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六章
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「ダルマが追っかけて来たんだけどさ」
「…あ?」
「ほら、魔力ゼンブとったのに、どうやってかまちぶせてて。そこ」
「馬鹿か先言え!」
リードルが指差したところを見れば、たしかに、規格外に巨大な男が立っていた。既に、しっかりと顔が見分けられるほどの距離に来ているが、リードルとのやり取りがなければもっと早くに気付けていただろう。
ランスロットと、遅れてリードルにも、背に庇われるように視界をふさがれる。そういえば忠告したほうがいいかもしれないと思ったはずだが、すっかり忘れていた。
情けない思いを抱えながら、そっとあとずさる。せめて、邪魔はしたくない。
まばらだった道を歩いていた人たちは、男の異様な風体に異常を察したのか、気付けば姿がなく、遠巻きにこちらを窺うような人影くらいしか見当たらない。
「よお、偶然…じゃ、ねえみてえだな」
「魔力もうないのにさー、なんでくるワケ?」
男が、にやりと笑うのが見えた。そこで急に、体が後ろに引かれた。声もなく、気付けばフードが外され髪を絡め取られ、頭皮が引きつって痛い。
「きれいな髪をしていますねぇ。肌もこんなにもなめらかで」
耳元で粘着質な声を囁かれ、爪の長いざらざらとした指先で、首筋を撫でられる。突然のことに、声も出なかった。
「リズ!」
ランスロットとリードルの、凍りついたように見開かれた目が見える。邪魔はしたくないと、思ったばかりだったのに。
「動かないでください。ブロス、そちらの坊やのお相手を。反撃はしないでくださいねぇ」
荒れた指先が、もう一度首を撫でる。リドルが、巨大な男に向き直った。リズに残された一瞥は、泣き出しそうに怒っていた。
「ランスロット・リード。あなたはこちらです」
「その細腕で殴られても、痛くもなさそうだけどな」
「ふふふふ。強がりもそこまでですよ。魔力などなくても、他のものを奪えばすむんですからねぇ。ちっぽけな力でも、私がしっかりと使ってあげますよ」
「…それこそ禁呪だろうが」
「だから何ですか?」
不気味に笑いながら、リズの首から手が離れる。何をするつもりなのかはわからないが、自分が逃げなければランスロットとリードルが困ることだけははっきりとしている。見捨ててくれれば負わずにすむ傷を、負わせてしまう。
リズは、慎重に掴み取った、旅装の一部で身につけていた短刀を握り締めた。
人の体の急所は、うっすらと「リズ」の記憶になくはないが、後ろさえ振り向けないこの状態で狙えるとは思わない。どこでも刺せば痛みで怯むかもしれないが、堪えられてしまったら、次がない。
だが、今なら。印でも結んでいるのか、男の片手は空いていて、もう片方はリズの髪に絡ませてあるだけだ。
慎重に、悟られないように、機を窺う。
ろくに聞き取れない長い言葉を聞き流し、両手を持ち上げたのか、髪を強く引かれた瞬間に動いた。
短刀で、自分の髪に切りつける。ごく一部は切り損ねて抜けてしまったが、そんな痛みは無視して、転がるように男から距離を取る。
「リズ! …切り札はなくなったらしいな。リディ、もういい、殺さない程度に好きにやれ」
「えー、ただのヒトにそれってけっこーむずかしいなあ」
その後はもう、男たちに勝ち目はなかった。
あっさりと縄で縛り上げ、道の端に投げ置く。更に、道を行く者を捕まえ、魔導連合会に連絡するように手はずまで整えてしまった。自分以外のものの魔力を利用する術も、魔物と魂を分ける術以上に禁じられたものであるらしく、痩身の男の刺青が証拠になるという。
男のがりがりに痩せた体には、服に隠れる部分に重点的に刺青が施され、その上に化粧で偽装までしてあった。
意識を失っている男たちにランスロットが軽く術を施し、通行人が縄をほどかないようにすると、さっさとその場を後にした。
「ごめんね、リズ、ごめん。あいつら、ちゃんと昨日殺しとけばよかった」
「ううん、大丈夫。私こそ、ごめんなさい。荷物にしかならなくて」
「…ごめんーっ」
リードルに何度も謝られ、逆に申し訳なくなってしまう。リードルも殴られ、怪我はそれほどではなさそうなのがせめてもの救いだが、服がぼろぼろになっているのが痛々しい。土のついた頬に手を伸ばすと、またもやごめん、と言われて抱きしめられてしまった。
リードルの手は、あの男とはまったく違って気持ち悪くは感じないが、多少居心地は悪い。
「…リディ、困ってる」
「なんだよ、ランのばーかっ」
「あのなあ。…リズ、ありがとう。助かった」
「え。いえあの、私こそ、足を引っ張ってしまって。ランスロットさんの用意してくださった短刀のおかげです」
眉間にしわを寄せて、溜息を落とされてしまう。
「お前、人に気を使う閑があったらもっと自分のことを大事にしろ」
「してますよ?」
我が身がかわいいからこそ、迷惑をかけて二人に嫌われるのがこわいのだし、自害ではなく髪を切ることを選んだ。それなのに、ランスロットの眉間のしわは取れない。疑わしげな視線が向けられるほどだ。
抗議しようかと思ったが、これ以上に情けなさをさらすのが厭で、言葉を探しあぐねる。
そんな微妙な道行きが、結局、城下街に着くまで続いてしまった。
「…あ?」
「ほら、魔力ゼンブとったのに、どうやってかまちぶせてて。そこ」
「馬鹿か先言え!」
リードルが指差したところを見れば、たしかに、規格外に巨大な男が立っていた。既に、しっかりと顔が見分けられるほどの距離に来ているが、リードルとのやり取りがなければもっと早くに気付けていただろう。
ランスロットと、遅れてリードルにも、背に庇われるように視界をふさがれる。そういえば忠告したほうがいいかもしれないと思ったはずだが、すっかり忘れていた。
情けない思いを抱えながら、そっとあとずさる。せめて、邪魔はしたくない。
まばらだった道を歩いていた人たちは、男の異様な風体に異常を察したのか、気付けば姿がなく、遠巻きにこちらを窺うような人影くらいしか見当たらない。
「よお、偶然…じゃ、ねえみてえだな」
「魔力もうないのにさー、なんでくるワケ?」
男が、にやりと笑うのが見えた。そこで急に、体が後ろに引かれた。声もなく、気付けばフードが外され髪を絡め取られ、頭皮が引きつって痛い。
「きれいな髪をしていますねぇ。肌もこんなにもなめらかで」
耳元で粘着質な声を囁かれ、爪の長いざらざらとした指先で、首筋を撫でられる。突然のことに、声も出なかった。
「リズ!」
ランスロットとリードルの、凍りついたように見開かれた目が見える。邪魔はしたくないと、思ったばかりだったのに。
「動かないでください。ブロス、そちらの坊やのお相手を。反撃はしないでくださいねぇ」
荒れた指先が、もう一度首を撫でる。リドルが、巨大な男に向き直った。リズに残された一瞥は、泣き出しそうに怒っていた。
「ランスロット・リード。あなたはこちらです」
「その細腕で殴られても、痛くもなさそうだけどな」
「ふふふふ。強がりもそこまでですよ。魔力などなくても、他のものを奪えばすむんですからねぇ。ちっぽけな力でも、私がしっかりと使ってあげますよ」
「…それこそ禁呪だろうが」
「だから何ですか?」
不気味に笑いながら、リズの首から手が離れる。何をするつもりなのかはわからないが、自分が逃げなければランスロットとリードルが困ることだけははっきりとしている。見捨ててくれれば負わずにすむ傷を、負わせてしまう。
リズは、慎重に掴み取った、旅装の一部で身につけていた短刀を握り締めた。
人の体の急所は、うっすらと「リズ」の記憶になくはないが、後ろさえ振り向けないこの状態で狙えるとは思わない。どこでも刺せば痛みで怯むかもしれないが、堪えられてしまったら、次がない。
だが、今なら。印でも結んでいるのか、男の片手は空いていて、もう片方はリズの髪に絡ませてあるだけだ。
慎重に、悟られないように、機を窺う。
ろくに聞き取れない長い言葉を聞き流し、両手を持ち上げたのか、髪を強く引かれた瞬間に動いた。
短刀で、自分の髪に切りつける。ごく一部は切り損ねて抜けてしまったが、そんな痛みは無視して、転がるように男から距離を取る。
「リズ! …切り札はなくなったらしいな。リディ、もういい、殺さない程度に好きにやれ」
「えー、ただのヒトにそれってけっこーむずかしいなあ」
その後はもう、男たちに勝ち目はなかった。
あっさりと縄で縛り上げ、道の端に投げ置く。更に、道を行く者を捕まえ、魔導連合会に連絡するように手はずまで整えてしまった。自分以外のものの魔力を利用する術も、魔物と魂を分ける術以上に禁じられたものであるらしく、痩身の男の刺青が証拠になるという。
男のがりがりに痩せた体には、服に隠れる部分に重点的に刺青が施され、その上に化粧で偽装までしてあった。
意識を失っている男たちにランスロットが軽く術を施し、通行人が縄をほどかないようにすると、さっさとその場を後にした。
「ごめんね、リズ、ごめん。あいつら、ちゃんと昨日殺しとけばよかった」
「ううん、大丈夫。私こそ、ごめんなさい。荷物にしかならなくて」
「…ごめんーっ」
リードルに何度も謝られ、逆に申し訳なくなってしまう。リードルも殴られ、怪我はそれほどではなさそうなのがせめてもの救いだが、服がぼろぼろになっているのが痛々しい。土のついた頬に手を伸ばすと、またもやごめん、と言われて抱きしめられてしまった。
リードルの手は、あの男とはまったく違って気持ち悪くは感じないが、多少居心地は悪い。
「…リディ、困ってる」
「なんだよ、ランのばーかっ」
「あのなあ。…リズ、ありがとう。助かった」
「え。いえあの、私こそ、足を引っ張ってしまって。ランスロットさんの用意してくださった短刀のおかげです」
眉間にしわを寄せて、溜息を落とされてしまう。
「お前、人に気を使う閑があったらもっと自分のことを大事にしろ」
「してますよ?」
我が身がかわいいからこそ、迷惑をかけて二人に嫌われるのがこわいのだし、自害ではなく髪を切ることを選んだ。それなのに、ランスロットの眉間のしわは取れない。疑わしげな視線が向けられるほどだ。
抗議しようかと思ったが、これ以上に情けなさをさらすのが厭で、言葉を探しあぐねる。
そんな微妙な道行きが、結局、城下街に着くまで続いてしまった。
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