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二章

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 森を抜けた街は、ヒース山脈の玄関の役割も果たしている。ヒース山脈はひろく、回り込むよりは、つらなる山と山の間を抜けた方が早い。
 そして、おそらくは一番低いだろう場所を登るのに適している場所にあるのが、この街だ。
 山を越えるにはこの街で装備を整える必要があり、そのために、都市部ほどとまではいかなくとも、にぎわっている。商店や屋台が立ち並び、宿屋も何軒もある。そのどれもに人が集まっているのだから、十分に繁盛しているといえる。
 とりあえず宿の一室を確保したリズらは、食堂で額を寄せ合っていた。
「さて、訊きたいことはあるか?」
「あります。…けど、その前に、あの、…見つかりません?」
「え? ナニに?」
 焼き菓子をほおばりながら能天気に見つめてくるリードルに、リズは、思わずランスロットを見た。こちらは、度の強い酒と申し訳程度のつまみを前にしている。
 ランスロットはグラスを傾けながら、優雅に肩をすくめた。
「これだけ人がいれば、少しくらい――」
「きゃあぁっ、ランス様! やだっ、こんなところでお会いできるなんて! ああもうこれって運命だわ、ランス様と私は、結ばれる運命にあるのよ! きゃっ、言っちゃった!」
「…ごめん、俺が間違ってた」
 横合いから飛び出してきた少女にがっちりと抱きつかれ、ランスロットは、今まで聞いたことのない弱々しい声で呟いた。表情が見るからに引きつり、視線も泳いでいる。決して、黄色い声を上げて抱きついている少女の方だけは見ようとしない。
 リズは呆気に取られながら、少女の意識が全く自分に向いていないと判ると、しげしげとその少女を見つめた。
 下ろしたら背中にも届きそうなくらいの赤毛を、二つに分けて高い位置でくくっている。大きなパッチリと開いた眼は琥珀色をしていて、見つめられたランスロットは、必死に眼をそらしている。リズとそう変わらない年齢に見える。十代の半ばほどだろうか。
 服は、動きやすそうなものの、明らかに飾りのみと思われる装飾も多い。お嬢様の野外服といった感じだろうか。腰には、申し訳程度の短刀がある。こちらは、使い込まれていた。
 唐突に、ランスロットが立ち上がった。抱きついていた少女が、少し慌てたように体勢を立て直す。それでも離れないのは、手を離せば逃げると思うからか。
「あと、頼む」
「はーい」
 明るい返事は、当然リードルで。
 少女を連れて去っていったランの背中を、リズはただただ呆然と見送った。たっぷりと間を置いてから、強張ったような首を動かし、リードルを見る。
「飲む?」
「い、いえ…」
 立ち去ったランスロットのグラスをすかさず手にしていたリードルが、リズの視線に気付いて掲げて見せた。リズはゆっくりと首を振って、ぬるくなったお茶を口にした。
「とりあえず、飲んだら部屋行こっか。ランみたいに、いつ見つかるかわからないし。説明とかはランのがいいんだけど、まあ、おれでガマンして」
 軽い口調で言って、ついでにちゃっかりと、更なる焼き菓子の追加をたのんでいる。部屋に持って行こう、と、とてつもなく無邪気に微笑む。
 焼き菓子と共に移動を済ませると、リードルはまず、外開きの窓を開けた。それなのに、景色を見下ろすことはせず、窓からは見えないだろう位置にリズを座らせる。
「…?」
「ああ、これ? 窓あけてるほうが、そとの声きこえるから。で、そっちはなるべく姿みられないほうがいいし。ホーランドは、オウゾクがけっこーヒトマエに出るクニだからなー」
「他は違うの?」
 ランスロットに対してよりも身構えないのは、リードルが今までリズにおおむね優しかったためと、子どものように振舞ふるまうところがあるからだろう。
 リードルは、早速菓子をつまみながら頷く。
「何かのギョージのときにすっごく遠くにちょっとだけ姿みせるとか、王と王妃とあとつぎだけは出るけど、他のこどもはヨメ入りやムコ入りで出ていくときさえカオも見せないってこともあるし。あんまり、クニの大小はカンケーないらしいよ。そういうところは大体、コクミンなんて働きアリくらいにしか思ってないって」
「…ホーランドは、そんなことないわ」
「だろうね。だから、フシギなんだよ」
「え?」
「そんなクニが、だまして戦争なんてするかな?」
「それは――…」
 何か言おうとして、しかし、リズは黙り込んでしまう。確かにその通りだ。
 溺愛できあいしていた末姫を失った悲しみからとしても、亡くなってから出立までは、たっぷりと時間があった。考え直す時間は、十分とまではいわなくてもあっただろう。それとも、それですら実行してしまうほどに、狂気に駆られているのか。
 リズが黙り込むと、リードルが菓子をかじる音と、窓の外のざわめきが聞こえた。
「まあそのへんは、いりくんでるからランが戻ってからってことで。おれほんと、考えるのむいてないんだよねー」
「そ、それでいいの…?」
「そういうのランが好きだし。えっとほら、炭は炭焼きに、肉は肉屋に」
 笑っているが、そこまでばっさりと放棄できるのは、いっそすがすがしいが下手をしたらただの大愚者だ。いくら相棒とはいえいつか別れることもあるかもしれないのに、それでいいのかと全く他人のリズですら危ぶんでしまうが、本人は、いっかな気にする様子はない。
「とりあえず、ランが戻ってくるまでに、おれでこたえられるだけの質問にはこたえるよ」
「さっきの子、何?」
「ああ、サラ。やいてる?」
「どうして?」
 悪童のように笑ったリードルに、逆にリズが訊き返す。リードルは、眼を丸くしたかと思うとまばたきを繰り返し、うわー嫌われてるよりむごいなーと呟いた。
 そして、気を取り直したように座りなおす。
「サラは、なんでも屋やってるんだ。前に知りあって、ランにヒトメボレして。モヤシとダルマがおれたちのおっかけ一位と二位だとしたら、四位くらいかな」
「…三位は?」
 追っかけって、とリズは突っ込みたかったが、脱線しそうでやめておく。が、あまり変わらなかった気がする。そもそも、質問が初めから迷走していた。
 そこに、一言。
「馬鹿王子」
「…わかった。わからないけど、とりあえずわかったことにしておくわ」
「えー?」
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