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そうして、歪に日常になる
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「今頃何の用? あんたくらいの力があれば、紅ちゃんの葬式で会った時には気付いてただろ。小夜子まで巻き込んで、何が目的だ」
「はっきりさせようと思っただけだ。多少、事情が変わってな。梅ヶ谷小夜子も呼んだのは、誘拐された時の記憶が残っているだろうから、ついでに消しておこうと思ってな。危害を加えるつもりはない」
「さぁちゃん、覚えてるの?」
響の返事はないけど、真哉くんが渋い顔をした。
それだけで、本当なのだろうと思う。もしかして、誘拐事件の後に小夜子ちゃんが私に会いたがったのは、そこのところを問い詰めるつもりだったのだろうか。
いろいろと頭が追いつかなくて、無意識に、ティーカップを再び手にしていた。意味もなくカップの縁をなぞる。
自宅のはずなのになんだか異空間だなあ、と思っていると、視界の隅に綿ぼこりの塊のようなものが転がった。響の言う、黒い毛玉。私が紅子だったころにもいたのか。気付かなかった。
「晧。消していいな」
「え。あ。…しぃくんは、それでいいと思う? 私は…小夜子ちゃんにも私が紅子だって知ってもらいたい気はするけど、厄介なことに巻き込むようなら避けたいと思う。しぃくんは? さぁちゃんは…その、知っているの?」
「…知らないよ。小夜子は、何も知らない。嘘が下手だし、言わない方がいい」
「――うん。響、お願いしていい?」
勝手なことをしていると、思う。もしも私が同じことをされて、そのことを知ったら。厭だし、腹が立つし、哀しくもなるだろう。それでも、巻き込みたくないというのも本心だ。身勝手だとわかっていても。
それは、ほんの一瞬だった。響が、軽く小夜子ちゃんに触れた。ただ、それだけに見えた。
「しばらくすれば、目を覚ますだろう。その前に、梅ヶ谷真哉」
「いちいちフルネームで呼ばれるの、鬱陶しいんだけど。真哉でいい」
「高校卒業までは待つ。羽山成の本社に就職しろ」
「――はぁ?!」
期せずして、私と真哉くんの声が揃った。
思わず顔を見合わせてから、響を見る。相変わらずの表情に乏しいかおをしている。
「使える人材が少ない。お前なら、ただの人よりは使えるだろう」
「…俺の残りの人生、多分人並みの長さなんだけど。勝手に決めるな」
「響、能力よりも学歴で人を見る人ってまだそれなりにいるよ。ちゃんと手伝ってもらうなら、相応の影響力も持ってもらわないといけない。大学なり院なり、しっかりと行ってもらった方がいいんじゃない?」
本音としては、そこまで巻き込んでいいものなのかと迷うところだ。
全てを知っている真哉くんが味方になってくれるなら心強いけど、真哉くんが他にやりたいことがあるならそちらに進むべきだし、そうでないとしても、早くにこちらで決めてしまうべきではないだろう。
響は後で説得するとして、真哉くんに、目配せしてとりあえず収めてもらう。不満そうなかおは残したものの、伝わったようでよかった。
「名井サン。変わった事情ってなんだ。なんで今頃になってこんなこと言い出した」
それは、私も気になっていた。記憶が戻ったことが関係するのだろうけど、それにしたって、何がそこまで変わったのか。
真哉くんと私の二人分の視線を受けて、響は、思わずといったように目を逸らした。
「…色々とある」
「説明になってない」
また、真哉くんと声が揃った。思ったよりも大きくなったその声にか、小夜子ちゃんが身じろぎした。
小夜子ちゃんが目を覚ましたら、響はただの秘書で、真哉くんはほんの二年ほど前まで会ったこともなかった遠い親戚に戻る。悪魔と元悪魔だなんて、ただの夢物語。部屋の隅のあの黒い毛玉も、小夜子ちゃんには見えないだろう。
だけどそれらはもう私の日常で、大切なものだと知っている。
できるだけ長く続きますようにと、気付けばそっと祈っていた。
「はっきりさせようと思っただけだ。多少、事情が変わってな。梅ヶ谷小夜子も呼んだのは、誘拐された時の記憶が残っているだろうから、ついでに消しておこうと思ってな。危害を加えるつもりはない」
「さぁちゃん、覚えてるの?」
響の返事はないけど、真哉くんが渋い顔をした。
それだけで、本当なのだろうと思う。もしかして、誘拐事件の後に小夜子ちゃんが私に会いたがったのは、そこのところを問い詰めるつもりだったのだろうか。
いろいろと頭が追いつかなくて、無意識に、ティーカップを再び手にしていた。意味もなくカップの縁をなぞる。
自宅のはずなのになんだか異空間だなあ、と思っていると、視界の隅に綿ぼこりの塊のようなものが転がった。響の言う、黒い毛玉。私が紅子だったころにもいたのか。気付かなかった。
「晧。消していいな」
「え。あ。…しぃくんは、それでいいと思う? 私は…小夜子ちゃんにも私が紅子だって知ってもらいたい気はするけど、厄介なことに巻き込むようなら避けたいと思う。しぃくんは? さぁちゃんは…その、知っているの?」
「…知らないよ。小夜子は、何も知らない。嘘が下手だし、言わない方がいい」
「――うん。響、お願いしていい?」
勝手なことをしていると、思う。もしも私が同じことをされて、そのことを知ったら。厭だし、腹が立つし、哀しくもなるだろう。それでも、巻き込みたくないというのも本心だ。身勝手だとわかっていても。
それは、ほんの一瞬だった。響が、軽く小夜子ちゃんに触れた。ただ、それだけに見えた。
「しばらくすれば、目を覚ますだろう。その前に、梅ヶ谷真哉」
「いちいちフルネームで呼ばれるの、鬱陶しいんだけど。真哉でいい」
「高校卒業までは待つ。羽山成の本社に就職しろ」
「――はぁ?!」
期せずして、私と真哉くんの声が揃った。
思わず顔を見合わせてから、響を見る。相変わらずの表情に乏しいかおをしている。
「使える人材が少ない。お前なら、ただの人よりは使えるだろう」
「…俺の残りの人生、多分人並みの長さなんだけど。勝手に決めるな」
「響、能力よりも学歴で人を見る人ってまだそれなりにいるよ。ちゃんと手伝ってもらうなら、相応の影響力も持ってもらわないといけない。大学なり院なり、しっかりと行ってもらった方がいいんじゃない?」
本音としては、そこまで巻き込んでいいものなのかと迷うところだ。
全てを知っている真哉くんが味方になってくれるなら心強いけど、真哉くんが他にやりたいことがあるならそちらに進むべきだし、そうでないとしても、早くにこちらで決めてしまうべきではないだろう。
響は後で説得するとして、真哉くんに、目配せしてとりあえず収めてもらう。不満そうなかおは残したものの、伝わったようでよかった。
「名井サン。変わった事情ってなんだ。なんで今頃になってこんなこと言い出した」
それは、私も気になっていた。記憶が戻ったことが関係するのだろうけど、それにしたって、何がそこまで変わったのか。
真哉くんと私の二人分の視線を受けて、響は、思わずといったように目を逸らした。
「…色々とある」
「説明になってない」
また、真哉くんと声が揃った。思ったよりも大きくなったその声にか、小夜子ちゃんが身じろぎした。
小夜子ちゃんが目を覚ましたら、響はただの秘書で、真哉くんはほんの二年ほど前まで会ったこともなかった遠い親戚に戻る。悪魔と元悪魔だなんて、ただの夢物語。部屋の隅のあの黒い毛玉も、小夜子ちゃんには見えないだろう。
だけどそれらはもう私の日常で、大切なものだと知っている。
できるだけ長く続きますようにと、気付けばそっと祈っていた。
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