上 下
2 / 57
一章 信頼できるパートナー

信頼できるパートナー 1

しおりを挟む
 突然、前世の記憶が脳内に押し寄せたので、ぼくは取り乱してしまった。
 あんなにひどかった頭痛がなくなっている。記憶が戻る予兆だったのかもしれない。
 ぼくは「やれやれ」というように、額の冷や汗を手の甲で拭いながらベッドから下りた。
 迅速に、生き残るための作戦を立てなければ。
 そのためにも現状の確認をしよう。
 ぼくは改めて部屋を見回した。
 魔王は魔族のトップだけあって、モノトーンを基調とした部屋は豪奢だった。
 床は白と黒の格子柄だ。おそらく、黒曜石と大理石なのではないか。
 繊細なレリーフが施された黒いマントルピースの上には、大きな龍の彫刻が飾ってある。それはぼくが、魔王であるアーシェンが龍神族だからだろう。
 龍神族は強大な魔力を持つ希少種で、そのなかでもアーシェンはずば抜けた才能を持つ。
 だから何百年も魔王に君臨しているんだ。
 魔族のヒエラルキーはものすごく単純で、強い者が上に行く。だから、ぼくに加えた四天王が、魔族のトップ五ということだ。
 カツカツとヒールの音を響かせながら、ぼくは部屋を眺めて回り、姿見の前で足をとめた。
「おぉ、やっぱりイケメンだな」
 頬に触れると、二十代前半くらいに見える鏡の中のイケメンも頬を押さえた。
 艶っぽい三重と長い睫毛の奥に、宝石のようなサファイア色の瞳が光っている。白い肌は陶器のようで、造りものめいていた。耳の先はとがっている。
 サラリとした前髪やサイドの黒髪は長めにカットされ、後ろ髪は腰近くまであった。
 頭部には羊の先祖と言われるフロンのような、渦巻き状の大きな角が二本生えていた。その角は黒く、指先の爪も同じ色をしている。臀部からは、爬虫類のような尻尾も揺れていた。龍神だからね。
 服装は、黒い燕尾服を変形させたようなスタイリッシュなスーツに、膝まである黒いロングブーツ。内側がワインレッドの黒いマントを羽織っている。
「そういえば魔王は、性別や種族を問わず魅了するほどの美貌だって説明されていたような」
 これがぼくかあ、と思わずウットリとしてしまう。これではナルシストだ。
 魔族はみんな容姿がいいんだっけ? と考えて、幹部たちの顔を思い出した。
 そんなことはなかった。
 獰猛な獣のような魔族もいたじゃないか。
 ただ、四天王はみんな人型だし、容姿も整っていた。ゲームの主人公たち、つまり勇者パーティとライバル関係にあるため、見目麗しい設定にしたに違いない。
「足、長いなあ」
 ヒールの高いブーツを履いているのを抜きにしても、身長は百七十センチ後半だろう。
 やや中性的な顔つきだけど、長身なので女性には見えない。
 前世のぼくは百六十センチちょっとしかなかったし、ガリガリだった。
「そう、前のぼくは……」
 ぼくは左胸に両手を当てた。
 生まれた時から心臓が弱くて、入退院を繰り返していた。学校なんて、数えるほどしか通えなかった。発作を起こすことを心配されて、外にもほとんど出られなかった。
 だから友達は、本やゲームだったんだ。
 そうやって大人しくしていたのに、結局ぼくは心不全で十八年の人生を終えた。
 でも、あの頃のぼくは、いつ死んでもいいと思っていた。
 だって、ぼくが生きている限り、両親に迷惑をかけてしまうから。お金も時間も、ぼくのためにたくさん使ってくれていた。
 病院にいる時も、ナースコールを押したら看護師さんに申し訳ないと思って、いつも痛みを我慢していた。
 ぼく自身、そんな生活に疲れていたんだ。
 だから、いつもと違う胸の痛みに意識が遠のいた時、これで解放されると思った。
 みんなも、ぼくも、ぼくという存在から解放されるんだ――。
 そう思っていたのに。

 魔王に転生するなんて!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)
BL
アシェルはオルシア大国に並ぶバーチェラ王国の侯爵令息で、フィアナ王妃の兄だ。しかし三男であるため爵位もなく、事故で足の自由を失った自分を社交界がすべてと言っても過言ではない貴族社会で求める者もいないだろうと、早々に退職を決意して田舎でのんびり過ごすことを夢見ていた。 しかし、そんなアシェルを凱旋した精鋭部隊の連隊長が褒美として欲しいと式典で言い出して……。 静かに諦めたアシェルと、にこやかに逃がす気の無いルイとの、静かな物語が幕を開ける。 「望んだものはただ、ひとつ」に出てきたバーチェラ王国フィアナ王妃の兄のお話です。 このお話単体でも全然読めると思います!

ある日仕事帰りに神様の手違いがあったが無事に転移させて貰いました。

いくみ
ファンタジー
寝てたら起こされて目を開けたら知らない場所で神様??が、君は死んだと告げられる。そして神様が、管理する世界(マジョル)に転生か転移しないかと提案され、キターファンタジーとガッツポーズする。 成宮暁彦は独身、サラリーマンだった アラサー間近パットしない容姿で、プチオタ、完全独り身爆走中。そんな暁彦が神様に願ったのは、あり得ない位のチートの数々、神様に無理難題を言い困らせ スキルやらetcを貰い転移し、冒険しながらスローライフを目指して楽しく暮らす場を探すお話になると?思います。 なにぶん、素人が書くお話なので 疑問やら、文章が読みにくいかも知れませんが、暖かい目でお読み頂けたらと思います。 あと、とりあえずR15指定にさせて頂きます。

貴方へ愛を伝え続けてきましたが、もう限界です。

あおい
恋愛
貴方に愛を伝えてもほぼ無意味だと私は気づきました。婚約相手は学園に入ってから、ずっと沢山の女性と遊んでばかり。それに加えて、私に沢山の暴言を仰った。政略婚約は母を見て大変だと知っていたので、愛のある結婚をしようと努力したつもりでしたが、貴方には届きませんでしたね。もう、諦めますわ。 貴方の為に着飾る事も、髪を伸ばす事も、止めます。私も自由にしたいので貴方も好きにおやりになって。 …あの、今更謝るなんてどういうつもりなんです?

えっと、先日まで留学していたのに、どうやってその方を虐めるんですか?

水垣するめ
恋愛
公爵令嬢のローズ・ブライトはレイ・ブラウン王子と婚約していた。 婚約していた当初は仲が良かった。 しかし年月を重ねるに連れ、会う時間が少なくなり、パーティー会場でしか顔を合わさないようになった。 そして学園に上がると、レイはとある男爵令嬢に恋心を抱くようになった。 これまでレイのために厳しい王妃教育に耐えていたのに裏切られたローズはレイへの恋心も冷めた。 そして留学を決意する。 しかし帰ってきた瞬間、レイはローズに婚約破棄を叩きつけた。 「ローズ・ブライト! ナタリーを虐めた罪でお前との婚約を破棄する!」 えっと、先日まで留学していたのに、どうやってその方を虐めるんですか?

怪奇短篇書架 〜呟怖〜

縁代まと
ホラー
137文字以内の手乗り怪奇小話群。 Twitterで呟いた『呟怖』のまとめです。 ホラーから幻想系、不思議な話など。 貴方の心に引っ掛かる、お気に入りの一篇が見つかると大変嬉しいです。 ※纏めるにあたり一部改行を足している部分があります  呟怖の都合上、文頭の字下げは意図的に省いたり普段は避ける変換をしたり、三点リーダを一個奇数にしていることがあります ※カクヨムにも掲載しています(あちらとは話の順番を組み替えてあります) ※それぞれ独立した話ですが、関西弁の先輩と敬語の後輩の組み合わせの時は同一人物です

あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

僕は本当に幸せでした〜刹那の向こう 君と過ごした日々〜

エル
BL
(2024.6.19 完結) 両親と離れ一人孤独だった慶太。 容姿もよく社交的で常に人気者だった玲人。 高校で出会った彼等は惹かれあう。 「君と出会えて良かった。」「…そんなわけねぇだろ。」 甘くて苦い、辛く苦しくそれでも幸せだと。 そんな恋物語。 浮気×健気。2人にとっての『ハッピーエンド』を目指してます。 *1ページ当たりの文字数少なめですが毎日更新を心がけています。

処理中です...