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二章

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 そして、姫――エリザベスのことを思い出す。
「姫様が足を怪我されたことがあったんです」
 うん?と首をひねるリードルに微笑して、リズは、自分の右足を指し示した。
「まだ、姫様の影が確定していなかった頃、私たちは数人で、交互に勤めを果たしていたの。ある時、姫様はちょっとした不注意――こんなところで言いつくろっても仕方がないわね。私が誘って木登りをされていて、落ちてしまったの。足首を骨折して、私の責任でもあるのだし、影の一人の私も足を折るべきだって言われて、実際、折られかけたわ。代わりはいくらでもいるから、って」
 少し泣きそうになって、それは卑怯だと、顔を上げる。ランスロットが、痛ましげな眼で見ていた。
「でもあの方が。もし私たちが二人きりのときに何者かに襲われて、私の足が動かなかったせいで取り返しのつかないことになったらどうするの、まだまだ成長期なのに足の怪我が違った風に固定されたらその方が問題ではないかしら、怪我をしていないけどしている振りの方がしているけどしてない振りよりもずっと簡単じゃないかしらって、止めに入ってくれたの。怪我は治るかもしれないし、私がこのままそっくりに育つかも知れないのに、そんなことで潰すの、って。冷静に言われて、みんな、言葉を失ったわ。その後。二人きりになって、あの方は、何も言わずにしがみついてきたの。泣きそうな顔で、何も言えないくらいに切羽詰って。落ち着いてから、お礼を言ったら首を振られた。本当はもっと早く知っていたの。あなたがうらやましくて、黙っているつもりだったわ。ごめんなさい、って、逆に謝られてしまった」
 大好きだった。もしかすると、あの城の中で一番。狭苦しい世界で、彼女は、眩しすぎる太陽のようだった。
 息をつく。
 一度にたくさん喋って、少し疲れた。二人を見て、首をかしげる。
「このくらいでいいかしら?」
「ああ、よくわかった。――手を貸してほしいか?」
「ええ」
 今更何を、と少し思いながらも、リズははっきりと頷いた。濃藍の瞳は、既に何かを決めたように見つめ返す。
 ランスロットは、リズから視線を逸らすと、リードルを見た。んー?と、視線を受けた方は、猫のような伸びをした。
「おれはいいよ。邪魔するほどヤボじゃないし?」
「…そういう問題じゃないだろう」
「そーかなー?」
 いたずらを仕掛けるように笑うリードルから目をらしたランスロットのかおは、ふてくされたようだった。リズは一人置いていかれ、二人の言動にひたすらはらはらさせられる。
 もし断られたら。
 身分は明かさずに、装飾品を売り払って傭兵を雇うか。次善じぜんの策も考えようとするが、やとうにはどうすればいいのかもわからない。身包みぐるみはがされて終わりにはならないだろうか。
 そんなことを思案しているうちに、話はまとまったのか、もう一度濃藍の瞳に見据えられる。
「あんたがこっちの条件を飲むなら、協力してもいい」
「っ、何でもします!」
「…何でもって…せめて条件聞いてからにしろよ…」
 深々と溜息をつかれてしまった。
 しかしもっともで、う、と言葉に詰まる。行動する前に一秒でいいから考えろ、とリズに言ったのは誰だっただろう。あまりにも言われそうで、特定できない。
「あの…条件、って?」
「…俺たちの指示に従うこと。言いなりになれとは言わないが、場合によっては、反抗されたら俺たちに危険が及ぶときもある。もしそんなことがあれば、見捨てて行く」
「はい」
「………どこで純粋培養したらそんな……」
 がっくりと、肩を落とす。
 リズはそんなランスロットの様子に、戸惑って視線をさまよわせた。どうにも、呆れられているような気がする。気はするのだが、思い違いをされているようで居心地が悪い。
 リズ自身は、自分が、世間を知らないほどに無垢むくだとは思わない。傭兵ようへいの雇い方だとか、知らないことは多いとしても。警戒心を持たないわけではなく、ただ、無視しようと思うほどに切羽詰っていると――思うだけのことで。
「あなたたちが戦争を回避してくれるのなら、どんなことだってします。それしか――私に、できることはありません。私のことは、もういいんです。姫様を口実に、たくさんの人の命を奪うなんていやなんです。お願いしたいのは、そのことだけです。だますのなら、どうぞ。あなた方も、戦争を起こすのに消極的にではあっても協力したというだけのことです」
「…悪人が、そんな理屈で動揺すると思うか?」
「思いません。悪人なんですか?」
 黙り込んだランスロットの肩を、笑顔でリードルが叩く。そうしてリズに、にこりと笑いかけた。
「ジョーケンってのはつまり、おれたちをしんじてくれってことだよ。何があっても。で、ついでに、おれたち以外はあんまりシンヨーしないでほしい」
「はい?」
「できるよね?」
 頷くしかなかった。
「そう。じゃあ、ラン、おれたちどうすればいい?」
「だからお前は、少しは自分の頭も使えって言ってるだろうが。思考力はびるんだぞ。考え方を忘れた脳なんざ、なまくら刀より役に立たない。腐らせるなら、市で猿の脳味噌でも買って入れ替えて来い」
「ちょっとさー、てれ隠しに怒るのやめなって。ほら、おどろいてる。ごめんねー、ランってちょっと、いやな感じにスナオでさー」
 やっぱり変わった人たちだと、呆気に取られたリズは思った。
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