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三章
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ひょいひょいと、身軽に獣道を登っていく。元気な子どものようだが、四人の中で荷物は一番多い。
エリザベスなど何も持っていないというのに、下手をすると、飛び跳ねるような後ろ姿を見失ってしまいそうになる。サラもリードルに追いつけてはいないが、エリザベスとは段違いの近さで追えている。
「ごめんなさい…」
「何が?」
「私、面倒ばかり、かけて」
エリザベスがはぐれることがないようにか、すぐ後ろの最後尾をランスロットが余裕たっぷりに歩いている。
後ろの顔色を窺う余裕もなく、エリザベスは、ただただ前を目指す。足元を見ていないとすっ転ぶし、かといって下ばかり見ていては前を行く二人を見失う。岩が多くて歩きにくいが、森のように木が茂ってないだけ、視界が利く分ましなのかもしれない。
「始めっから面倒の坩堝なんだ、気にするな。お前は、ぬくぬくと育てられたお姫様にしては頑張ってる。疲れた歩けない背負って行って、なんて言ったら、物扱いするところだ」
皮肉を言うわけでもなく、本当にそうするのだろうと判るだけに、何をどう言えばいいのかがわからなくなる。
お姫様にしては、と言うが、ランスロットはどういった出自なのかと気になるところだが、こちらから訊くべきではないのかも知れない。継承資格のない貴族の末弟などであれば既に口にしているだろうし、名だけしか言わないところからしても、大っぴらにしたくない事情でもあるのだろう。
そう考えながらも知りたいと思っている自分に戸惑いつつ、エリザベスは、重い足を懸命に運ぶ。
「もう一回くらい休憩挟んで、到着ってとこか」
「あの、どこに、向かっているの、です、か」
「エバンス・リードのところ」
聞き覚えのある名前だ、と、頭の中の人名録をめくって、見つかったところで思わず足が止まった。やんわりと背を押され、再び足を動かし始める。
「知ってるな、魔導連合会の母体の創立者。後任に譲ったとはいえ実質、リーランド災禍の収拾を指揮して、魔導連合会が強い力を持ち始めたところで表舞台から引っ込んだ。表舞台に戻ろうと思えば、それなりの影響力はまだあるはずなんだがな」
「こんなところに…」
「あの人なら、多少厄介な術でも対応できるはずだ。自分でできなくても、そのやり方は示してくれる」
ランスロットの言葉は、妙にきっぱりとしている。
「…お知り合い、ですか」
「まあな」
それきり、会話は途切れた。
あまり詮索をするのは悪いと思ったこともだが、いよいよサラの姿さえ見失いそうになったからでもある。話をする分の体力も歩く方に回さなければやっていけない。
そうやって、素朴な掘っ立て小屋にたどり着いたのは日が沈み切った後のことだった。ランスロットは野宿をするかどうか迷ったようだが、サラさえ置いて一気に駆け上ったリードルが明かりを持った案内人を呼んできて、どうにかたどり着けた。
エリザベスにしてみれば伝説の人に会うようなもので、山登りで疲れ切った体にもかかわらず、小屋に招き入れられても緊張でくつろげない。サラもだが、ランスロットとリードルさえわずかながら緊張しているようで、逆に、そのことに安堵してしまったくらいだ。
「こんなところまでよく来ましたね。疲れたでしょう?」
誰に、というのではなく四人ともに語りかけるように、老魔導師は言った。柔らかな言葉に、緊張が少し和らぐ。
白髪の老人は、優しい目をしていた。ほっそりと小柄で、穏やかな上品さは感じられるが、とてもあの魔導連合会を設立・指揮したような人物には見えなかった。平穏な地の引退した城主といった趣だ。
まだ足腰は丈夫らしく、迎えに来てくれた少年を抑えて、自らお茶を入れてくれる。
「突然にすみません、エバンス導師」
「かまいませんよ、閑を持て余していたくらいです。ランスロット君もリードル君も…元気にやっているようですね」
「はい」
ランスロットたちは迎えに来てくれた少年とも既に面識があったようで、サラがそんな様子を興味ありげに見ている。エリザベスも気にはなったが、それよりも、自分がどうなるのか、その不安の方が勝った。
ヘル・アダムスの術が完全に解けていないとなると、解き切ったら何か変わるのか。いくつもが絡まりあっていると言っていたが、それは魔力を封じるものが何十にもなっているのか、もしかすると、別の何かがかけられているのか。それが解かれたらどうなるのか。
両掌で握り締めたカップを、それだけが拠りどころのように見つめてしまう。
「エド」
「はい!」
少年が、弾かれたように背筋を伸ばす。エバンスの眼は、それを微笑ましげに優しく見つめた。
「食事を用意してください。もちろん、こちらの方たちの分も」
「いいんですか? 俺たちも、食料は持って来ています」
「心配しなくても、そのくらいの備蓄はありますよ。エドの料理は美味しいですし。お願いしますね」
「はいっ」
弾むように返事をして、少年は出て行った。調理場は外か別室にあるのだろう。
ランスロットが、ちらりと視線を動かした。
「サラ、手伝って来てくれないか」
「えー、あたしですか?」
「お前の手料理も食べてみたい」
「…仕方ないですね、ランス様がそう言われるならっ」
追い払われたのはわかっているのだろうが、サラはにっこりと微笑み、エドの後を追った。
だが、戸が閉められた途端にランスロットは深々とため息をつき、リードルがにやにやと笑った。気をつけてみれば、エバンスさえもが笑みをたたえている。
「言うようになったねーランも」
「うるせえ黙れ」
和やかなやり取りに、不安で手一杯のエリザベスも少しほっとした。エバンスは、そんな二人を見守りながら、一人で黙っているエリザベスを見遣る。すっと、背筋が伸びた。
エリザベスなど何も持っていないというのに、下手をすると、飛び跳ねるような後ろ姿を見失ってしまいそうになる。サラもリードルに追いつけてはいないが、エリザベスとは段違いの近さで追えている。
「ごめんなさい…」
「何が?」
「私、面倒ばかり、かけて」
エリザベスがはぐれることがないようにか、すぐ後ろの最後尾をランスロットが余裕たっぷりに歩いている。
後ろの顔色を窺う余裕もなく、エリザベスは、ただただ前を目指す。足元を見ていないとすっ転ぶし、かといって下ばかり見ていては前を行く二人を見失う。岩が多くて歩きにくいが、森のように木が茂ってないだけ、視界が利く分ましなのかもしれない。
「始めっから面倒の坩堝なんだ、気にするな。お前は、ぬくぬくと育てられたお姫様にしては頑張ってる。疲れた歩けない背負って行って、なんて言ったら、物扱いするところだ」
皮肉を言うわけでもなく、本当にそうするのだろうと判るだけに、何をどう言えばいいのかがわからなくなる。
お姫様にしては、と言うが、ランスロットはどういった出自なのかと気になるところだが、こちらから訊くべきではないのかも知れない。継承資格のない貴族の末弟などであれば既に口にしているだろうし、名だけしか言わないところからしても、大っぴらにしたくない事情でもあるのだろう。
そう考えながらも知りたいと思っている自分に戸惑いつつ、エリザベスは、重い足を懸命に運ぶ。
「もう一回くらい休憩挟んで、到着ってとこか」
「あの、どこに、向かっているの、です、か」
「エバンス・リードのところ」
聞き覚えのある名前だ、と、頭の中の人名録をめくって、見つかったところで思わず足が止まった。やんわりと背を押され、再び足を動かし始める。
「知ってるな、魔導連合会の母体の創立者。後任に譲ったとはいえ実質、リーランド災禍の収拾を指揮して、魔導連合会が強い力を持ち始めたところで表舞台から引っ込んだ。表舞台に戻ろうと思えば、それなりの影響力はまだあるはずなんだがな」
「こんなところに…」
「あの人なら、多少厄介な術でも対応できるはずだ。自分でできなくても、そのやり方は示してくれる」
ランスロットの言葉は、妙にきっぱりとしている。
「…お知り合い、ですか」
「まあな」
それきり、会話は途切れた。
あまり詮索をするのは悪いと思ったこともだが、いよいよサラの姿さえ見失いそうになったからでもある。話をする分の体力も歩く方に回さなければやっていけない。
そうやって、素朴な掘っ立て小屋にたどり着いたのは日が沈み切った後のことだった。ランスロットは野宿をするかどうか迷ったようだが、サラさえ置いて一気に駆け上ったリードルが明かりを持った案内人を呼んできて、どうにかたどり着けた。
エリザベスにしてみれば伝説の人に会うようなもので、山登りで疲れ切った体にもかかわらず、小屋に招き入れられても緊張でくつろげない。サラもだが、ランスロットとリードルさえわずかながら緊張しているようで、逆に、そのことに安堵してしまったくらいだ。
「こんなところまでよく来ましたね。疲れたでしょう?」
誰に、というのではなく四人ともに語りかけるように、老魔導師は言った。柔らかな言葉に、緊張が少し和らぐ。
白髪の老人は、優しい目をしていた。ほっそりと小柄で、穏やかな上品さは感じられるが、とてもあの魔導連合会を設立・指揮したような人物には見えなかった。平穏な地の引退した城主といった趣だ。
まだ足腰は丈夫らしく、迎えに来てくれた少年を抑えて、自らお茶を入れてくれる。
「突然にすみません、エバンス導師」
「かまいませんよ、閑を持て余していたくらいです。ランスロット君もリードル君も…元気にやっているようですね」
「はい」
ランスロットたちは迎えに来てくれた少年とも既に面識があったようで、サラがそんな様子を興味ありげに見ている。エリザベスも気にはなったが、それよりも、自分がどうなるのか、その不安の方が勝った。
ヘル・アダムスの術が完全に解けていないとなると、解き切ったら何か変わるのか。いくつもが絡まりあっていると言っていたが、それは魔力を封じるものが何十にもなっているのか、もしかすると、別の何かがかけられているのか。それが解かれたらどうなるのか。
両掌で握り締めたカップを、それだけが拠りどころのように見つめてしまう。
「エド」
「はい!」
少年が、弾かれたように背筋を伸ばす。エバンスの眼は、それを微笑ましげに優しく見つめた。
「食事を用意してください。もちろん、こちらの方たちの分も」
「いいんですか? 俺たちも、食料は持って来ています」
「心配しなくても、そのくらいの備蓄はありますよ。エドの料理は美味しいですし。お願いしますね」
「はいっ」
弾むように返事をして、少年は出て行った。調理場は外か別室にあるのだろう。
ランスロットが、ちらりと視線を動かした。
「サラ、手伝って来てくれないか」
「えー、あたしですか?」
「お前の手料理も食べてみたい」
「…仕方ないですね、ランス様がそう言われるならっ」
追い払われたのはわかっているのだろうが、サラはにっこりと微笑み、エドの後を追った。
だが、戸が閉められた途端にランスロットは深々とため息をつき、リードルがにやにやと笑った。気をつけてみれば、エバンスさえもが笑みをたたえている。
「言うようになったねーランも」
「うるせえ黙れ」
和やかなやり取りに、不安で手一杯のエリザベスも少しほっとした。エバンスは、そんな二人を見守りながら、一人で黙っているエリザベスを見遣る。すっと、背筋が伸びた。
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