目隠しの姫と合わせ鏡の謀

来条恵夢

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四章

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 山を越えれば、サマンドラに入る。ふもとまで下れば、あとは王都までの街道が続いているから、一日二日あればたどり着くことができる。
 だというのに、リズたちは大きく道をずれていた。
 山は越えて、だが、サマンドラに下りるのではなく、いまや魔導連合会の本拠地となりつつある、リーランドのあった地に入る。そこから回り込んでも、サマンドラの王都へはたどり着ける。差は、一日とない。
「ねえ、本当にいいの? 忘れていたけど…追われているのよね、あなたたち」
 ひょいひょいと急斜面を駆け下りていくリードルを見ながら、リズはおずおずとランスロットに声をかけた。整った横顔は、怒っているようには見えないがそもそも表情らしいもの自体が見当たらない。
 半歩前をあゆむランスロットは、ちらりとリズを見て、前方へと視線を戻した。
「意表を突こうって言ったのはそっちだろ。てっきり、それも込みだと思ってた」
「…ごめんなさい、そこまで考えてなかっただけです…」
「まあ、急だったからな」
 声は素っ気無いが、薄っすらと浮かんだ苦笑に、思わず安堵してしまう。
 実際、急だったのは本当だ。エバンス曰く「ほころびを押さえる」術をほどこし終わったのは、空が白む前の一際ひときわ濃い闇の時間だった。寝室に割り当てられた部屋に向かう途中で、リードルに出くわし、連れ出された。
 サラと、ライルを置いて行くためだという。
 エバンスには話してあるから大丈夫と言われ、流されるままに闇の中を歩き出したものの、二人をくのなら、簡単に道筋を追いかけられるところを行くのではなく、多少遠回りにはなるが元リーランドの土地を迂回うかいしてはどうかと、ろくに考えることもなく言葉にしていた。
 「リズ」の記憶が懐かしがったのだろうかと、ふとそんなことまで思う。撒くためというのは嘘ではないが、あの土地に立ちたいと思ってしまった。
 それとも――サマンドラに行くのを、この旅が終わってしまうのを嫌がったのだろうか。
「気にするな。俺も、一度は行ってみたいと思ってた」
 リズを気遣ってか、心なし、声音が優しい。
 朝の光に照らされる横顔を見ながら、リズは、何故か痛んだような胸を押さえた。慣れない運動続きで疲れたのかと首を傾げる。答えの出ないまま顔を上げ、下の方で笑って手を振るリードルと、無表情にそれを見つめるランスロットを見る。
 もう、旅は終わるだろう。
 数日とかからずサマンドラに入って、たった一人の友人に再会して、そこで何がどうなるのかはまだわからないが、リードルとランスロットと歩める、この旅は終わるだろう。まだ二日ほどしかってないとは思えないほどの、この濃密な旅は。
 別れれば、きっと二度と出会えない。それだけは、確信に近い。
「ランスロットさんは、リーランドご出身なのですか?」
「…何故?」
 それまでとは少し違って、感情を押し殺したような視線がリズに向けられる。リズは、それをおそれながらも、どうにか言葉を絞り出す。
「ヒル・アダムスを…」
「ああ、そうか。そうだな。あれをただ恐れずに憎むのは、リーランドの奴かあそこに身内がいた奴くらいか」
 淡々と呟き、ランスロットはリードルの向こうに見える、滅びた国のあった地に視線を向けた。自分で言っておきながら、身内がいたのだと誤魔化すつもりはないようだった。
「あそこに、俺の全部があった。情けない話だけど、俺は、あそこしか知らなかった。全部――失った。何もできないまま、滅び去ったのを見ることもろくにできなかった」
「でも…」
「でも?」
「五歳くらいですよね、災厄があったのは。仕方ないです。私も――私の中にあるリズの記憶でも、何もできなかったって悔やんでいるけど、できることなんて、ない、です」
 当時「リズ」は三歳くらいで、リズも同じくらいの年だ。ランスロットも、五歳や六歳や、そんな歳だろう。そんなにも幼い子どもに、何ができたはずもない。そう、思ってのことだった。
 ふわと、ランスロットが笑った。ひどく、うつろに。妙に澄んだ、だからこそゆがんで見える、笑みを浮かべた。
「話してなかったな、俺とリディが魔導連合会に追われてる理由」
「…いえ、禁止されている術を使った、と…」
「その内容。一種の不老長生の術ってところだ。魔物と寿命と能力を折半せっぱんした」
 何を言うこともできず、ただランスロットを見つめる。
「わからないってカオしてるな。できるんだよ、そういうことが。おかげで俺は死なずに力も手に入れた。あのときのまま、年もとらずにここにいる。俺と契約した魔物は、そのときとらわれていたヒル・アダムスとの契約を破棄はきできた。めでたしめでたし。まあ、どう考えても俺が得してるけどな」
「それは…つまり…?」
「願ったんだよ。生きたいって。両親も仕えてくれてた家臣も祖父母も国民も、みんなが死んで国が滅びたっていうのに、俺は死にたくなくて、一人生き延びて、逃げた。ヒル・アダムスの首くらい供えてやらねえと、役立たずにもほどがあるだろ?」
 国民。ランスロットを、貴族階級だとは思っていた。だが、領民ではなく、国民と、呼ぶだろうか。
 気付けばリズは、ランスロットとエバンスの似たところを探していた。エバンスはリーランドの前国王の弟で、当時の国王は姪だった。
「力を持ったのに、誰一人助けなかったんだから。見捨てて、逃げることしかしなかったんだから。俺にできるのは、ヒル・アダムスを叩きのめすくらいしか残ってない」
 青年は、ただ虚ろに微笑していた。
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