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二章 発情トラブル

発情トラブル 7

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 ぼくの臀部には尻尾があるので横向きになると、仰向けになって目を閉じているヴィンセントが目に映った。薄明りにフワリとした紅茶色の髪と、形のいい横顔の輪郭が浮かび上がっている。
「自分語りをしていいか?」
「もちろんだ」
 ぼくは頷いて目を閉じた。
「オレは物心ついたころには孤児院にいた。両親のことは、いまだにわからない」
 生まれた時から左の胸に変わった模様があった。剣と翼をかたどった光が組み合わさったような模様だ。
 ヴィンセントが十歳になるころ、孤児院に多くの人がやってきて城に連れていかれた。そしてそのまま、城で暮らすことになった。
 胸の模様が、古来より伝わる勇者の紋章と同じであることが判明したのだ。
「どんなに頼んでも、孤児院に帰ることはできなかった。正直、城はイヤだったよ。孤児院には友達がたくさんいたからさ」
 それからヴィンセントの生活は一転した。
 帝王学を叩きこまれ、しかるべき地位となる足がかりにと騎士に叙された。
「勇者の紋章を持つ者は、恐怖の魔王を討たなければならない。そう古文書に書いてあるそうだ。魔王がどんなに恐ろしいか耳にタコができるくらい聞かされたから、アーシェンを見ても、魔王だとは思えなかった」
「わたしは魔王らしくないか」
「というよりも……」
 ヴィンセントの語りがとまったので目を開けると、青い瞳がこちらを見ていた。
 その瞳が熱っぽくて、ちょっとドキリとした。
「なんでもない」
 ヴィンセントはまたベッドの天蓋に視線を向けて話し出す。低すぎない甘やかな声で、耳心地がいい。
 勇者の血筋であることはトップシークレットで、ごく一部の者にしか知らされていなかったので、周囲はヴィンセントが破格の扱いを受ける理由がわからず、妬みや嫉みもあり嫌がらせも多かった。
 なによりヴィンセントを打ちのめしたのは、やっと許可が出て孤児院に里帰りした時に、仲間たちによそ者扱いされたことだ。
「裏切者」とさえ言う者がいた。
 世界のために戦えと言われ、力をつける一方で、ヴィンセントの心は孤独だった。
 しかし、表向きには誰からも慕われ、愛されているように見える。実際にヴィンセントはリーダーシップがあり、懐が深く、人懐こい性格だ。
 ――それは、もう誰にも嫌われたくないという裏返しでもあった。
「そういえばヴィンセントは、淋しがり屋だったな」
 眠気が強くなり、ぼくは夢うつつになりながらつぶやいた。
 精鋭たちと魔王討伐パーティを組み、共に何度も死線を越えることで、仲間意識が芽生えていく。
 今のヴィンセントはその仲間たちと出会う前なので、信頼できる友がいない。
「アーシェン、手をつないでいいか?」
 耳元で囁かれた。いつの間にか、傍に人の体温がある。
「ん……」
 だめだ。もう眠い。
 ぼくの手が温かいもので包まれて、コツリと額になにかが当った。
「その身体、ほかのヤツに触らせてほしくねえな」
 眠りに落ちる前に、そんな声が聞こえた気がした。
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