に住んでの感想などを中心にした動画を作成し、「雰囲気つくりのために笑わない」という体で配信していた。

 面白おかしくリアクションを取りながらコミュニケーションをすることは不可能だが、ただ話す分には支障はない。半年以上毎日カメラに向かってしゃべっていたら慣れもする。

 事故物件企画第三弾となる二階建て住宅には、昨日の午前中に引っ越してきた。
 荷物を運びこんだ部屋入ったものの、気分がすぐれないので、家を背景に簡単な予告動画を撮影すると近くのホテルに宿泊した。

 この体調不良はまさか霊障ではないだろうが、新たな事故物件の印象は最悪だった。
 予告動画の配信で央都也が引っ越したことに雄誠が気づいたようで、メールや電話が何度もかかってきたが、央都也は全て無視した。

 最終的にはスマートフォンの電源を切った。連絡用のスマートフォンは一台のみで、機材として使っているスマートフォンは複数あるので、配信には支障がない。
 そして今日、夜を待って改めて事故物件に来てみたのだが、やっぱり嫌な感じがする。

(殺人現場と聞いてビビっちゃったんだな。本当にこの家に住めるのかな。動画だけ作って、すぐに別の場所に引っ越しちゃおうかな……。一月住んだってことにしても、不動産会社にはバレないよね)

 そう考えてしまうくらい、この家は不気味だった。今までの二軒とは比較にならない。

「こんばんは、美しすぎるユーチューバー、ミスターXです」

 いつもの決めポーズはナシ。囁くような控えめの声で央都也は生配信をスタートした。撮影用のスマートフォンと懐中電灯を手に持っている。

「あまりはっきり映せないけど、ぼくはとある住宅街に来ています。ぼくが話していないとシーンとするくらい、静かなところだよ。駅からも離れているしね。ちょっと黙ってみようか」

 暗闇が央都也を押しつぶさんと降りて来るような重い静けさだった。そこに微かに、踏切のカンカンという音が聞こえてくる。

「そうか、少し先に線路があったな。この時間でも一時間に三本くらいしか走っていないんだけどね」

 央都也は振り向いて、二階建ての住宅をカメラで映した。懐中電灯で照らした部分以外は暗くて見えない。もちろん、場所が特定されないように、あえてそうしている。

「ここが今日紹介する事故物件。五年前に殺人が起きたんだって。買手が見つかったら更地にして立て直すとか、リフォームするとかするつもりで、家具なんかが事件が起きた当時のまま放置されてるんだ。すっごく雰囲気がある家だから、一緒に探索して行こう」

《今回はガチの事故物件じゃん》
《すでに怖いんですけど》
《昨日の予告動画のときから、ヤバい感じがしてた》

「そうなんだよ、ぼくも寒気がする。でも、もうすぐ冬だしね。薄手のコート着ちゃった」
《そういう問題じゃないから!》
 いくつかチャットにツッコミが入る。央都也としてはボケたつもりはなかったのだが。
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