回りくどい帰結

来条恵夢

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会合

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「本当に、今日はありがとうございます」

 深々と頭を下げる白旗シラハタに、アキラはにこやかなみを崩さないまま、顔を上げるよううながす。
 とりあえずこれで主題は終わったと、雪季セッキは一つ荷を下ろした気分になった。

 ざっくりと、働き出したらどういった能力が必要かや採用基準などを話してはいたが、どちらかといえば興味のある分野の知り合いの紹介が主になったので、これはこれで通常業務と変わらない。もしかして料金を払った方がいいのだろうかと、頼んだ雪季は考えてしまう。断られるだろうとの予想もあるが。
 それぞれの手元に置かれた飲み物は、ほぼ手を付けられずにただ冷めていった。
 雪季が英に、雪季が白旗の前で飲食をしない方がいい、手や衣類も後で洗うなり替えた方がいい、との忠告をしたためで、主賓が手を付けないのでは、白旗も手を付けにくかったのだろう。
 シャングリラのマスターには悪いし、まさかバイト先で何かすることもないだろうとは思うが、万が一ということがある。
 そもそも、英へのつなぎのために雪季に声をかけたという可能性も、なくはない。一応、葉月ハヅキから英への殺害依頼が出たという話は聞いていないが、完全に把握できるわけでもないだろう。

「色々と話しておいてなんだけど、無難に生活していきたいだけだっていうなら、公務員試験を受けたらいいんじゃないかと思うよ。学校の成績も悪くはないんだろう?」
「はい、一応それも考えてるんですけど…狭き門だっていうし、頼れる身内もないので、就職浪人は避けたくて」
「一人か。大変だね」
「正確には父はいるんですけど、二回くらい離婚してて経済的に難ありなのとそもそもあまり親子感情がなくて」
「へえ、いないより中途半端に厄介なやつだ」
「そうなんですよね」

 淡々と同じ方向で納得し合う二人に、雪季は思わず、冷えた紅茶のカップを手にした。一口含んでから、向けられた二対の視線に、冷えるままに放置していた経緯を思い出したが今更だ。
 雪季が無視を決め込むと、示し合わせたようにふいと視線が離れた。

河東カトウさんって、いじめられてた時期ありません? いじめっていうほどじゃなくても、学校とかの集団の中で半分くらい意識して放置されてた感じ」

 唐突な話題の転換に雪季は驚いたが、英の笑顔は崩れない。かくいう雪季も、おそらく表情には出ていないだろうとは思うが。

「あー、あるね」
「やっぱり。ちょっと突き放した感じの観察眼ってそこらへん由来じゃないですか? クラスの境界あたりって、色々見えるから」
「それがわかるってことは、君も同類ってわけだ」
「まあそれなりに」

 どういう会話だろう、と、成り行きで立ち会うことになってしまった雪季は途方に暮れる。意見を求められたりはしないが、やや居心地は悪い。
 雪季は、黙って紅茶をすする。

「組織の中に埋もれて生きていきたいっていうなら、その裏表のなさそうな率直さはやめた方がいい。友人を選ぶには便利かもしれないけど、そのままいくとかなり目立つ」
「薄々そんな気はしてましたけど、やっぱりそうですかー。でも、性格なんてそんなに簡単に変えられるものでもないしなあ。何かいい方法あります?」
「そこは頑張ってとしか言えないけど、そもそもそれ以前に、ちゃんと就職したいなら他にも縁を切らないといけないものがあるんじゃないか?」

 白旗の視線が、ほんの一瞬雪季をかすめた。だが、そこに特に何かが込められているようには思えなかった。ただの反射のようなものなのかもしれない。情報源はそこだろうかという、思考のままに。
 雪季は否定も肯定もせず、飲み干したカップをソーサーに戻した。
 室内の掛け時計は雪季の位置からは見えないので、腕時計に視線を向ける。三人で席に着いてから、三十分ほどが経っている。一応、昼休憩は一時間ということになっているので、食事時間の確保を理由に告げていた面談時間は過ぎたことになる。

「何のことですか?」
「まあ頑張って。雪季、時間?」
「…はい。それじゃあ、悪いけど俺たちはこれで。就職活動頑張って」

 さっさと立ち上がった英に続き、三人分の伝票を取って雪季も席を立つ。あ、と小さく声を上げた白旗は、英ではなく雪季を呼び止めた。

「あの。この状況で言うのは違うかなとも思うんですけど、でもこれをのがしたら機会がない気もして。中原さん、私とお付き合い――」
「ストップ」

 にこやかに、英が割って入る。
 てのひらひたいを軽く押された白旗は、前のめりになっていた体を少し押し戻された形になった。雪季の位置からでは、英は後ろ頭しか見えないがいつもの完璧な笑顔なのだろうか。
 白旗の顔は見えて、呆気に取られているのがわかる。

「雪季に告白するなら、色々と身辺整理してちゃんと就職できる見通しがついてからにしてくれる?」
「いくら社長さんだからって、河東さんにそこまで口出しする権利なんてないですよね?」
「君がただの可愛い無害な女子大生なら俺だっていくらなんでもこんな野暮なことはしない。部下としても友人としても、妙なことに巻き込まれるようなことになるのは困るんだ」

 色々と疑わしいな、と雪季は思ったが、白旗の方は素直に受け取ったらしい。しばらく考えるように黙り込んで、深々とため息をついた。

「確かに、今のままはちょっと物騒ですね」
「わかってくれた?」
「片を付けてから挑戦することにします。…ところでお二人、本当に付き合ってないんですよね?」

 英が吹き出し、雪季は額に手を当てた。
 多分ほとんど、面と向かって告白されたような気がするのに、全くもって嬉しくない。そのとどめにまたもや恋人疑惑を持ち出され、雪季は何とも言えない気分になった。
 立ったばかりの席が、英の母と向き合った場所だったことを思い出す。奥まった隅の席であまり目立たないための選択だが、今後、あまりこの席には座りたくないなと雪季は思う。ろくなことにならない気がする。

「それ訊いてさ、実は付き合ってるんだって言ったらどうするつもり?」
「ええー。やっぱり付き合ってるんですか?」
「そんなわけないだろ。お前も遊ぶな」

 邪魔な英を押し出して、そのままレジに向かおうとした雪季は、ふと思い立ってきびすを返した。残すと悪いと思ったのか、ようやく自分のカップに手を伸ばした白旗に向き直る。

「白旗さん」
「はい?」
「大変だとは思うけど、望む道を進めるよう願ってる。ただ…さっきのあれが勘違いでなければ、続きを聞いても希望には添えない」
「…告白すらさせてもらえないとか鬼ですか…」

 恨めし気に見上げられ、悪いとは思うが妙な期待をされても困る。

「理由、訊いたら教えてもらえますか? 単に私が物騒だからとか」
「いや。俺が色恋沙汰に浸る気になれないだけ」
「…枯れるには早すぎません?」

 笑っていいのかと迷うような中途半端な表情になってしまった白旗に、雪季は苦笑を返す。
 そもそも向いていないようだと、何度か短い出会いと別れを繰り返して学んだ。経歴に隠し立てをする必要のなかった明音アカネ相手でさえ、それほど長続きはしなかったのだから、そのあたりの問題ではないような気がした。
 白旗は、少し考えるように視線を泳がせ、こくりとうなづいた。

「わかりました。二年後くらいに、玉砕覚悟で当たって砕けることにします」
「…そこまで好かれた理由がわからない」
「多分そういうところだと思いますよ? 就職相談とかは、引き続きしてもいいですか? ここでのバイトも続けますし」

 どこか納得がいかないながらもうなずき、今度こそ背を向けると、英の呆れ返った眼差しにぶつかった。抗議のしようもない。
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