夜明けの晩

来条恵夢

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そうして、新学期は始まる

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「あんたねえ、中三で途中入学してから、たった一年足らずでどれだけ告白されたか覚えてる? ギネスでも狙うつもり? あの先輩にだって、あれで、取り巻きだっているんだよ?」
「じゃあ替わってくれる?」
「好みじゃない」

 あまりにあっさりと断言され、苦笑するしかない。とにかく、とアカネさんが仕切り直す。

「注目の的なの、いい加減自覚しなさい」
「うーん」

 確かに、私自身にはどこがいいのかわからないまま、付き合ってください、の言葉は何度か聞いた。古風に手紙をもらったりもした。
 はじめこそ、漫画の中だけじゃなくて本当にあるんだ、と楽しめたものの、何度か続くと、何やら申し訳ない。
 この学園を運営している一族であることは知られているので、そのあたりが大きいのだろう。この歳で打算的なのもどうかと思うけど、そこはそれぞれだ。

「そろそろ、ラッシュあるんじゃない?」
「ラッシュ?」
「卒業を前にした先輩方が、玉砕覚悟で告白」
「…卒業って言っても、この学校、そのまま大学進む人多いのに…?」
「だからって、みんながみんなじゃないでしょ。それに、そういうのは勢いっていうか…ノリだからさあ」
「ノリですか」
「そうそう」

 言いながら教室の前まで来たところで、戸に手をかけ、あ、と言って顔を見合わせた。

「今日は遅い方みたい」
「始業式だもんねえ。そりゃ、早く来る意味ないわ」

 朝早くの教室で、一時間目の授業の予復習や宿題をすることの多いクラスメイトがいる。
 生徒のいない間は施錠する決まりのある教室の鍵を、だからその彼が開けていることが多いのだけど、その必要がなければ――例えば文化祭や体育祭のときには、早くは来ていない。
 それをうっかりと忘れ、開いているものと思い込んでいた。

「職員室、寄って来ればよかったね」
「取って来るよ」
「寒いところに、一人で待ってろって? あたしも行く」

 本当に寒いの、と訊きそうになったけれどやめておく。しかし、寒いならもう少し厚着をすればいいのにとは、思う。
 アルミサッシの窓に手をかけ、すりガラス越しに見える鍵の様子を窺いながら、揺すってみた。徐々に動いた鍵は、やがて、完全に外れた。
 アルミサッシの窓は、こうやって開けることもできる。多分、推理小説か漫画で得た知識だ。

「開いたよ」
「お見事。どこで覚えたの、お嬢様が」
「だって部室の鍵、取りに行くの面倒なんだもん。かばんよろしくね」
「はいはい」

 呆れたように笑う茜さんに笑顔を返して、早速走るために足を踏み込む。職員室があるのは渡り廊下で繋がった隣の校舎の二階で、走ればすぐだ。
 もっとも、走る必要はない。
 鍵はないとはいえ、教室の前後にある扉のうち後方は内側から開くのだから、急ぐこともない。だけど、走ること自体が楽しいのだからそれはそれで十分な理由だ。
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