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そうして、手がかりは語られる
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「もうお聞きになっているとは思いますが、昨日イベントの為に出てきていた生徒たちは、立て看板や衣装や小物を作ったりと、リハーサルと息抜きを兼ねてのチョコの泉だとか試食だとかと、進行の確認。そのあたりだったらしいですね。今回協力してくださっているチョコレート専門店のショコラティエが張り切って、試食でもいろいろと珍しいものが並んでいたそうですよ。何だったかなあ。甘くないチョコレートドリンクとか」
それなりには耳を傾けてくれていた梨木刑事だけど、ここに至って、音を立てて堪忍袋の緒が切れたようだった。椅子ならば倒していただろう勢いで立ち上がり、喰らいつくように上半身を前のめりにする。顔が近い。
思わず、音もなく入室した響から渡されたA4のファイルを立てて、唾が飛んだ時に備える。
「そんなことはどうだっていい、チョコ食って呑気にお遊びしてたお嬢様たちがどうなったかの心当たりを聞いてんだ!」
「どうぞ、ご希望の品です。細かい質問があれば、この名井にどうぞ。私の代わりに羽山成をまとめてくれているので、私よりもずっと詳しいんです。名刺も一緒に入っています」
分厚いファイルが、あらかじめ用意されていたのかあの短時間でつくられたものなのか、私にはわからない。普通に考えれば前者だろうけれど、何分、響は優秀すぎる。
怒りを逸らされた形になった梨木刑事は、呆気にとられたように、素直にファイルを受け取った。眉間のしわも、今は消えている。
が、すぐに我に返ったようだった。眉間にしわが戻り、鋭く睨みつけてきた。
「昨日は何をしていた」
「事情聴取ですか? かまいませんが、私自身を調べたところで意味はないと思いますよ。もし私が犯人なら、黒幕に徹して、直接手を出したりはしません」
「…疑ってるわけじゃない」
「常套句ですね。昨日は、朝食を自宅で摂ってから七時くらいには家を出て、えーっと、どこに行ったかは」
「貿易部門の支社で書類の決裁、会議の後に三輪物産の専務らと昼食、午後からは海産部門の開発室で視察、書類の決裁。夕食は宝飾部門のデザイナー数人とともに摂り、宝石店の売上報告を受け、帰宅が十時過ぎです。二十四時頃、こちらで二年の森村さんが行方不明との連絡を受けました」
響は手帳を見て喋っているが、それはほぼ格好だけのものだ。覗けばちゃんとメモを取っていることが確認できるだろうけど、そんなものがなくても空で言えるだろう。
滔々と語られるそれらを、梨木刑事は反射に近い動作で書き留めていた。
「この家では、掃除をしてもらったりご飯を作ってもらったりで人を雇っていますが、特に何かなければ二十一時には帰しています。昨日は丸一日いないことが判っていましたから、仕事が片付いたらすぐに帰っていたはずですよ。帰宅した時には誰もいませんでした」
私の補足も書き記し、梨木刑事はこれ以上ないくらいに眉間のしわを深くした。
「名井さん。あんたもここに住んでるのか」
「はい」
「名井は秘書ですけど、後見人でもあるんです。そのあたりの説明はややこしいので知りたいなら調べてもらうとして、簡単に言えば、家族のようなものですかね。だから残念ながら、公的には証言としては採用されないかもしれませんね。他に何かありますか?」
考えるような間を置き、梨木刑事はため息を落とした。次いで、手帳を閉じる。
それなりには耳を傾けてくれていた梨木刑事だけど、ここに至って、音を立てて堪忍袋の緒が切れたようだった。椅子ならば倒していただろう勢いで立ち上がり、喰らいつくように上半身を前のめりにする。顔が近い。
思わず、音もなく入室した響から渡されたA4のファイルを立てて、唾が飛んだ時に備える。
「そんなことはどうだっていい、チョコ食って呑気にお遊びしてたお嬢様たちがどうなったかの心当たりを聞いてんだ!」
「どうぞ、ご希望の品です。細かい質問があれば、この名井にどうぞ。私の代わりに羽山成をまとめてくれているので、私よりもずっと詳しいんです。名刺も一緒に入っています」
分厚いファイルが、あらかじめ用意されていたのかあの短時間でつくられたものなのか、私にはわからない。普通に考えれば前者だろうけれど、何分、響は優秀すぎる。
怒りを逸らされた形になった梨木刑事は、呆気にとられたように、素直にファイルを受け取った。眉間のしわも、今は消えている。
が、すぐに我に返ったようだった。眉間にしわが戻り、鋭く睨みつけてきた。
「昨日は何をしていた」
「事情聴取ですか? かまいませんが、私自身を調べたところで意味はないと思いますよ。もし私が犯人なら、黒幕に徹して、直接手を出したりはしません」
「…疑ってるわけじゃない」
「常套句ですね。昨日は、朝食を自宅で摂ってから七時くらいには家を出て、えーっと、どこに行ったかは」
「貿易部門の支社で書類の決裁、会議の後に三輪物産の専務らと昼食、午後からは海産部門の開発室で視察、書類の決裁。夕食は宝飾部門のデザイナー数人とともに摂り、宝石店の売上報告を受け、帰宅が十時過ぎです。二十四時頃、こちらで二年の森村さんが行方不明との連絡を受けました」
響は手帳を見て喋っているが、それはほぼ格好だけのものだ。覗けばちゃんとメモを取っていることが確認できるだろうけど、そんなものがなくても空で言えるだろう。
滔々と語られるそれらを、梨木刑事は反射に近い動作で書き留めていた。
「この家では、掃除をしてもらったりご飯を作ってもらったりで人を雇っていますが、特に何かなければ二十一時には帰しています。昨日は丸一日いないことが判っていましたから、仕事が片付いたらすぐに帰っていたはずですよ。帰宅した時には誰もいませんでした」
私の補足も書き記し、梨木刑事はこれ以上ないくらいに眉間のしわを深くした。
「名井さん。あんたもここに住んでるのか」
「はい」
「名井は秘書ですけど、後見人でもあるんです。そのあたりの説明はややこしいので知りたいなら調べてもらうとして、簡単に言えば、家族のようなものですかね。だから残念ながら、公的には証言としては採用されないかもしれませんね。他に何かありますか?」
考えるような間を置き、梨木刑事はため息を落とした。次いで、手帳を閉じる。
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