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プレゼント
しおりを挟む「もうそんな季節なんですね」
外出先から会社に戻る途中、デパートのディスプレイを見て部下の羽田が呟いた。
「佐久間さん毎年大変だけど、今年はさすがに貰う数減るんじゃないですか?」
瑛はバレンタインキャンペーンのピンク色のディスプレイを眺めながら、どうだろうね、と気のない返事をした。
瑛に恋人がいて同棲しているというのは、なんとなく社内で漏れ伝わっている。
毎年バレンタインには、会社や取引先の人から大量に菓子をもらう。学生時代は受け取らずに断ることもあったが、仕事絡みとなるとそうもいかない。甘い物が苦手な瑛にとっては、貰うのもお返しをするのも負担だった。
去年までは、貰ったチョコレート類は家族に渡していたが、瞳も甘いものは食べないので、もし今年も例年並みに貰ったらどうしようかと思案する。
「滅びて欲しい制度だよ」
「でも、彼女さんからのプレゼントは楽しみでしょ?」
彼女じゃないけどな、と心の中で呟いてから瑛はふと、もしかして自分が瞳にプレゼントをするべきなんだろうかと思い至った。
いや、瞳が瑛に渡すつもりでいる可能性も……ないな。
瞳も瑛も、記念日やイベントを気にするタイプじゃない。その無頓着さが瑛には気楽だったが、ふと瞳に何かプレゼントしてもいいなという気持ちが湧いてきた。
「……羽田は彼女からどんなもの貰うの?」
「去年はキーケースでしたね」
普段使いの小物とか、貰って一番困るやつだ。自分で選びたい。
「あと、今の彼女じゃないけど、旅行に招待してくれた時は嬉しかったですね」
旅行はこの前行ったばかりだし、瞳が繁忙期に入るタイミングなので、難しいだろう。
「何貰っても嬉しいけど、モノよりもデートプラン立ててくれたりとかの方が印象に残ってるかなあ」
飯食ってセックス以外のデートをした記憶がない。
いや、一応プレゼントでもデートでも、彼女からねだられたら可能な限り応えるようにはしてきたつもりだ。ただ、相手のことを考えてあれこれ思い悩んだり、自分から提案することはほとんどなかった。
全然ダメじゃん……
がっくりと項垂れる瑛へ、羽田がどうかしましたか? と心配そうに声をかけた。
「あのさ……今、何か欲しい物ある?」
いろいろ考えたものの、何をプレゼントしたらいいのか決めきれなかった瑛は、バレンタイン前日に最終手段に出た。
突然尋ねられた瞳はポカンとした表情で、ソファの隣に座る瑛を見る。
「え、どうしたんですか?」
「いや、ちょっと……」
瞳はわけがわからないながらも、律儀にしばらく考えを巡らすような仕草をする。
「3DCADですかね。家にもあったら便利だし」
「…………」
そういうのじゃないだろ。
欲しいものを探っているとバレるのも困るけど、全く見当違いの物を要求されるのも困る。
「いや、なんか趣味のものとか……」
「ええ~……じゃあ、バイクかな」
「お前、バイク乗るの?」
想定外だったが、意外といいんじゃないか。
バイクのプレゼントなんて考えたこともなかったが、自分が贈った車体に瞳が跨る姿を想像すると、ちょっとわくわくした。排気量にもよるが、中型くらいまでなら──
「事故って廃車にしてから乗らなくなっちゃったんですけど、機会があればまた乗りたいですね」
「は……? それ大丈夫だったのか?」
「後ろから追突されて三メートルくらい吹っ飛びましたけど、骨折で済みました!」
バイクは無しだ。
「……じゃあ、行きたいところとか……」
「アマゾンのジャングルか、アフリカのサバンナですかね。一度は行ってみたくないですか?」
行くのに何日かかるんだよ。
「いや、日帰りとか一泊くらいで行ける場所で……」
ふと顔を上げると、瞳が不審そうに細めた目で瑛を見ていた。
「なんか……佐久間さん、どうかした──」
瑛は瞳の頭を掴むと、唇を押し付けた。
「え……♡まじでどうしたんですか」
唇を離すと、戸惑った表情の瞳が瑛の顔を覗き込んだ。
「どうもしない」
「あの、でも──」
瑛はもう一度キスをすると、瞳をソファに押し倒した。
「え……♡佐久間さんから誘ってくれるなんて、本当にどうしたんですか……?」
「何もないって」
瞳は若干怪訝そうにしながらも、瑛が覆い被さってキスを再開すると、素直に口を噤んだ。チョロくて助かった。
瑛から仕掛けたものの、唇を食むようにしながら腰を撫でられると、すぐに力が抜けて瞳の上に体を預けた。
瞳の手が下着の中に入ってきて、指先で尻の間から会陰を辿る。くすぐられるようなじれったい感覚に、腰が揺れた。
瑛がふっと小さく息を漏らすのを聞いて、瞳の中でカチリとスイッチが入ったのが伝わる。抱きしめられて舌が絡み合うと、体の奥が疼いた。
「ベッド行きますか?」
頷いたものの、体を起こした瞳の胸に縋りつくようにもたれかかって、キスを続けた。瞳は瑛の体を抱えてソファに横たえると、その上に覆い被さった。
組み敷かれて瞳の重みを感じると、そわそわと落ち着かなかった感覚が消えていく。口づけをしながら服を脱がされて、下着だけになったタイミングで、瞳が、ちょっと待ってと立ち上がった。
寝室から必要な物を取ってきた瞳は、歩きながらシャツを脱ぎ捨てて、再び瑛の上に乗った。首筋や胸に口づけを落としながら下着も脱がされて、無防備に体を曝け出す。
緩く勃ち上がり始めた陰茎を咥えられると、ぴくんと体が揺れた。濡れた粘膜に包まれて、腰から下が蕩けそうになる。
瞳は深く咥えたまま、裏筋に舌を這わして舐め上げ、先端をくすぐった。強く吸われながら尿道口に舌先を捩じ込まれて、腰が跳ねる。
陰茎への刺激に夢中になっていた瑛は、ローションをまとった指が後ろに入ってくる感覚に、ビクッと体を震わせた。
不安そうに見つめる瞳の髪を撫でると、指の動きが再開される。瑛の好きなところばかりいっぱい触れられて、無意識のうちに腰がカクカクと揺れた。
思わず、気まずい表情で瞳を見る。
てっきりからかわれるかと思ったが、目が合った瞳の方が照れたような顔をしていた。
気恥ずかしさをごまかすように、顔を寄せて唇を重ねる。キスをしながら中を擦られて、瞳の首に回した手に力が入った。瞳は動きづらそうにしながらも、瑛の中で器用に指を動かす。
「……挿れてもいいですか?」
瑛が頷くと、瞳は膝立ちになって自分の陰茎にゴムを被せた。馴染ませるために軽く扱くのに合わせて、瑛がちょっかいをかけるように触れると、そこはぐっと硬さを増した。
ほんの少し指先で触れただけの愛撫で、瞳は真っ赤になって恥ずかしそうな表情を浮かべる。
瑛の後ろに瞳のものが宛てがわれて、見つめ合いながらゆっくりと入ってきた。
「重くないですか?」
「重い」
瑛は、体を浮かせようとする瞳の首に腕を巻きつけて、ぎゅっと抱き寄せた。
ソファという場所を考えれば、瑛が瞳の上に乗った方が動きやすいのだろうが、瑛は瞳の重い体に押し潰されて、身動きが取れないままでいたかった。
瞳の好きにされたい。
本当は瑛も瞳に与えたいのに、されるがままになるのが気持ちよくて、甘えてしまう。
慣らすように、小刻みに奥へ進める瞳の動きがじれったくて、腰に脚を巻き付けて引き寄せた。自分からやったこととはいえ、いきなり深く挿入されて、瑛はガクンと背中を反らせる。
瞳は宥めるように瑛を抱きしめながら、ゆっくりと腰を動かした。
「もう少し奥まで挿れても大丈夫ですか?」
返事の代わりに脚で腰を引き寄せると、瞳は体重をかけて、奥を捏ねるように嬲った。きつく締め付けていた肉襞がほぐれ、瞳の陰茎にまとわりついてうねるのが、自分でもわかる。
行き場のない手で瞳の髪をぐちゃぐちゃにかき回していると、唇が重なった。
啄むようなキスをしながら奥を突かれて、内腿が痙攣する。瞳の手で陰茎を握り込まれて、だらだらと汁を漏らしているのに気づいた。
前と後ろを同時に刺激されて、首に巻きつけていた腕から力が抜けると、瞳は体を起こして大きなストロークで腰を動かし始める。
重い体が離れて淋しいと思った気持ちは、込み上げてくる快感に掻き消えた。
奥を突かれて、肘掛けに乗り上げるように体が仰け反る。熱っぽく見つめる瞳と目が合うと、中がきゅんきゅん締まった。
「……まだイキたくない」
終わるのが嫌でそう言うと、瞳は困ったように笑いながら動きを弱めた。けれど、昇り詰めた体はわずかな刺激にも反応して、呆気なく達してしまった。
「ごめんね」
瞳はしゅんとした表情で瑛に覆い被さると、ぴくぴくと震える体を抱き寄せた。腹に飛び散った熱い精液が瞳の肌も濡らす。
瑛は呼吸が落ち着くと、まだ硬いままの瞳のものを中から抜いた。瞳はエッというような、がっかりした情けない表情を浮かべたが、何も言わなかった。
瑛は、ローションが糸を引いて垂れる瞳のものに手を伸ばすと、ぴったりと陰茎を覆うゴムを摘んで抜き取った。剥き出しのものを後ろに押し当てて、ねだるように腰を揺らす。
瞳は動揺してしばらく固まっていたが、瑛が催促すると、戸惑いながら再びゆっくりと挿入した。
耳元に熱い息がかかり、それだけで瑛の中が不規則に痙攣する。薄い被膜がないだけなのに、瞳が脈打つ感覚まで伝わってきて、つい甘えたような声を漏らした。
それまでずっと瑛を気遣うようにしてきた瞳が、何かに追い立てられるような、ほんの少しだけ自分本位な動きになる。
「もっと……」
もっと奥まできて欲しい。もっといっぱい突き上げて欲しい。もっと瞳の好きにされたい。
瞳の動きの邪魔になるだけなのに、無意識に腰が揺れる。もどかしさにぎゅっと抱きついてキスをせがむと、性急に舌を捩じ込まれた。瞳の小さな呻き声は瑛の口の中に溶けて、体の奥には熱い精液が注がれた。
「佐久間さん、いい匂いですね」
瑛の臍に溜まった精液を舐め取っていた瞳が、ふと顔を上げて呟いた。
精液の匂いのことかと一瞬ギョッとしたが、いつもと違う香水を、今朝たまたまつけたことを思い出した。
「お前も使えば? ていうか、使いかけでいいならやるよ」
「えっ、いいんですか! なんか……佐久間さんと同じ香りってエッチですね♡」
「いや、エッチかどうかはわかんないけど──」
そこまで話して、瑛は、あっ……と呟くと絶句した。
「え、貰ったらまずかったですか?」
「いや、やるよ……やるけど……」
あんなに悩んでいたことの答えが見つかったのに、雑な渡し方をしてしまった。新品を買って包めばプレゼント問題が解決したのに、これでまた振り出しに戻ってしまう。
瑛は声に出さずに、あぁ~……とため息をついた。
怪訝そうに瑛を見ていた瞳は、ふと時計に目をやると、ちょっと待ってください、と立ち上がった。
すでに日付は変わっていた。
予想外に盛り上がってしまったが、いい加減寝ないと、と瑛も体を起こそうとすると、戻ってきた瞳が目の前に跪いた。
黒のラッピングに金色のリボンがかけられた箱が差し出される。
「あの、これ……今日バレンタインなんで」
瑛は咄嗟に言葉が出ず、唇を半開きにしたままそれを受け取った。
「悪い……俺、何も用意できてなくて……」
気落ちした声をやっとのことで絞り出した瑛へ、瞳が慌てて首を振った。
「いや、そんな、お返しとか見返りを求めてるわけじゃなくて、単なる自己満足なんで!」
瞳は大きな体を縮こませて恐縮すると、
「あの、気に入らなかったら捨ててもらって全然構わないんで……」
と、尻すぼみに呟いた。
「開けていい?」
「え!? あぁ~…………はい……」
箱のサイズや重さからして、靴下やハンカチの類いだろうか。
床に正座してうなだれる瞳を横目で見つつ箱を開けた瑛は、中身を凝視したまま黙り込んだ。
「えっと、その……下着のプレゼントって割と定番だと思うんですけど……」
無言のまま、紐状のジョックストラップを摘み上げる。
「……だって佐久間さん、センスいいし、身の回りの物は自分で選びたいだろうし、甘い物嫌いだし、だからって消え物をあげるのってなんか虚しいし、じゃあもう、自分があげたいものあげようって」
マジで自己満足だった。
プレゼント自体が見返りじゃねえか。
呆れた目で見下ろす瑛へ、瞳は早口で弁明した。
プレゼントなんて所詮はエゴだ。
喜ぶ顔が見たい、自分がいいと思った物を使ってほしい、気持ちを伝えたい、あわよくば好意を持ってもらいたい……体裁を気にして思い悩んでいた瑛にとって、自分の趣味を押し付ける瞳は、ある意味潔く思えた。最低だなという気もしなくはないが。
「あの……本当に穿いてもらわなくて大丈夫なんで……佐久間さんがスケベパンツを穿くかもしれない世界線があるって思えるだけで、全然イケるんで!」
開き直って渡した割にはくとくどと言い訳をする瞳の前に、瑛もしゃがみ込んだ。
「……お前、今日の夜空いてるなら飯行く? 店決めとくから」
「え! いいんですか!?」
「まあ、バレンタインだし」
デートプランなんて思いつかなかったが、
「飯食ってセックスするだけだけど」
と言う瑛の提案に瞳は、
「えー、いいんですか!? やったー! 最高ですね!」
と喜んだので、もうそれでいいかと思えた。
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