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四章
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リズの横を何かが通り過ぎたと思えば、身体を後ろに引かれていた。掴まれていた手は離れ、替わりに、腰に腕が回されている。が、すぐに離される。ぺたんと、草の中に尻餅をつくことになった。
何が起きたのかをリズが把握しようとしている間に、鈍い人を殴る音や呻き声が聞こえ、余計に混乱する。結局、全てが終わるまで、リズは座り込んだままでいた。
「大丈夫? 立てる?」
草陰からひょいと顔をのぞかせた女の子を、思わず凝視してしまう。
長い黒髪を高い位置で一つに束ね、ローブを羽織った簡単な旅装。表情豊かに見開かれた眼も黒々としていて、珍しい。遠方の異国人かと思ったが、言葉は流暢だ。まだ十前後といった年齢に見えるが、腰の大振りの剣が、しっくりと馴染んでいる。
どこか、違和感をもたらす少女だ。だが、それが何故なのかはさっぱりわからない。
「立てない? 足でもくじいちゃった?」
「あ。いえ、大丈夫です、ありがとうございます」
「いえいえ。直接助けたのはカイだし」
差し出された華奢な手を借りて立ち上がり、少女が視線を向けた先を見る。短いオレンジ色の髪をした二十代半ばほどの青年が、せっせと男たちに縄をかけて回っていた。サラまで手伝っている。
呆然と、少女を見る。何、と言うように首を傾げた。
「あの、これ…あの方がお一人で?」
「半々ってとこかな。あ、そうそう、あれがならず者で絡まれてたってのでいい? ついでに、ホーランドの姫の身代わりってのは本当?」
後半は、男たちを気にしてか声を潜める。
リズは、改めて少女をまじまじと見つめた。かわいらしい女の子にしか見えないのに、妙に大人びて、こういった物事に慣れているように思える。そこが、違和感の元のようだ。
「ごめんね、もう少し早くに居合わせたんだけど、ひょっとしてこれは自力でどうにかできるのかなー、って見守っちゃった」
「いえ…。ありがとうございます。助けていただけなければ、どうなっていたか…」
心臓をひやりとしたものが撫でる。今になって、震えが表に出る。怖かったのだと、思い知らされた。
この少女たちが助けてくれなければ、最悪、二人とも殺されていたことだってありうる。この幸運に、感謝してもしたりない。
「今すぐには無理でも、このご恩は必ず」
「うーん。あ、お礼って言うなら、事情を聞かせてもらえれば。九割方好奇心だけど」
「おいシュム、こいつらどうする」
「あー。連合会にでも投げとく? 一応、管轄でしょ。あそこがとっとと災厄の諸々解明して誰かが治めてたらこんなの数減ってたんだし」
「…いいのか? あいつらに渡したら、罪人だからってことで実験材料に使われるのがオチだぞ?」
「あ、そっか」
さばさばと、実はおそろしい内容をやり取りする少女と青年に、つい目を見開く。サラを窺えば、こちらも、困惑気味に二人の様子を窺っているようだった。
少女はリズに一言断って、青年のもとへと歩み寄って行った。堂々と、縛られた男たちの前に姿をさらす。
「どうしたい? 大人しくこの辺で畑でも耕して暮らしていくっていうなら見逃すし、無理っていうなら、魔導連合会に処分任せるけど」
「…さっき実験材料とか言ってなかったか」
「うん。あそこ人体実験好きだからねー」
「シュム…一応、大っぴらにはなってないんだから伏せとけ」
「あ。ま、いいんじゃない? 実験材料になったら喋れないし、ここで暮らすなら喋る相手もいないし。そもそも、あたし連合会に義理も責任もないし」
「あ、悪魔…」
「ああうん、カイはね」
「意味違うと思うぞ」
妙な掛け合いに、リズはランスロットとリードルを思い出した。緊張感のなさといい明るい調子といい、やけに連想させる。世の中には、こんな旅人たちが多いのだろうか。
不意に青年の横顔が見えて、思わず息を呑んだ。それまでこちらを向かなかったから気付かなかったが、目が赤い。考えてみればオレンジの髪色も珍しいを通り越して不自然で、人にはない髪や目の色を持つ、魔物と呼ばれるものなのだと気付く。
だが、縛り上げられた男たちの呟きもわからないでもない。会話を聞いているとどうにも、魔物のはずの青年の方が、優しさがあるように思えてしまう。
結局、男たちはまた様子を見に来る、との言葉を受けた上で解放され、リズたちは、もう少し先に農作業の小屋の残骸があって座りやすいということで移動した。
ランスロットやリードルがまだ現れないことが不安だが、戻るのはサラに止められた。少女たちの素性が知れない以上、知らせなくていいことは伏せておくべきだ、という。
何が起きたのかをリズが把握しようとしている間に、鈍い人を殴る音や呻き声が聞こえ、余計に混乱する。結局、全てが終わるまで、リズは座り込んだままでいた。
「大丈夫? 立てる?」
草陰からひょいと顔をのぞかせた女の子を、思わず凝視してしまう。
長い黒髪を高い位置で一つに束ね、ローブを羽織った簡単な旅装。表情豊かに見開かれた眼も黒々としていて、珍しい。遠方の異国人かと思ったが、言葉は流暢だ。まだ十前後といった年齢に見えるが、腰の大振りの剣が、しっくりと馴染んでいる。
どこか、違和感をもたらす少女だ。だが、それが何故なのかはさっぱりわからない。
「立てない? 足でもくじいちゃった?」
「あ。いえ、大丈夫です、ありがとうございます」
「いえいえ。直接助けたのはカイだし」
差し出された華奢な手を借りて立ち上がり、少女が視線を向けた先を見る。短いオレンジ色の髪をした二十代半ばほどの青年が、せっせと男たちに縄をかけて回っていた。サラまで手伝っている。
呆然と、少女を見る。何、と言うように首を傾げた。
「あの、これ…あの方がお一人で?」
「半々ってとこかな。あ、そうそう、あれがならず者で絡まれてたってのでいい? ついでに、ホーランドの姫の身代わりってのは本当?」
後半は、男たちを気にしてか声を潜める。
リズは、改めて少女をまじまじと見つめた。かわいらしい女の子にしか見えないのに、妙に大人びて、こういった物事に慣れているように思える。そこが、違和感の元のようだ。
「ごめんね、もう少し早くに居合わせたんだけど、ひょっとしてこれは自力でどうにかできるのかなー、って見守っちゃった」
「いえ…。ありがとうございます。助けていただけなければ、どうなっていたか…」
心臓をひやりとしたものが撫でる。今になって、震えが表に出る。怖かったのだと、思い知らされた。
この少女たちが助けてくれなければ、最悪、二人とも殺されていたことだってありうる。この幸運に、感謝してもしたりない。
「今すぐには無理でも、このご恩は必ず」
「うーん。あ、お礼って言うなら、事情を聞かせてもらえれば。九割方好奇心だけど」
「おいシュム、こいつらどうする」
「あー。連合会にでも投げとく? 一応、管轄でしょ。あそこがとっとと災厄の諸々解明して誰かが治めてたらこんなの数減ってたんだし」
「…いいのか? あいつらに渡したら、罪人だからってことで実験材料に使われるのがオチだぞ?」
「あ、そっか」
さばさばと、実はおそろしい内容をやり取りする少女と青年に、つい目を見開く。サラを窺えば、こちらも、困惑気味に二人の様子を窺っているようだった。
少女はリズに一言断って、青年のもとへと歩み寄って行った。堂々と、縛られた男たちの前に姿をさらす。
「どうしたい? 大人しくこの辺で畑でも耕して暮らしていくっていうなら見逃すし、無理っていうなら、魔導連合会に処分任せるけど」
「…さっき実験材料とか言ってなかったか」
「うん。あそこ人体実験好きだからねー」
「シュム…一応、大っぴらにはなってないんだから伏せとけ」
「あ。ま、いいんじゃない? 実験材料になったら喋れないし、ここで暮らすなら喋る相手もいないし。そもそも、あたし連合会に義理も責任もないし」
「あ、悪魔…」
「ああうん、カイはね」
「意味違うと思うぞ」
妙な掛け合いに、リズはランスロットとリードルを思い出した。緊張感のなさといい明るい調子といい、やけに連想させる。世の中には、こんな旅人たちが多いのだろうか。
不意に青年の横顔が見えて、思わず息を呑んだ。それまでこちらを向かなかったから気付かなかったが、目が赤い。考えてみればオレンジの髪色も珍しいを通り越して不自然で、人にはない髪や目の色を持つ、魔物と呼ばれるものなのだと気付く。
だが、縛り上げられた男たちの呟きもわからないでもない。会話を聞いているとどうにも、魔物のはずの青年の方が、優しさがあるように思えてしまう。
結局、男たちはまた様子を見に来る、との言葉を受けた上で解放され、リズたちは、もう少し先に農作業の小屋の残骸があって座りやすいということで移動した。
ランスロットやリードルがまだ現れないことが不安だが、戻るのはサラに止められた。少女たちの素性が知れない以上、知らせなくていいことは伏せておくべきだ、という。
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