12 / 43
二章
4
しおりを挟む
そして、姫――エリザベスのことを思い出す。
「姫様が足を怪我されたことがあったんです」
うん?と首をひねるリードルに微笑して、リズは、自分の右足を指し示した。
「まだ、姫様の影が確定していなかった頃、私たちは数人で、交互に勤めを果たしていたの。ある時、姫様はちょっとした不注意――こんなところで言いつくろっても仕方がないわね。私が誘って木登りをされていて、落ちてしまったの。足首を骨折して、私の責任でもあるのだし、影の一人の私も足を折るべきだって言われて、実際、折られかけたわ。代わりはいくらでもいるから、って」
少し泣きそうになって、それは卑怯だと、顔を上げる。ランスロットが、痛ましげな眼で見ていた。
「でもあの方が。もし私たちが二人きりのときに何者かに襲われて、私の足が動かなかったせいで取り返しのつかないことになったらどうするの、まだまだ成長期なのに足の怪我が違った風に固定されたらその方が問題ではないかしら、怪我をしていないけどしている振りの方がしているけどしてない振りよりもずっと簡単じゃないかしらって、止めに入ってくれたの。怪我は治るかもしれないし、私がこのままそっくりに育つかも知れないのに、そんなことで潰すの、って。冷静に言われて、みんな、言葉を失ったわ。その後。二人きりになって、あの方は、何も言わずにしがみついてきたの。泣きそうな顔で、何も言えないくらいに切羽詰って。落ち着いてから、お礼を言ったら首を振られた。本当はもっと早く知っていたの。あなたがうらやましくて、黙っているつもりだったわ。ごめんなさい、って、逆に謝られてしまった」
大好きだった。もしかすると、あの城の中で一番。狭苦しい世界で、彼女は、眩しすぎる太陽のようだった。
息をつく。
一度にたくさん喋って、少し疲れた。二人を見て、首を傾げる。
「このくらいでいいかしら?」
「ああ、よくわかった。――手を貸してほしいか?」
「ええ」
今更何を、と少し思いながらも、リズははっきりと頷いた。濃藍の瞳は、既に何かを決めたように見つめ返す。
ランスロットは、リズから視線を逸らすと、リードルを見た。んー?と、視線を受けた方は、猫のような伸びをした。
「おれはいいよ。邪魔するほどヤボじゃないし?」
「…そういう問題じゃないだろう」
「そーかなー?」
いたずらを仕掛けるように笑うリードルから目を逸らしたランスロットのかおは、ふてくされたようだった。リズは一人置いていかれ、二人の言動にひたすらはらはらさせられる。
もし断られたら。
身分は明かさずに、装飾品を売り払って傭兵を雇うか。次善の策も考えようとするが、雇うにはどうすればいいのかもわからない。身包みはがされて終わりにはならないだろうか。
そんなことを思案しているうちに、話はまとまったのか、もう一度濃藍の瞳に見据えられる。
「あんたがこっちの条件を飲むなら、協力してもいい」
「っ、何でもします!」
「…何でもって…せめて条件聞いてからにしろよ…」
深々と溜息をつかれてしまった。
しかしもっともで、う、と言葉に詰まる。行動する前に一秒でいいから考えろ、とリズに言ったのは誰だっただろう。あまりにも言われそうで、特定できない。
「あの…条件、って?」
「…俺たちの指示に従うこと。言いなりになれとは言わないが、場合によっては、反抗されたら俺たちに危険が及ぶときもある。もしそんなことがあれば、見捨てて行く」
「はい」
「………どこで純粋培養したらそんな……」
がっくりと、肩を落とす。
リズはそんなランスロットの様子に、戸惑って視線をさまよわせた。どうにも、呆れられているような気がする。気はするのだが、思い違いをされているようで居心地が悪い。
リズ自身は、自分が、世間を知らないほどに無垢だとは思わない。傭兵の雇い方だとか、知らないことは多いとしても。警戒心を持たないわけではなく、ただ、無視しようと思うほどに切羽詰っていると――思うだけのことで。
「あなたたちが戦争を回避してくれるのなら、どんなことだってします。それしか――私に、できることはありません。私のことは、もういいんです。姫様を口実に、たくさんの人の命を奪うなんて厭なんです。お願いしたいのは、そのことだけです。騙すのなら、どうぞ。あなた方も、戦争を起こすのに消極的にではあっても協力したというだけのことです」
「…悪人が、そんな理屈で動揺すると思うか?」
「思いません。悪人なんですか?」
黙り込んだランスロットの肩を、笑顔でリードルが叩く。そうしてリズに、にこりと笑いかけた。
「ジョーケンってのはつまり、おれたちをしんじてくれってことだよ。何があっても。で、ついでに、おれたち以外はあんまりシンヨーしないでほしい」
「はい?」
「できるよね?」
頷くしかなかった。
「そう。じゃあ、ラン、おれたちどうすればいい?」
「だからお前は、少しは自分の頭も使えって言ってるだろうが。思考力は錆びるんだぞ。考え方を忘れた脳なんざ、なまくら刀より役に立たない。腐らせるなら、市で猿の脳味噌でも買って入れ替えて来い」
「ちょっとさー、てれ隠しに怒るのやめなって。ほら、おどろいてる。ごめんねー、ランってちょっと、いやな感じにスナオでさー」
やっぱり変わった人たちだと、呆気に取られたリズは思った。
「姫様が足を怪我されたことがあったんです」
うん?と首をひねるリードルに微笑して、リズは、自分の右足を指し示した。
「まだ、姫様の影が確定していなかった頃、私たちは数人で、交互に勤めを果たしていたの。ある時、姫様はちょっとした不注意――こんなところで言いつくろっても仕方がないわね。私が誘って木登りをされていて、落ちてしまったの。足首を骨折して、私の責任でもあるのだし、影の一人の私も足を折るべきだって言われて、実際、折られかけたわ。代わりはいくらでもいるから、って」
少し泣きそうになって、それは卑怯だと、顔を上げる。ランスロットが、痛ましげな眼で見ていた。
「でもあの方が。もし私たちが二人きりのときに何者かに襲われて、私の足が動かなかったせいで取り返しのつかないことになったらどうするの、まだまだ成長期なのに足の怪我が違った風に固定されたらその方が問題ではないかしら、怪我をしていないけどしている振りの方がしているけどしてない振りよりもずっと簡単じゃないかしらって、止めに入ってくれたの。怪我は治るかもしれないし、私がこのままそっくりに育つかも知れないのに、そんなことで潰すの、って。冷静に言われて、みんな、言葉を失ったわ。その後。二人きりになって、あの方は、何も言わずにしがみついてきたの。泣きそうな顔で、何も言えないくらいに切羽詰って。落ち着いてから、お礼を言ったら首を振られた。本当はもっと早く知っていたの。あなたがうらやましくて、黙っているつもりだったわ。ごめんなさい、って、逆に謝られてしまった」
大好きだった。もしかすると、あの城の中で一番。狭苦しい世界で、彼女は、眩しすぎる太陽のようだった。
息をつく。
一度にたくさん喋って、少し疲れた。二人を見て、首を傾げる。
「このくらいでいいかしら?」
「ああ、よくわかった。――手を貸してほしいか?」
「ええ」
今更何を、と少し思いながらも、リズははっきりと頷いた。濃藍の瞳は、既に何かを決めたように見つめ返す。
ランスロットは、リズから視線を逸らすと、リードルを見た。んー?と、視線を受けた方は、猫のような伸びをした。
「おれはいいよ。邪魔するほどヤボじゃないし?」
「…そういう問題じゃないだろう」
「そーかなー?」
いたずらを仕掛けるように笑うリードルから目を逸らしたランスロットのかおは、ふてくされたようだった。リズは一人置いていかれ、二人の言動にひたすらはらはらさせられる。
もし断られたら。
身分は明かさずに、装飾品を売り払って傭兵を雇うか。次善の策も考えようとするが、雇うにはどうすればいいのかもわからない。身包みはがされて終わりにはならないだろうか。
そんなことを思案しているうちに、話はまとまったのか、もう一度濃藍の瞳に見据えられる。
「あんたがこっちの条件を飲むなら、協力してもいい」
「っ、何でもします!」
「…何でもって…せめて条件聞いてからにしろよ…」
深々と溜息をつかれてしまった。
しかしもっともで、う、と言葉に詰まる。行動する前に一秒でいいから考えろ、とリズに言ったのは誰だっただろう。あまりにも言われそうで、特定できない。
「あの…条件、って?」
「…俺たちの指示に従うこと。言いなりになれとは言わないが、場合によっては、反抗されたら俺たちに危険が及ぶときもある。もしそんなことがあれば、見捨てて行く」
「はい」
「………どこで純粋培養したらそんな……」
がっくりと、肩を落とす。
リズはそんなランスロットの様子に、戸惑って視線をさまよわせた。どうにも、呆れられているような気がする。気はするのだが、思い違いをされているようで居心地が悪い。
リズ自身は、自分が、世間を知らないほどに無垢だとは思わない。傭兵の雇い方だとか、知らないことは多いとしても。警戒心を持たないわけではなく、ただ、無視しようと思うほどに切羽詰っていると――思うだけのことで。
「あなたたちが戦争を回避してくれるのなら、どんなことだってします。それしか――私に、できることはありません。私のことは、もういいんです。姫様を口実に、たくさんの人の命を奪うなんて厭なんです。お願いしたいのは、そのことだけです。騙すのなら、どうぞ。あなた方も、戦争を起こすのに消極的にではあっても協力したというだけのことです」
「…悪人が、そんな理屈で動揺すると思うか?」
「思いません。悪人なんですか?」
黙り込んだランスロットの肩を、笑顔でリードルが叩く。そうしてリズに、にこりと笑いかけた。
「ジョーケンってのはつまり、おれたちをしんじてくれってことだよ。何があっても。で、ついでに、おれたち以外はあんまりシンヨーしないでほしい」
「はい?」
「できるよね?」
頷くしかなかった。
「そう。じゃあ、ラン、おれたちどうすればいい?」
「だからお前は、少しは自分の頭も使えって言ってるだろうが。思考力は錆びるんだぞ。考え方を忘れた脳なんざ、なまくら刀より役に立たない。腐らせるなら、市で猿の脳味噌でも買って入れ替えて来い」
「ちょっとさー、てれ隠しに怒るのやめなって。ほら、おどろいてる。ごめんねー、ランってちょっと、いやな感じにスナオでさー」
やっぱり変わった人たちだと、呆気に取られたリズは思った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる