上 下
36 / 57
三章 愛しい人との別れ

愛しい人との別れ 7

しおりを挟む
「チクッ」
 そんな声とともに、首に固いものが当った。
 振り向くと、ひょろっとした長身のエルネストが、ぼくの首筋に指先を食い込ませていた。
「って味見しちゃうよ、そんなに隙だらけだとさぁ。っていうか、隙を通り越して、最近はボーッとしてるよね」
 エルネストがいつものように、ぼくに両手を絡ませて体重をかけてくる。
「そうだろうか」
「今のアーシェンに勝っても、勝った気がしないだろうな。つまんないから、ちゃんとやる気出してよね。あの人間がいないせい?」
 ぼくはドキリとする。
 そんなにぼくはあからさまなのか。エルネストに指摘されるほどに。
「俺よくわかんないけどさぁ、弱っちゃうくらいなら傍にいればよくね? 特区にいるんでしょ。近いじゃん」
 いつもは感情が読めないエルネストの赤い瞳が、心なしか心配げな色を浮かべているように見える。
 エルネストの言うとおりだ。
 勝手に気を回して、久しぶりに会ったあの二人に水を差してはいけないと近寄らないでいた。少しくらい、話しかけたっていいはずだ。
「あ、ちょっと気分が上がったでしょ。最近のアーシェンはわかりやすいなあ。別にいいんだけどさ」
 エルネストはにこやかな顔で、ぼくをぎゅっと抱きしめた。
「そんなに弱みが見え見えだと、俺の非常食になっちゃうよ?」
 首筋に温かい息がかかり、エルネストの柔らかい唇と固い犬歯が当った。身の危険を感じたぼくは、瞬時に魔法を発動した。
 瞬間移動する間際に、エルネストの笑い声が聞こえた気がする。
「た、食べられるかと思った……」
 ぼくは冷や冷やしながら、首の無事を確認した。
 エルネストは友好的なのか敵対的なのかわかりかねて、反応に困る。
 移動した先は、特区だ。
 ぼくの足は孤児院に向かっていた。ヴィンセントはクロムと一緒に、孤児院に宿泊している。
 繫華街や住宅地から外れた、公共施設が集まった静穏としたエリアに孤児院はあった。ただし、孤児院に近づくと、子供たちの笑い声が聞こえてくる。
 孤児院の庭には、四歳前後くらいに見る子供たちが走り回っていた。ほどんどの子どもが魔族の血もひいているはずなので、見た目よりも長く生きているだろうけど。
 その子供たちを、ヴィンセントとクロムが笑顔で会話しながら見守っている。
 やっぱり、二人は仲がいいんだな……。
 なぜか、胸がチクリと痛んだ。
「おっ、アーシェン! 孤児院の見学か?」
 まだ孤児院から距離があるのに、いち早くぼくに気づいたヴィンセントが声をかけてくる。
 そういえば、先日の中央公園でも、ぼくに気づいたのはヴィンセントだった。
 ぼくは長身なほうだし、角があるから目立つのかもしれないけど、ヴィンセントに気づいてもらえて嬉しくなる。
 ぼくとヴィンセントは、ぼくの胸くらいまである孤児院の柵の前で対面する。こうして会うのは何年も前のようにも、ほんの数分前のようにも感じた。
 本当に不思議だ。どうしてヴィンセントの近くにいるだけで、こんなにフワフワした気持ちになるんだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります

かとらり。
BL
 前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。  勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。  風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。  どうやらその子どもは勇者の子供らしく…

BLが蔓延る異世界に転生したので大人しく僕もボーイズラブを楽しみます~愛されチートボーイは冒険者に溺愛される~

はるはう
BL
『童貞のまま死ぬかも』 気が付くと異世界へと転生してしまった大学生、奏人(かなと)。 目を開けるとそこは、男だらけのBL世界だった。 巨根の友人から夜這い未遂の年上医師まで、僕は今日もみんなと元気にS〇Xでこの世の窮地を救います! 果たして奏人は、この世界でなりたかったヒーローになれるのか? ※エロありの話には★マークがついています

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

異世界チン!~王子様の選ばれし存在は俺!?~

モト
BL
俺、伊東新太が召喚された場所は、なんと異世界の神殿の中だった。特別取り柄のない俺がなんで召喚されたの!? 間違いない!?ねぇ、教えてよ! 召喚した異世界の人達は、何故か俺に遜って物凄い好対応。豪華フルコース! フカフカベッド! エステ三昧! ……ねぇ、怖い。そろそろ俺を召喚した理由を教えてくれない? すると、ようやく国の偉いさんがやってきて「王子の呪いを解く鞘として召喚いたしました」「鞘?」話を聞くと、なんと国の第一王子が呪いをかけられているそうだ。それを解くのは選ばれし鞘だけ……。なるほど、俺が王子を助けるわけね。鞘の役目ってことは剣があるんだろう? エクスカ〇バー的な剣がさ。新太は王子の呪いを解くことが出来るのか! 美形王子と健気な流され受け。元気なBLです。ムーンライトノベルズでも投稿しております

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

処理中です...