20 / 21
遺棄事件と見えないドア20
しおりを挟む
こうして、このパピーミルの持ち主だった女性は逮捕された。
通常、ここまで犬に酷い扱いをしていても、行政は指導しかできないらしい。だけど今回は罪を犯しているので、動物取扱業の登録が取り消しとなった。
それでもまだ犬たちの所有権を主張していた女性は、警察にたっぷりと説教を受けた家族や親族に説得され、しぶしぶと犬を手放すことを承諾した。
その日の夜、私はNPOレスキューにいた。
「山口さん、ごめんなさい。こんなに増えちゃって」
救出された犬たちは、NPOレスキューが全て引き取ってくれた。元々ここには七十匹もいたのに、プレハブにいた八十匹強が移動してきたのだから、どれだけ世話に苦労していることか。
疾患があったり怪我をしている犬たちは、ボランティアの獣医さんに治療してもらっていた。回復した犬から順に、体を綺麗に洗って毛をトリミングして、元気に庭を駆け回っている。
「大丈夫。既に半分以上、ボランティアさんが一時預かりをしてくれることが決まったから」
「一時預かり?」
「里親っていう、新しい家族が見つかるまでのつなぎとして、自宅で面倒を見てくれるの」
パピーミルのようなことを平気でする人もいれば、山口さんたちのように、命を大切にしている人たちもいる。
つらい思いをする犬たちが、一匹でも少なくなればいいのに。
そう思ったら、言葉がポロリとこぼれた。
「私にも、できますか?」
「一時預かり?」
「里親です。犬を飼ったことはないんですけど、親と同居なので散歩もできるし、お金も大丈夫だと思う。ダメならバイトします」
連れ帰って事情を話せば、両親は文句を言わないだろう。犬と共に生きることは、今の私にとって、とても重要な予感がする。
「それは嬉しいけど、一時的な感情に流されてない? 人間と同じで病気もするし、老犬になれば介護も必要になるのよ。時間もお金もかかるの。静かにしてほしい時に吠えるとか、理不尽な行動をすることがあるかもしれない」
「ちゃんと最期まで責任を持ちます。分らないことがあったら、相談させてください」
山口さんを真っすぐに見つめると、「もちろんよ」と笑顔になった。
「親御さんの許可をもらってからだけどね。ねえ真田さん、学校行ってないんだよね」
山口さんには登校拒否の話をしていた。
「明日から登校できそうな気がします」
涼子のおかげで。
あの端正な顔を思い浮かべて、なんだか気恥ずかしくなり、私はポリポリと頬をかいた。
「そうしたら、お願いしたいトイ・プードルがいるんだけど。飼えることになったら、その子でいいかな? あなたなら仲良くなれると思うの」
「?」
山口さんは眼鏡を光らせながらニッと笑って、私の手を握った。
「カンパーイ!」
栃木に行った翌日の月曜日。空は曇っていたけれど、私の心は晴れやかだった。窓を開けていると、気持ちのいい風が入ってくるのもいい。
私の部屋で、涼子とささやかながら、私の登校祝いをした。犬遺棄の犯人が逮捕されたので、「犬殺し」の汚名は返上された。飼い犬に怪我をさせてしまったクラスメートにも、改めて心から謝罪した。
通常、ここまで犬に酷い扱いをしていても、行政は指導しかできないらしい。だけど今回は罪を犯しているので、動物取扱業の登録が取り消しとなった。
それでもまだ犬たちの所有権を主張していた女性は、警察にたっぷりと説教を受けた家族や親族に説得され、しぶしぶと犬を手放すことを承諾した。
その日の夜、私はNPOレスキューにいた。
「山口さん、ごめんなさい。こんなに増えちゃって」
救出された犬たちは、NPOレスキューが全て引き取ってくれた。元々ここには七十匹もいたのに、プレハブにいた八十匹強が移動してきたのだから、どれだけ世話に苦労していることか。
疾患があったり怪我をしている犬たちは、ボランティアの獣医さんに治療してもらっていた。回復した犬から順に、体を綺麗に洗って毛をトリミングして、元気に庭を駆け回っている。
「大丈夫。既に半分以上、ボランティアさんが一時預かりをしてくれることが決まったから」
「一時預かり?」
「里親っていう、新しい家族が見つかるまでのつなぎとして、自宅で面倒を見てくれるの」
パピーミルのようなことを平気でする人もいれば、山口さんたちのように、命を大切にしている人たちもいる。
つらい思いをする犬たちが、一匹でも少なくなればいいのに。
そう思ったら、言葉がポロリとこぼれた。
「私にも、できますか?」
「一時預かり?」
「里親です。犬を飼ったことはないんですけど、親と同居なので散歩もできるし、お金も大丈夫だと思う。ダメならバイトします」
連れ帰って事情を話せば、両親は文句を言わないだろう。犬と共に生きることは、今の私にとって、とても重要な予感がする。
「それは嬉しいけど、一時的な感情に流されてない? 人間と同じで病気もするし、老犬になれば介護も必要になるのよ。時間もお金もかかるの。静かにしてほしい時に吠えるとか、理不尽な行動をすることがあるかもしれない」
「ちゃんと最期まで責任を持ちます。分らないことがあったら、相談させてください」
山口さんを真っすぐに見つめると、「もちろんよ」と笑顔になった。
「親御さんの許可をもらってからだけどね。ねえ真田さん、学校行ってないんだよね」
山口さんには登校拒否の話をしていた。
「明日から登校できそうな気がします」
涼子のおかげで。
あの端正な顔を思い浮かべて、なんだか気恥ずかしくなり、私はポリポリと頬をかいた。
「そうしたら、お願いしたいトイ・プードルがいるんだけど。飼えることになったら、その子でいいかな? あなたなら仲良くなれると思うの」
「?」
山口さんは眼鏡を光らせながらニッと笑って、私の手を握った。
「カンパーイ!」
栃木に行った翌日の月曜日。空は曇っていたけれど、私の心は晴れやかだった。窓を開けていると、気持ちのいい風が入ってくるのもいい。
私の部屋で、涼子とささやかながら、私の登校祝いをした。犬遺棄の犯人が逮捕されたので、「犬殺し」の汚名は返上された。飼い犬に怪我をさせてしまったクラスメートにも、改めて心から謝罪した。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
月影館の呪い
葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽(しんどう はね)は、名門の一軒家に住み、学業成績は常にトップ。推理小説を愛し、暇さえあれば本を読みふける彼の日常は、ある日、幼馴染の望月彩由美(もちづき あゆみ)からの一通の招待状によって一変する。彩由美の親戚が管理する「月影館」で、家族にまつわる不気味な事件が起きたというのだ。
彼女の無邪気な笑顔に背中を押され、葉羽は月影館へと足を運ぶ。しかし、館に到着すると、彼を待ち受けていたのは、過去の悲劇と不気味な現象、そして不可解な暗号の数々だった。兄弟が失踪した事件、村に伝わる「月影の呪い」、さらには日記に隠された暗号が、葉羽と彩由美を恐怖の渦へと引きずり込む。
果たして、葉羽はこの謎を解き明かし、彩由美を守ることができるのか? 二人の絆と、月影館の真実が交錯する中、彼らは恐ろしい結末に直面する。
密室島の輪舞曲
葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。
洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。
双極の鏡
葉羽
ミステリー
神藤葉羽は、高校2年生にして天才的な頭脳を持つ少年。彼は推理小説を読み漁る日々を送っていたが、ある日、幼馴染の望月彩由美からの突然の依頼を受ける。彼女の友人が密室で発見された死体となり、周囲は不可解な状況に包まれていた。葉羽は、彼女の優しさに惹かれつつも、事件の真相を解明することに心血を注ぐ。
事件の背後には、視覚的な錯覚を利用した巧妙なトリックが隠されており、密室の真実を解き明かすために葉羽は思考を巡らせる。彼と彩由美の絆が深まる中、恐怖と謎が交錯する不気味な空間で、彼は人間の心の闇にも触れることになる。果たして、葉羽は真実を見抜くことができるのか。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
おさかなの髪飾り
北川 悠
ミステリー
ある夫婦が殺された。妻は刺殺、夫の死因は不明
物語は10年前、ある殺人事件の目撃から始まる
なぜその夫婦は殺されなければならなかったのか?
夫婦には合計4億の生命保険が掛けられていた
保険金殺人なのか? それとも怨恨か?
果たしてその真実とは……
県警本部の巡査部長と新人キャリアが事件を解明していく物語です
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる