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遺棄事件と見えないドア20

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 こうして、このパピーミルの持ち主だった女性は逮捕された。
 通常、ここまで犬に酷い扱いをしていても、行政は指導しかできないらしい。だけど今回は罪を犯しているので、動物取扱業の登録が取り消しとなった。
それでもまだ犬たちの所有権を主張していた女性は、警察にたっぷりと説教を受けた家族や親族に説得され、しぶしぶと犬を手放すことを承諾した。

 その日の夜、私はNPOレスキューにいた。
「山口さん、ごめんなさい。こんなに増えちゃって」
 救出された犬たちは、NPOレスキューが全て引き取ってくれた。元々ここには七十匹もいたのに、プレハブにいた八十匹強が移動してきたのだから、どれだけ世話に苦労していることか。
疾患があったり怪我をしている犬たちは、ボランティアの獣医さんに治療してもらっていた。回復した犬から順に、体を綺麗に洗って毛をトリミングして、元気に庭を駆け回っている。
「大丈夫。既に半分以上、ボランティアさんが一時預かりをしてくれることが決まったから」
「一時預かり?」
「里親っていう、新しい家族が見つかるまでのつなぎとして、自宅で面倒を見てくれるの」
 パピーミルのようなことを平気でする人もいれば、山口さんたちのように、命を大切にしている人たちもいる。
つらい思いをする犬たちが、一匹でも少なくなればいいのに。
 そう思ったら、言葉がポロリとこぼれた。
「私にも、できますか?」
「一時預かり?」
「里親です。犬を飼ったことはないんですけど、親と同居なので散歩もできるし、お金も大丈夫だと思う。ダメならバイトします」
 連れ帰って事情を話せば、両親は文句を言わないだろう。犬と共に生きることは、今の私にとって、とても重要な予感がする。
「それは嬉しいけど、一時的な感情に流されてない? 人間と同じで病気もするし、老犬になれば介護も必要になるのよ。時間もお金もかかるの。静かにしてほしい時に吠えるとか、理不尽な行動をすることがあるかもしれない」
「ちゃんと最期まで責任を持ちます。分らないことがあったら、相談させてください」
 山口さんを真っすぐに見つめると、「もちろんよ」と笑顔になった。
「親御さんの許可をもらってからだけどね。ねえ真田さん、学校行ってないんだよね」
 山口さんには登校拒否の話をしていた。
「明日から登校できそうな気がします」
 涼子のおかげで。
 あの端正な顔を思い浮かべて、なんだか気恥ずかしくなり、私はポリポリと頬をかいた。
「そうしたら、お願いしたいトイ・プードルがいるんだけど。飼えることになったら、その子でいいかな? あなたなら仲良くなれると思うの」
「?」
 山口さんは眼鏡を光らせながらニッと笑って、私の手を握った。

「カンパーイ!」
 栃木に行った翌日の月曜日。空は曇っていたけれど、私の心は晴れやかだった。窓を開けていると、気持ちのいい風が入ってくるのもいい。
私の部屋で、涼子とささやかながら、私の登校祝いをした。犬遺棄の犯人が逮捕されたので、「犬殺し」の汚名は返上された。飼い犬に怪我をさせてしまったクラスメートにも、改めて心から謝罪した。
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