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遺棄事件と見えないドア19
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「警察が来る前に処分したいものって、なに?」
私が尋ねると、涼子は珍しく、ニッと意地悪そうな表情で笑った。
「はったり。叩けばいくらでも埃が出そうなオバサンだったでしょ」
私たちは顔を見合わせて、大声で笑った。緊張から解放されて身体が笑いを求めているのか、私たちはしばらく笑いが止まらなかった。
「そうだ涼子。このプレハブの開け方、言いかけてたでしょ」
「うん、助けてあげないとね」
涼子はそう言って、立てかけていたシャッター棒を手にした。
「これ」
「シャッター棒?」
「そう」
涼子は、さっき目星をつけていたプレハブのドアに向かうと、小指も入らないくらいの小さな穴に、シャッター棒の鉤の先を差し込んだ。
「じゃあ、開けるよ」
涼子の隣に並んだ私は、その視線に肯いた。
開けたら、またハエが飛び出してくるかもしれないし、悪臭が一気に外に流れ出してくるに違いない。それだけじゃない、これから、悲惨な状態になっている犬たちと対面することになるんだ。
同じことを考えているのか、シャッター棒を持つ涼子の手が震えていた。
「私が持とうか?」
「大丈夫。美央はちょっと離れてて」
「じゃあ」
私は涼子の手に、自分の手を重ねた。
「一緒に引っ張ろう」
涼子が微笑んだ。
「じゃあ、いくよ」
二人でシャッター棒を引っ張ると、錆びついた鉄がこすれる音がして、プレハブを微かに揺らしながら、壁が、いや、隠されていたドアが開いた。
大量のハエが大きな羽音を立てながらドアから飛び出してきた。
犬が吠える。
息ができないほどの悪臭が、むあっと蒸した空気と一緒に流れ出てきて、思わずむせた。それは目に染みるほどで、私はたまらず目を閉じた。
……そっと目を開くと……。
真っ暗なプレハブの奥、無数の目が、こちらを見ていた。
小さな犬たちのシルエットに、目だけが光っていた。
開けたドアから入った光で、部屋の手前は、はっきりと見えた。
いくつもの錆びたケージが積み上がって、ケージに敷いている新聞の上に糞と抜け毛が溜まり、そこに蛆が蠢いている。餌は見当たらない。水入れは干からび、カビがこびりついている。
白かったはずのマルチーズの毛は茶色に染まり、伸び放題の毛が濡れたように固まっている。岩のようになった糞もこびりつき、動きを制限しているようだ。片目がつぶれているポメラニアン、おかしな方向に足が折れているミニチュア・ダックスフンド、犬種が分らないほど毛が抜け、皮膚が膿んでいる犬もいる。
まさに、生き地獄のような状態だった。
「美央……」
涼子は声を震わして、私の肩に手をかけた。カタリと音を立てて、シャッター棒が落ちた。
「あの子たち、わたしたちに尻尾を振ってる。こんな目にあってるのに、尻尾振ってるよ……」
涼子は泣き出した。
道具のように扱われ、それでも犬たちは、人を慕って生きている。
「山口さんにも、電話しなきゃ……」
自分たちだけでは、犬をどう保護していいのか分からない。
山口さんはすぐに来てくれるという。それから山口さんの指示で、栃木の動物愛護指導センターにも連絡をした。
そうしているうちに、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
私が尋ねると、涼子は珍しく、ニッと意地悪そうな表情で笑った。
「はったり。叩けばいくらでも埃が出そうなオバサンだったでしょ」
私たちは顔を見合わせて、大声で笑った。緊張から解放されて身体が笑いを求めているのか、私たちはしばらく笑いが止まらなかった。
「そうだ涼子。このプレハブの開け方、言いかけてたでしょ」
「うん、助けてあげないとね」
涼子はそう言って、立てかけていたシャッター棒を手にした。
「これ」
「シャッター棒?」
「そう」
涼子は、さっき目星をつけていたプレハブのドアに向かうと、小指も入らないくらいの小さな穴に、シャッター棒の鉤の先を差し込んだ。
「じゃあ、開けるよ」
涼子の隣に並んだ私は、その視線に肯いた。
開けたら、またハエが飛び出してくるかもしれないし、悪臭が一気に外に流れ出してくるに違いない。それだけじゃない、これから、悲惨な状態になっている犬たちと対面することになるんだ。
同じことを考えているのか、シャッター棒を持つ涼子の手が震えていた。
「私が持とうか?」
「大丈夫。美央はちょっと離れてて」
「じゃあ」
私は涼子の手に、自分の手を重ねた。
「一緒に引っ張ろう」
涼子が微笑んだ。
「じゃあ、いくよ」
二人でシャッター棒を引っ張ると、錆びついた鉄がこすれる音がして、プレハブを微かに揺らしながら、壁が、いや、隠されていたドアが開いた。
大量のハエが大きな羽音を立てながらドアから飛び出してきた。
犬が吠える。
息ができないほどの悪臭が、むあっと蒸した空気と一緒に流れ出てきて、思わずむせた。それは目に染みるほどで、私はたまらず目を閉じた。
……そっと目を開くと……。
真っ暗なプレハブの奥、無数の目が、こちらを見ていた。
小さな犬たちのシルエットに、目だけが光っていた。
開けたドアから入った光で、部屋の手前は、はっきりと見えた。
いくつもの錆びたケージが積み上がって、ケージに敷いている新聞の上に糞と抜け毛が溜まり、そこに蛆が蠢いている。餌は見当たらない。水入れは干からび、カビがこびりついている。
白かったはずのマルチーズの毛は茶色に染まり、伸び放題の毛が濡れたように固まっている。岩のようになった糞もこびりつき、動きを制限しているようだ。片目がつぶれているポメラニアン、おかしな方向に足が折れているミニチュア・ダックスフンド、犬種が分らないほど毛が抜け、皮膚が膿んでいる犬もいる。
まさに、生き地獄のような状態だった。
「美央……」
涼子は声を震わして、私の肩に手をかけた。カタリと音を立てて、シャッター棒が落ちた。
「あの子たち、わたしたちに尻尾を振ってる。こんな目にあってるのに、尻尾振ってるよ……」
涼子は泣き出した。
道具のように扱われ、それでも犬たちは、人を慕って生きている。
「山口さんにも、電話しなきゃ……」
自分たちだけでは、犬をどう保護していいのか分からない。
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そうしているうちに、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
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