夜明けの晩

来条恵夢

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そうして、日常生活は乱れる

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 私が羽山成ハヤマナリコウになったのは、実は、二年ほど前のことに過ぎない。
 それまでの十数年間を、私は、羽山成紅子ベニコという名と、完治の見込みのない病と寄り添い、生きてきた。

 羽山成家は、幕府の瓦解がかいとともに名乗りを上げ、明治政府の成長とともに栄え、戦後の混乱とともに現状維持を続け、バブル成長とともに展開し、今に至るまで富を確立してきた。
 歴史は浅いけれど、堅実さとギャンブラー性とがいいように作用して、経済の荒波を泳いでいる。あきないの神様でもどこかに潜んでいるのではないだろうかと、紅子だった頃に思ったことがある。
 その商いの神は、私に潤沢な金銭はくれようとも、一般的な幸福は与えてくれなかった。
 両親を亡くした上にいつ果てるとも知れない私を救ってくれたのは、日々発達する現代医療の粋ではなく、迷信・妄信の類に属するだろう、いわゆる「悪魔」という存在だった。

 死後のおのれの魂を担保に私は、健康な体と、忠実な協力者を手に入れた。

ヒビキ、お茶飲む?」

 既に二人分を用意した紅茶のセットをワゴンに乗せて、カーペット敷きの床に直接、盗聴器や小型カメラを山と積んだ名井ナイ響に指し示して見せた。
 響は頷き、いろいろと遮断する袋に山を崩して放り込んでいく。
 今現在、豪邸と呼んでも差し支えのないこの家に暮らすのは、私と響だけだ。通いで家事などをしてくれる人たちはいるけれど、基本的には夕食が終われば引き上げる。
 私の両親や祖母が生きていた頃は住み込みも幾人かいて、親戚が泊まりに来ることもあったのだけど、私一人になると、祖父の弟の息子という、私にとってのはとこ一家が押しかけてきて家のことを取り仕切った。
 そのときに、馴染みの住み込みの人たちは、全て家を出されてしまった。

 それからは、職務熱心な医師と看護師に囲まれ、私は半ば幽閉の身となった。
 もっとも、そもそもがよほど調子がよくなければ一人で家の中すら歩き回ることもできない身体だったのだから、幽閉というのは大げさかもしれない。
 けれど、本人のいないところで後継者の地位の取り合いをしているのを見ていれば、幽閉で間違ってはいなかっただろうと思う。
 医師たちはよくしてくれたけれど、それも後継者が決まるまでのこと。
 誰が羽山成の家を取り仕切るのかが決まって数多くのものが後継者に継承されてしまえば、医師らの態度も変わるか、他の者に替えられるだろうと予想できてしまったため、打ち解けるまではいかなかった。
 そんな医師たちは、紅子が死んだことでお払い箱となった。はとこ一家が張り切って後継者と名乗りを上げる手前で、出現したのが晧だ。

 紅子の双子の妹で、父の知人の元に預けられていた。紅子や両親と会う機会はあまりなかったけど、手紙やメールでのやりとりは密にしていた。
 そんなバカバカしい話が通用したのは、晧が紅子の遺伝子とほぼ同一の遺伝子を持ち、経過した年月に応じて古びた手紙や写真類を山と見せ、連絡要員だったとして伴っていた響の能力が高かったためだろう。
 実際のところはそれらはすべてでっち上げのようなもので、唯一間違っていなかったのは響の能力の高さだけだ。
 今の私の肉体さえ、響――という名の「悪魔」が、再生させたまがい物にすぎない。紅子自体は、魂以外は全てもうこの世にはない。
 以来、はとこ一家は当然のように追い出し、会社の運営も、重要な部分の大半は実は響が取り仕切っている。
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