上 下
13 / 43
二章

5

しおりを挟む
 闇の中に、ランプの明かりがまぶしかった。
 寝台に横たわったままその光を見るともなく見ていた。頭が重い。泣きたい。ただその涙は自己嫌悪でしかなく、そうしたところでうずくまって自分をあわれむ以外のものにはならないことはわかりきっていた。
「…こいつの名前、判るか?」
「大丈夫。今までのことは覚えています。ありがとうございます」
 ゆっくりと体を起こして、笑みを浮かべる。それがいつものようにぎこちなさすらない自信はあった。心情をいつわることには、慣れている。
 ランプに照らされて、ほとんどしかめっ面になっているランスロットと心配そうなリードルと一緒に、昼間出会ったばかりの少女、サラの顔も見える。
 彼女だけが、少しばかり居心地が悪そうに目をらした。
「――ごめんなさい、色々と間違えていました」
 間違い。
 口にした言葉の軽さに、我ながら苦笑いするしかない。そんな一言にまとめてしまえるとは。
 いつものように微笑を浮かべ、ランスロットに向いた。
「私は、エリザベスの身代わりではありません。姫が死んだというのも違います。それでも、サマンドラには行かなくてはいけません。――助けて、もらえますか?」
「先に全て、話せ」 
「いいえ。助けてくれると誓ってもらうまで、話すわけにはいきません。ごめんなさい、身勝手だとわかっています。わかっているけれど、駄目なのです」
 無言のランスロットに、胸の内で切り札をにぎめた。多分、これを話せば彼らは動く。そう、わかっているからこそ、躊躇ちゅうちょした。
 だが、脳裏をよぎった少女に、罪悪感を振り切る。
「ヘル・アダムス」
 ランスロットとリードルがにらむような視線を寄越よこし、サラさえも、驚いたように目を見張るのが判った。瞬きすら恐れるようにランスロットを見つめた。ランプの炎に照らされた顔は、赤味がかっているはずなのに青ざめて見えた。
「私、きっと、その人に会っています」
 すっと、ランスロットの眼から温度が消える。不安定なランプの灯ですら判るほどに、冷え冷えとした厳しいものに変わる。
 そんなランスロットの様子に声を詰まらせかけ、すがるように自分の手を握り締めた。気力を振り絞り、真っ向から見つめ返す。
「覚えている限りのことは、全てお話します。私を――サマンドラへ連れて行くと約束してくださるのなら」
「それ、ホントなんだね? ウソじゃなくて。おれらを引きとめようとしての、ウソじゃないね?」 
「――そう、名乗るのを聞きました」
「ラン!」
 身動きしたランスロットの腕を、リードルがつかむ。間に合わなければ、詰め寄られ、力任せに体を押さえつけられていただろう。
「離せ」
「おれは、いいとおもうよ。どうせほとんどわかってることなんてなかったんだ。サマなんとかにつれてって、そのあとできいたことをとっかかりにさがせばいいだろ」
「…離せ」
 ランスロットは体から力を抜くように息を吐き、それとともに、息苦しいほどの威圧も減った。ただ、なくなったわけではなく、こちらを見る目はやはり冷たい。その冷たさは、強く大きなものを押し殺したためのように思えた。
 昼間に聞いた、復讐という言葉がよみがえる。
「一つだけ、確認しておきたいことがある。リディ、かけられてた術は記憶の植え込みなんだな?」
「うん。ほかのヒトのキオクを、ほとんどまるごと」
 何でもないことのように言うリードルの言葉に、背筋を冷汗がつたう。術をかれ、急速に消え溶けつつある記憶と逆にはっきりとしてくる記憶の違いがわかるだけに、そのおそろしさが身に染みる。
 ランスロットに視線を戻すと、ずっと見られていたことに気付く。
「お前。影じゃなく、本人だな」
「――はい」 
 声に出して認めると、改めて嫌悪感が込み上げてきた。
 別の記憶を植えられてからのことも全て、覚えている。植えられたもの自体は、もはや曖昧になっているが、その間に取った言動も、感情も、全て覚えている。
 ――どの口で、エリザベスをたたえたのか。
 幼い日に木登りをせがんで怪我を負い、そのことを恨んで大人たちに足を折られそうになったリズを見捨てかけたのは自分だ。影などという、付き従うしかない場所に押し込めたのも、いつだってわがままを押し付けたのも、自分だというのに。
 それを、感謝しているなどと。
「エリザベス・ホーランドです。お願いします。私を、サマンドラへ連れて行ってください」
 嫌悪を振り払うように、立ち上がり、深々と頭を下げる。固く目をつぶったのは、この一瞬だけでも、何も見たくなかったからだ。そう考えると、頭を下げたことさえもが逃げているように思えた。
 沈黙が続いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

処理中です...