夜明けの晩

来条恵夢

文字の大きさ
上 下
66 / 67
そうして、歪に日常になる

5

しおりを挟む
「今頃何の用? あんたくらいの力があれば、ベニちゃんの葬式で会った時には気付いてただろ。小夜子サヨコまで巻き込んで、何が目的だ」
「はっきりさせようと思っただけだ。多少、事情が変わってな。梅ヶ谷ウメガヤ小夜子も呼んだのは、誘拐された時の記憶が残っているだろうから、ついでに消しておこうと思ってな。危害を加えるつもりはない」
「さぁちゃん、覚えてるの?」

 ヒビキの返事はないけど、真哉シンヤくんが渋い顔をした。
 それだけで、本当なのだろうと思う。もしかして、誘拐事件の後に小夜子ちゃんが私に会いたがったのは、そこのところを問い詰めるつもりだったのだろうか。
 いろいろと頭が追いつかなくて、無意識に、ティーカップを再び手にしていた。意味もなくカップのふちをなぞる。
 自宅のはずなのになんだか異空間だなあ、と思っていると、視界の隅に綿ぼこりの塊のようなものが転がった。響の言う、黒い毛玉。私が紅子だったころにもいたのか。気付かなかった。

コウ。消していいな」
「え。あ。…しぃくんは、それでいいと思う? 私は…小夜子ちゃんにも私が紅子ベニコだって知ってもらいたい気はするけど、厄介なことに巻き込むようならけたいと思う。しぃくんは? さぁちゃんは…その、知っているの?」
「…知らないよ。小夜子は、何も知らない。嘘が下手だし、言わない方がいい」
「――うん。響、お願いしていい?」

 勝手なことをしていると、思う。もしも私が同じことをされて、そのことを知ったら。厭だし、腹が立つし、哀しくもなるだろう。それでも、巻き込みたくないというのも本心だ。身勝手だとわかっていても。
 それは、ほんの一瞬だった。響が、軽く小夜子ちゃんに触れた。ただ、それだけに見えた。

「しばらくすれば、目を覚ますだろう。その前に、梅ヶ谷真哉」
「いちいちフルネームで呼ばれるの、鬱陶しいんだけど。真哉でいい」
「高校卒業までは待つ。羽山成ハヤマナリの本社に就職しろ」
「――はぁ?!」

 期せずして、私と真哉くんの声が揃った。
 思わず顔を見合わせてから、響を見る。相変わらずの表情に乏しいかおをしている。

「使える人材が少ない。お前なら、ただの人よりは使えるだろう」
「…俺の残りの人生、多分人並みの長さなんだけど。勝手に決めるな」
「響、能力よりも学歴で人を見る人ってまだそれなりにいるよ。ちゃんと手伝ってもらうなら、相応の影響力も持ってもらわないといけない。大学なり院なり、しっかりと行ってもらった方がいいんじゃない?」

 本音としては、そこまで巻き込んでいいものなのかと迷うところだ。
 全てを知っている真哉くんが味方になってくれるなら心強いけど、真哉くんが他にやりたいことがあるならそちらに進むべきだし、そうでないとしても、早くにこちらで決めてしまうべきではないだろう。
 響は後で説得するとして、真哉くんに、目配めくばせしてとりあえず収めてもらう。不満そうなかおは残したものの、伝わったようでよかった。

名井ナイサン。変わった事情ってなんだ。なんで今頃になってこんなこと言い出した」

 それは、私も気になっていた。記憶が戻ったことが関係するのだろうけど、それにしたって、何がそこまで変わったのか。
 真哉くんと私の二人分の視線を受けて、響は、思わずといったように目をらした。

「…色々とある」
「説明になってない」

 また、真哉くんと声が揃った。思ったよりも大きくなったその声にか、小夜子ちゃんが身じろぎした。
 小夜子ちゃんが目を覚ましたら、響はただの秘書で、真哉くんはほんの二年ほど前まで会ったこともなかった遠い親戚に戻る。悪魔と元悪魔だなんて、ただの夢物語。部屋の隅のあの黒い毛玉も、小夜子ちゃんには見えないだろう。
 だけどそれらはもう私の日常で、大切なものだと知っている。
 できるだけ長く続きますようにと、気付けばそっと祈っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!

枕崎 純之助
ファンタジー
下級悪魔と見習い天使のコンビ再び! 天国の丘と地獄の谷という2つの国で構成されたゲーム世界『アメイジア』。 手の届かぬ強さの極みを欲する下級悪魔バレットと、天使長イザベラの正当後継者として不正プログラム撲滅の使命に邁進する見習い天使ティナ。 互いに相容れない存在であるはずのNPCである悪魔と天使が手を組み、遥かな頂を目指す物語。 堕天使グリフィンが巻き起こした地獄の谷における不正プラグラムの騒動を乗り切った2人は、新たな道を求めて天国の丘へと向かった。 天使たちの国であるその場所で2人を待ち受けているものは……? 敵対する異種族バディが繰り広げる二度目のNPC冒険活劇。 再び開幕! *イラストACより作者「Kamesan」のイラストを使わせていただいております。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...