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二章
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闇の中に、ランプの明かりがまぶしかった。
寝台に横たわったままその光を見るともなく見ていた。頭が重い。泣きたい。ただその涙は自己嫌悪でしかなく、そうしたところで蹲って自分を哀れむ以外のものにはならないことはわかりきっていた。
「…こいつの名前、判るか?」
「大丈夫。今までのことは覚えています。ありがとうございます」
ゆっくりと体を起こして、笑みを浮かべる。それがいつものようにぎこちなさすらない自信はあった。心情を偽ることには、慣れている。
ランプに照らされて、ほとんどしかめっ面になっているランスロットと心配そうなリードルと一緒に、昼間出会ったばかりの少女、サラの顔も見える。
彼女だけが、少しばかり居心地が悪そうに目を逸らした。
「――ごめんなさい、色々と間違えていました」
間違い。
口にした言葉の軽さに、我ながら苦笑いするしかない。そんな一言にまとめてしまえるとは。
いつものように微笑を浮かべ、ランスロットに向いた。
「私は、エリザベスの身代わりではありません。姫が死んだというのも違います。それでも、サマンドラには行かなくてはいけません。――助けて、もらえますか?」
「先に全て、話せ」
「いいえ。助けてくれると誓ってもらうまで、話すわけにはいきません。ごめんなさい、身勝手だとわかっています。わかっているけれど、駄目なのです」
無言のランスロットに、胸の内で切り札を握り締めた。多分、これを話せば彼らは動く。そう、わかっているからこそ、躊躇した。
だが、脳裏をよぎった少女に、罪悪感を振り切る。
「ヘル・アダムス」
ランスロットとリードルが睨むような視線を寄越し、サラさえも、驚いたように目を見張るのが判った。瞬きすら恐れるようにランスロットを見つめた。ランプの炎に照らされた顔は、赤味がかっているはずなのに青ざめて見えた。
「私、きっと、その人に会っています」
すっと、ランスロットの眼から温度が消える。不安定なランプの灯ですら判るほどに、冷え冷えとした厳しいものに変わる。
そんなランスロットの様子に声を詰まらせかけ、縋るように自分の手を握り締めた。気力を振り絞り、真っ向から見つめ返す。
「覚えている限りのことは、全てお話します。私を――サマンドラへ連れて行くと約束してくださるのなら」
「それ、ホントなんだね? ウソじゃなくて。おれらを引きとめようとしての、ウソじゃないね?」
「――そう、名乗るのを聞きました」
「ラン!」
身動きしたランスロットの腕を、リードルがつかむ。間に合わなければ、詰め寄られ、力任せに体を押さえつけられていただろう。
「離せ」
「おれは、いいとおもうよ。どうせほとんどわかってることなんてなかったんだ。サマなんとかにつれてって、そのあとできいたことをとっかかりにさがせばいいだろ」
「…離せ」
ランスロットは体から力を抜くように息を吐き、それとともに、息苦しいほどの威圧も減った。ただ、なくなったわけではなく、こちらを見る目はやはり冷たい。その冷たさは、強く大きなものを押し殺したためのように思えた。
昼間に聞いた、復讐という言葉がよみがえる。
「一つだけ、確認しておきたいことがある。リディ、かけられてた術は記憶の植え込みなんだな?」
「うん。ほかのヒトのキオクを、ほとんどまるごと」
何でもないことのように言うリードルの言葉に、背筋を冷汗が伝う。術を解かれ、急速に消え溶けつつある記憶と逆にはっきりとしてくる記憶の違いがわかるだけに、そのおそろしさが身に染みる。
ランスロットに視線を戻すと、ずっと見られていたことに気付く。
「お前。影じゃなく、本人だな」
「――はい」
声に出して認めると、改めて嫌悪感が込み上げてきた。
別の記憶を植えられてからのことも全て、覚えている。植えられたもの自体は、もはや曖昧になっているが、その間に取った言動も、感情も、全て覚えている。
――どの口で、エリザベスを褒め称えたのか。
幼い日に木登りをせがんで怪我を負い、そのことを恨んで大人たちに足を折られそうになったリズを見捨てかけたのは自分だ。影などという、付き従うしかない場所に押し込めたのも、いつだってわがままを押し付けたのも、自分だというのに。
それを、感謝しているなどと。
「エリザベス・ホーランドです。お願いします。私を、サマンドラへ連れて行ってください」
嫌悪を振り払うように、立ち上がり、深々と頭を下げる。固く目をつぶったのは、この一瞬だけでも、何も見たくなかったからだ。そう考えると、頭を下げたことさえもが逃げているように思えた。
沈黙が続いた。
寝台に横たわったままその光を見るともなく見ていた。頭が重い。泣きたい。ただその涙は自己嫌悪でしかなく、そうしたところで蹲って自分を哀れむ以外のものにはならないことはわかりきっていた。
「…こいつの名前、判るか?」
「大丈夫。今までのことは覚えています。ありがとうございます」
ゆっくりと体を起こして、笑みを浮かべる。それがいつものようにぎこちなさすらない自信はあった。心情を偽ることには、慣れている。
ランプに照らされて、ほとんどしかめっ面になっているランスロットと心配そうなリードルと一緒に、昼間出会ったばかりの少女、サラの顔も見える。
彼女だけが、少しばかり居心地が悪そうに目を逸らした。
「――ごめんなさい、色々と間違えていました」
間違い。
口にした言葉の軽さに、我ながら苦笑いするしかない。そんな一言にまとめてしまえるとは。
いつものように微笑を浮かべ、ランスロットに向いた。
「私は、エリザベスの身代わりではありません。姫が死んだというのも違います。それでも、サマンドラには行かなくてはいけません。――助けて、もらえますか?」
「先に全て、話せ」
「いいえ。助けてくれると誓ってもらうまで、話すわけにはいきません。ごめんなさい、身勝手だとわかっています。わかっているけれど、駄目なのです」
無言のランスロットに、胸の内で切り札を握り締めた。多分、これを話せば彼らは動く。そう、わかっているからこそ、躊躇した。
だが、脳裏をよぎった少女に、罪悪感を振り切る。
「ヘル・アダムス」
ランスロットとリードルが睨むような視線を寄越し、サラさえも、驚いたように目を見張るのが判った。瞬きすら恐れるようにランスロットを見つめた。ランプの炎に照らされた顔は、赤味がかっているはずなのに青ざめて見えた。
「私、きっと、その人に会っています」
すっと、ランスロットの眼から温度が消える。不安定なランプの灯ですら判るほどに、冷え冷えとした厳しいものに変わる。
そんなランスロットの様子に声を詰まらせかけ、縋るように自分の手を握り締めた。気力を振り絞り、真っ向から見つめ返す。
「覚えている限りのことは、全てお話します。私を――サマンドラへ連れて行くと約束してくださるのなら」
「それ、ホントなんだね? ウソじゃなくて。おれらを引きとめようとしての、ウソじゃないね?」
「――そう、名乗るのを聞きました」
「ラン!」
身動きしたランスロットの腕を、リードルがつかむ。間に合わなければ、詰め寄られ、力任せに体を押さえつけられていただろう。
「離せ」
「おれは、いいとおもうよ。どうせほとんどわかってることなんてなかったんだ。サマなんとかにつれてって、そのあとできいたことをとっかかりにさがせばいいだろ」
「…離せ」
ランスロットは体から力を抜くように息を吐き、それとともに、息苦しいほどの威圧も減った。ただ、なくなったわけではなく、こちらを見る目はやはり冷たい。その冷たさは、強く大きなものを押し殺したためのように思えた。
昼間に聞いた、復讐という言葉がよみがえる。
「一つだけ、確認しておきたいことがある。リディ、かけられてた術は記憶の植え込みなんだな?」
「うん。ほかのヒトのキオクを、ほとんどまるごと」
何でもないことのように言うリードルの言葉に、背筋を冷汗が伝う。術を解かれ、急速に消え溶けつつある記憶と逆にはっきりとしてくる記憶の違いがわかるだけに、そのおそろしさが身に染みる。
ランスロットに視線を戻すと、ずっと見られていたことに気付く。
「お前。影じゃなく、本人だな」
「――はい」
声に出して認めると、改めて嫌悪感が込み上げてきた。
別の記憶を植えられてからのことも全て、覚えている。植えられたもの自体は、もはや曖昧になっているが、その間に取った言動も、感情も、全て覚えている。
――どの口で、エリザベスを褒め称えたのか。
幼い日に木登りをせがんで怪我を負い、そのことを恨んで大人たちに足を折られそうになったリズを見捨てかけたのは自分だ。影などという、付き従うしかない場所に押し込めたのも、いつだってわがままを押し付けたのも、自分だというのに。
それを、感謝しているなどと。
「エリザベス・ホーランドです。お願いします。私を、サマンドラへ連れて行ってください」
嫌悪を振り払うように、立ち上がり、深々と頭を下げる。固く目をつぶったのは、この一瞬だけでも、何も見たくなかったからだ。そう考えると、頭を下げたことさえもが逃げているように思えた。
沈黙が続いた。
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