回りくどい帰結

来条恵夢

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 手招きで呼び出され、階段を上って、屋上手前のスペースで三浦と向かい合う。既視感があると思えば、いつだったかに笹倉と話をした時と同じ状況だった。
 今回の相手の三浦の顔も、やや強張こわばっている。

「…こんな妙なことを相談していいものかとは思うんだが…」
「はい?」

 いやに言葉が重く、雪季セッキは首をかしげた。三浦らしくない。その上で何度か躊躇ためらった末に、携帯端末を操作して、雪季に画面を向けた。
 漫画やイラスト、小説の投稿サイトの一ぺーじだと気付き、更に、そこに表示されている投稿者名を見て雪季は言葉を見失った。
 以前、結愛ユアに貸すために借りた同人誌に印刷されていたのと同じ名前。つまりは、山本の筆名。

「…申し訳ないが、少し、読んでみてもらえるかな」

 端末を手渡され、三浦はどこまで知っているのだろうと考えながらどうにか文章を追う。
 表示されているのは、雪季がモデルのものではなく、その前に書いていたという三浦がモデルのものではないだろうか。思っていたよりも描写がしっかりとしているせいで、到底本人たちがやりそうにない言動でも、外見描写と相まってそれらしさがうかがえてしまっている。
 やや唐突に愛の告白が始まったあたりで、雪季は視線を三浦に戻した。まだ、何をどう言ったものかは思い浮かばない。
 疲れたようなよどんだ目で見返された。

「…読んだか?」
「好きだって言い出したところまで」
「それ…誰かを思い出さないか…?」

 アキラがモデルにされていることだけを気付いているのか、三浦自身もだと判っているのか、どちらともつかない訊かれ方に、雪季は頭を抱えたくなった。何故自分なのか。
 英は論外としても、まだ付き合いの長い四十万シジマに訊くという選択肢もあったはずなのに。それとも、他の頁には雪季がモデルのものもあって、当事者と判断されたのか。そもそも一体何故こんなサイトにたどり着いたのか。
 雪季はいつだったかに結愛との話の流れで見せてもらったことがあるから知っていたが、あまり漫画や小説を読まないはずの三浦がのぞきそうなサイトではないと思うのだが。

「…社長に似てますね」
「やっぱりそう思うか?」

 とりあえず無難に、英の方だけを口にしたらしっかりと食いついてきた。眉間のしわは一層深くなったが、どこかほっとした様子も見られるのは、自分だけの思い違いではなさそうだと思えたからだろうか。
 雪季は再度、小さな画面に視線を戻し、読むのを止めた先のあたりの文章でむず痒くなるような告白大会が始まっているのを拾い読み、視線を三浦に向けた。

「これ…全部読みました?」
「…一部流し読みだが」
「そもそもどうやって見つけたんですか?」
「妻が…似てないかって見せてきた…」

 絶望したように絞り出された言葉に、雪季は短く瞑目めいもくした。三浦の妻の趣味嗜好の元に発見されたのか全くの偶然だったのかは雪季の関わるところではないが、何も、突き付けなくても。
 いやまだ三浦の苦悩の元がどこなのかはわかっていない、と気付き、そっと目をらしていた雪季が三浦に視線を戻そうとしたところで――視界の隅に、山本の姿を発見した。向こうも雪季に気付いたようで、何か言おうとするように口を開きかけたように見えた。

「このひだまりカリナって、うちの関係者だと思うか?」

 山本の動きが止まった。
 雪季はそれを視界の隅にとどめながら、どうしたものかと思案する。
 まず、山本は雪季が知っていることを知らないだろう。そして三浦は、ひだまりカリナ当人である山本が随分とタイミングよく、あるいは悪く、居合わせてしまったことには気付いていないはずだ。
 そして何故雪季は、そんなところに居合わせてしまったのだろうか。

「…三浦さんは、何を心配されてるんですか?」
「今までに辞めていった人間の可能性もあるが、今いる社員だったとしたら、何か言えないような不満でも抱えてるのか?」
「…社長への嫌がらせだと?」
「あと…他にもいくつか書かれていて…秘書が出てくる」
「秘書ですか」

 つまり、雪季がモデルだという方にも目を通しているようだ。
 そこで自分もモデルだとは、気付いていないのか雪季に知らせることを優先したのか。とりあえず、山本の血の気が引いているのは視認できた。

「…ターゲットが俺かも知れないので、とりあえず話してくれたということですか?」
「少なくとも、掲載日を見れば雪季君が書いたわけがないのははっきりしているから。そもそも自分でこんなものを書くとも思えないが」
「…確かに違いますが、社長のこと自体は前から知っていたので、それだけでは根拠としては弱いのでは?」
「いや。さっき見せた分の描写が雪季君が入社する前の社内の感じに似てるんだ。多分、当時いた人間だろう」

 そう感じさせるという描写は、それはそれで凄い気がするのだが、当時を知らない雪季として判断のしようがない。「秘書」が出てきている分を読めばわかるかも知れないが、精神衛生上、読みたくはなかった。
 しかし、三浦はそれらが純粋に趣味で書かれているとは思っていないようだ。もしくは、そちらも視野に入れつつ、害の少ないそれよりも悪意がある場合を問題にしているのか。

「ただ、雪季君の前に辞めた子は、失礼ながらこれだけしっかりとした文章を書けるようには思えなくて。あと社長と中原にはあれだけの量を書く根気はない」
「…そうですね」

 なるほど、と納得するのはひどいような気もするが、英と中原に関して妙に説得力はある。
 そうなると残るのは葉月と笹倉、山本、四十万になり、それ以上絞れないというところで雪季に相談を持ち掛けたのだろうか。ただ雪季は正解を知ってしまっているのだが、どうしたものか。
 更に言えば、答えが階段の下で固まっている。

「…でも、嫌がらせにしては、掲載してからある程度時間がっているのに何も働きかけがないのはおかしくはありませんか? そもそも、嫌がらせだとしたら効果が薄すぎます」

 実際、知った英は黙認している。それどころか、下手をすれば応援メッセージでも送っていそうだ。

「そうなんだよなあ…あいつがこのくらいでショックを受けるとも思えないしなあ」

 今にも頭を抱えそうな調子で、三浦は大きくため息を落とした。
 むしろ、そういった意味合いでの被害者は三浦や雪季になるのだろう。作者にその意図がなくとも、気分のいいものではない。雪季はその「被害」を受けたくなくて読んでいないので、推測でしかないが。
 どうしたものかと雪季も悩みつつ、階下に視線を投げたら眼が合ってしまった。今度こそ山本の動きのすべてが止まったかのようで、雪季は、自分がメドゥーサにでもなったような気分になる。そっと、視線を三浦に戻す。

「三浦さんは、何かするつもりですか?」
「…ただの偶然というのもないわけではないだろうし、そもそもうちの社員がどういう意図でやっていたとしても、法的にどうにかできるかとなれば…」
「もしも社内の誰かだとして、知ったところでどうしようもないですかね、結局」
「そうなるかも知れないな」
「それなら、さぐっても意味がないのでは?」
「…雪季君、何か知ってるのか?」

 まあわかるだろうなあ、と、思いながらも、ここに至っても何をどうしたものかまだ判断がつかない。
 少し考えた末に階下に視線を動かすと、つられたように三浦もそれを追った。こちらを凝視したままの山本と顔を合わせることになる。

「っひぃっ」

 いやそんな化け物にでも遭遇したような。
 小さく、喉の奥でつぶれたような悲鳴を上げた山本の反応に、思い浮かべた言葉をすみやかに飲み込む。

「そろそろ仕事に戻った方がいいのかと」
「あ…ああ、そうか。山本さん、何か用事? 呼びに来てくれたのか?」
「っ、の、えっと、社長、が、雪季さん、探してて。階段登ってくの見かけた気がして呼びに」

 そういえば、飲み物を取りに席を立っただけだったので、携帯端末は置いて来てしまった。雪季と三浦はなんとなく顔を見合わせ、合わせたかのようにそろって短くため息を吐いた。

「とりあえず戻ろうか」

 いささか挙動不審な山本に気付いていないのかそういった状態が通常と思っているのか、三浦はすんなりと応じた。もしかしてこの人は案外鈍いのだろうか、と、雪季は失礼なことを思った。
 しかし結局、これはどうしたらいいのだろう、とため息を飲み込む。
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