夜明けの晩

来条恵夢

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そうして、事態は混迷する

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「ひとつおうかがいいします。ヒビキ――そこの運転手を襲おうとしたのは、足止めしようとしたのか、恨みがあるのか、どちらですか?」
「知るか」
「答えていただけないなら、弟さんのご希望通り、警察でもお呼びしましょうか?」
「あ、兄貴ぃ」

 男は、胸の辺りを押さえている。窓枠にでも当たったのかもしれない。

「もしも恨みが羽山成ハヤマナリにあるのなら、彼を襲うのは少し的外れです。総帥は私で、彼は秘書ですから」
「……お前、が…?」
「だから、相談に乗るって言ったじゃないですか。普通、ただの高校生には大したことはできませんけど、私だったら、ある程度は力がありますよ?」
「…オヤジの会社を潰したのも、お前か」
「会社名は?」

 そこまで言っておきながら、男は口を閉ざしてしまう。
 そこで作戦を変え、青年の方を見た。青年はそれだけでびくついたようだけど、男と私を交互に見て、意を決したようにこちらを見つめる。

「立原ねじ。俺たち、そこで働いてた」
「ばかやろう!」
「響」
「……。直接取引きがあったわけではないが、関連会社が昨年五月、質の低下を理由に取引を絶ったことになっている」

 私が羽山成の頂点に立っているといっても、それぞれの部門に長はおり、さらに、細かいところは現場やそれぞれの専門の者が行っている。
 それらの采配を振るうのが私の仕事だけれど、実際には、それすらろくに行えていない。
 そうでなくても普通の人間なら会社名を聞いただけではわからないところだけど、響の頭脳は、意識が加わっているだけに、パソコンよりも優れている。
 数秒で末端も末端の存在を引きずり出した響に、会社、特に大会社の社長秘書などは、仰天するに違いない。
 兄弟かも知れない二人は、自分たちがそんなにも瑣末さまつな存在として扱われていると気付いた様子はなく、やはり知っていたのかとばかりに私を睨む眼に力が加わった。

「低下なんて、してなかった! 俺たちは、ちゃんと仕事をしてた!」
「てめえらは、俺らみたいな年少上がりがいるところとの取引がいやになったんだろ」

 立原ねじの名も、そこで少年院を出た人たちが働いていたのも、私は初耳だ。どう思うかと響を見ると、首を振られた。
 それならと、はっきりと判るように首を傾げて男たちに視線を向ける。

「私を誘拐しようとしたのは、取引の再開が目的ですか? それとも、お金自体が必要で?」
「…」
「借金で…身動き、取れなくなったんだ。おやっさん、無理して倒れちゃうし…入院の金だって、ろくに…」
「ああ、お金の方なんですね。悪の元凶なら、掠め取ってもいいと思ったんですか?」
「どうせ、てめえらにははした金だろ」
「お兄さんたち、日本での誘拐の成功率を知ってます? それに、下調べはちゃんとしないと。下手をしたら、他の人に私を殺されて、その罪をかぶせられてましたよ」

 羽山成の内部事情など全く知らなかったらしい男たちは、いぶかしげに眉間にしわを寄せた。
 そんな様子に苦笑して、考えをまとめる。
 それにしてもこの二人は、誘拐などしてしまえば余計に、社長に肩身の狭い思いをさせるとは思わなかったのか。恩義の感情から犯罪者になられても、私なら嬉しいとは思えない。

「話はわかりました。とりあえず、借金は私個人で肩代わりしておきます。取引を打ち切った件については調査をおこなって、あなたたちの言い分が正しければ、そちらが望まれるなら再開します。その際、取引中止のために蒙ったと思われる損害は、肩代わり分から差し引きます。取引中止が正当だと判断した場合は、期限は切りませんが、何らかの形で全額返していただきます。それでよろしいですか?」

 二人は、信じられないと言うように私を見つめていたかと思うと、ほぼ同じタイミングでお互いの頬をつねり、つねりすぎて痛がっている。またもや、コントだ。
 笑いをかみ殺し、響に手続きを頼む。

「もし気が向きましたら、連絡をください。先ほども言いましたけれど、お願いしたい仕事があります。響、名刺もらうね」

 財布から紙片を引き抜いて手渡し、今度こそ、車は走り出した。
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