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二章 思い出の景色を探せ

二章 思い出の景色を探せ その3

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「じゃあみんなで喜代さんの話を聞いてみようか」
《聞く聞く!》
《やったね》
 視聴者はワッと盛り上がる。今回は幽霊との対話を楽しみに集まっている視聴者ばかりなのだろう。

 ――わたしは最期に、思い出の景色を一目見たいのです。

「思い出の景色?」
 央都也と雄誠は、喜代の正面に座った。カメラ用のスマートフォンは三脚に設置して、三人が映る位置に置く。

 ――それはもう、八十年近く前になりますね。わたしには、結婚を約束している恋人がいました。

 揃えた両膝に血管の浮いた細い手をのせて、喜代は語りだした。
 喜代は二歳年上の立石重蔵と幼なじみで、自然に共に時間を過ごし、お互い惹かれていった。
 喜代が女学校を卒業したら結婚しようと、二人で話していた。
 しかし、戦争に二人は引き裂かれた。
 女学校を卒業するその年、重蔵に召集令状が発令された。

 ――当時は“駆け込み結婚”も多かったんです。彼が戦地に行く前に家族になってしまおうというのですね。わたしもそうしていればよかった……。

 しかし、お互いに言い出せなかった。喜代は慎ましく、重蔵はおそらく、自分が戻ってこられなかったときに喜代を未亡人にしたくないと考えたのだろう。
 二人は別れる前に写真を撮り、お互いの写真を持つことにした。
 喜代は「ずっと待っています」と伝えて重蔵を送り出した。

 しかし、しばらくすると喜代は一家で、東京都から長野県に疎開することになった。終戦後も戻らず、引き続きそこで暮らした。

 喜代は重蔵に会うために東京に戻りたかった。しかし、住んでいた家は焼かれてないと親に言われ、きょうだいや親戚家族の世話もしなければならず、一人で東京に戻ることは叶わなかった。

 重蔵の安否はわからなかった。

 そして両親を看取るまで長野で暮らし、身軽になってから東京に戻った。重蔵との再会は諦めていたが、気持ちは変わっておらず、ずっと慕っていた。せめて思い出の場所の近くに住みたかった。

 ――ところがね、どこに住んでいたのか、わからなくなっていたんですよ。

 当然、町並みは変わっていた。市町村合併などで地名も変わり、記憶の住所もあいまいになっていた。東京に戻ればわかると思っていたのに、大きな誤算だった。

 ――重蔵さんとは、毎日のように近くの海岸を並んで歩いたんです。綺麗な貝殻を拾い集めたりもしました。今でいうデートなのでしょうね。当時は異性と並んで歩くだけでも破廉恥と言われることもありましたから、わたしたちにしては頑張っていたと思いますよ。手をつないだこともありませんでした。うっかりお互いの手が当たるだけで、真っ赤になったりしてね。
 喜代は懐かしそうに微笑んだ。

《ひゃあ、超ピュア》
《手くらい繋げばよかったのに》

 喜代の話に聞き入っているのか、チャットはゆっくりと流れている。
 ――それからは、思い出の海岸を探す毎日でした。
 しかし、しっくりとくる景色が見つからなかった。東京の海で間違いないはずなのに。

 ――毎日歩いていたせいかとても健康で、長生きはしたんですけどね。ある日、目が覚めたら幽霊になっていたんです。海岸が見つからなかったことが心残りだったんでしょうね。幽霊になるつもりではなかったのですけど。
 ふくよかな頬に手を当てて、困ったように白い眉を下げた。

《なるほど、今回はその海岸を当てればいいんだな》
《エリアが限定しているから、前回よりも簡単そうだね》

 チャットに感想が書き込まれる。今回も幽霊の声が聞こえている視聴者が、喜代の言葉を文字起こししていた。
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