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中編
第一幕3
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「あ、あの…」
「はい?」
いい匂いの立ち込める店内で、話についていけずに声を出したゆかりを、二人が見る。ただそれだけなのだが、何を言えばいいのかがわからなくなってしまう。
先が続かないでいると、二人が視線を見交わしたのがわかった。呆れられる、変だと思われると思うと、ますます言葉が出ない。
だが、二人の反応は違った。いたずらが見つかったかのような、決まり悪そうなかおになる。
「ごめんごめん、話逸れちゃった」
「パイ、好きなだけ食べていいよ。紅茶も、おかわりあるから」
「いや、セイギ」
「なんだよ」
「まず自分で毒見するべきだと思うんだけど」
「何ぃ? ――悪い、また脱線」
しかられた子犬のように、うなだれる。その横で、アキラが困惑したように頭を掻いていた。ついかわいいなあと思ってしまったが、アキラはともかく、おそらく年上で男であるセイギに対してかわいいは失礼かな、と少し反省する。
いつの間にか、自己嫌悪の混ざった焦りは消えていた。
「ええと…あの、ロクダイさん、は…?」
「あれ。ロクダイ?」
「俺が来たときはいたぜ?」
「うん。パイ切ってるときも」
二人で首を傾げて、そろって手を叩く。
「着替えに行ったのか」
「だね」
「どういうことですか?」
「ほら、あれ」
アキラが指差した方を振り返ると、白と黒の制服ではなく縦縞の着流しを着たロクダイが、店の扉を閉めるところだった。
「隣も、あたしたちが借りてるんだよ。そっちに着替えに行ってたんだ」
「じゃあ、俺もエプロン…」
「お前さんはまだ仕事中じゃろう」
「うわ、ずる」
「ずるいというのは、やるべき事をやらなかった場合じゃ。わしは、自分のやる事はやっておるよ」
「また、セイギの負けだね」
「ちぇっ」
セイギが背もたれに体を預けて天井を仰ぎ見て、ロクダイが椅子に座る。アキラは、それを楽しそうに見ていた。
いつも、こんな風なのだろうか。
三人のやり取りが心地いい。どういった関係にあるのか見当もつかないが、とても仲が良いということはわかる。いいなあと、ゆかりは思った。自分にも、こんな友達がいれば。
「それで、話はもうきいておるのか?」
「あ」
「まだだよ。ロクダイが来るの待ってたから」
「ほう、そうか」
笑みをやり取りする二人を、セイギが呆れたように見遣る。
「性格悪…」
「何か言った?」
「何か言ったかのう?」
小さな呟きにも拘わらず、二人はしっかりと聞いていた。笑っているのだが、何か言い知れぬ圧迫感がある。その為か、セイギは一生懸命に頭を振っている。
そして不意に、ゆかりの方を向いた。
「何も言ってないよな、えっと…」
「橘ゆかり、です」
「ゆかりちゃん。俺、何も言ってないよな?」
親しげに名前を呼ばれたのが恥ずかしくて、だが、声が必死なために、小さく頷いて、そのまま俯いた。
床は、土足で上がる割にはきれいだった。
「まあ、そういうことにしとこうか」
「話が進まんしのう」
「話を聞かせてもらえる?」
アキラの声の調子が、微妙に変わった。ゆっくりと顔を上げると、三人がゆかりを待っている。
本当は、何も言わなくても全て知っているのではないかと、不意に思った。少なくとも、ちゃんと話を聞いてくれそうだ。
「あなたが、ここに来た理由を」
アキラが促す。ゆかりは、それに無意識のうちに頷いていた。
ここに来た理由。
ここに来なければならなかった理由。
駅のホームに走り込んでくる電車が、頭をよぎる。
「私…」
「はい?」
いい匂いの立ち込める店内で、話についていけずに声を出したゆかりを、二人が見る。ただそれだけなのだが、何を言えばいいのかがわからなくなってしまう。
先が続かないでいると、二人が視線を見交わしたのがわかった。呆れられる、変だと思われると思うと、ますます言葉が出ない。
だが、二人の反応は違った。いたずらが見つかったかのような、決まり悪そうなかおになる。
「ごめんごめん、話逸れちゃった」
「パイ、好きなだけ食べていいよ。紅茶も、おかわりあるから」
「いや、セイギ」
「なんだよ」
「まず自分で毒見するべきだと思うんだけど」
「何ぃ? ――悪い、また脱線」
しかられた子犬のように、うなだれる。その横で、アキラが困惑したように頭を掻いていた。ついかわいいなあと思ってしまったが、アキラはともかく、おそらく年上で男であるセイギに対してかわいいは失礼かな、と少し反省する。
いつの間にか、自己嫌悪の混ざった焦りは消えていた。
「ええと…あの、ロクダイさん、は…?」
「あれ。ロクダイ?」
「俺が来たときはいたぜ?」
「うん。パイ切ってるときも」
二人で首を傾げて、そろって手を叩く。
「着替えに行ったのか」
「だね」
「どういうことですか?」
「ほら、あれ」
アキラが指差した方を振り返ると、白と黒の制服ではなく縦縞の着流しを着たロクダイが、店の扉を閉めるところだった。
「隣も、あたしたちが借りてるんだよ。そっちに着替えに行ってたんだ」
「じゃあ、俺もエプロン…」
「お前さんはまだ仕事中じゃろう」
「うわ、ずる」
「ずるいというのは、やるべき事をやらなかった場合じゃ。わしは、自分のやる事はやっておるよ」
「また、セイギの負けだね」
「ちぇっ」
セイギが背もたれに体を預けて天井を仰ぎ見て、ロクダイが椅子に座る。アキラは、それを楽しそうに見ていた。
いつも、こんな風なのだろうか。
三人のやり取りが心地いい。どういった関係にあるのか見当もつかないが、とても仲が良いということはわかる。いいなあと、ゆかりは思った。自分にも、こんな友達がいれば。
「それで、話はもうきいておるのか?」
「あ」
「まだだよ。ロクダイが来るの待ってたから」
「ほう、そうか」
笑みをやり取りする二人を、セイギが呆れたように見遣る。
「性格悪…」
「何か言った?」
「何か言ったかのう?」
小さな呟きにも拘わらず、二人はしっかりと聞いていた。笑っているのだが、何か言い知れぬ圧迫感がある。その為か、セイギは一生懸命に頭を振っている。
そして不意に、ゆかりの方を向いた。
「何も言ってないよな、えっと…」
「橘ゆかり、です」
「ゆかりちゃん。俺、何も言ってないよな?」
親しげに名前を呼ばれたのが恥ずかしくて、だが、声が必死なために、小さく頷いて、そのまま俯いた。
床は、土足で上がる割にはきれいだった。
「まあ、そういうことにしとこうか」
「話が進まんしのう」
「話を聞かせてもらえる?」
アキラの声の調子が、微妙に変わった。ゆっくりと顔を上げると、三人がゆかりを待っている。
本当は、何も言わなくても全て知っているのではないかと、不意に思った。少なくとも、ちゃんと話を聞いてくれそうだ。
「あなたが、ここに来た理由を」
アキラが促す。ゆかりは、それに無意識のうちに頷いていた。
ここに来た理由。
ここに来なければならなかった理由。
駅のホームに走り込んでくる電車が、頭をよぎる。
「私…」
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