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来訪
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「うわー、見てみたかったなあその親子対決。スマホで中継して送ってくれたら良かったのに」
「えっ俺絶対ヤダ、葉月ちゃん心臓鋼すぎる。一対一で俺泣きそうだったんだけど。雪季君には悪いけど、俺じゃなくてほんっとよかった」
「…私も見てみたかった、撃退した時のやり取り。最後の方」
呑気な三人のやり取りに、雪季は力ない笑みを返した。特に最後の山本は、英と雪季をモデルに小説を書いているのは秘密ではなかったのか。漏れている。
総勢八人の「ツナグ」社員たちが思い思いに料理をつまむリビングで、雪季はすまし汁の鍋を火にかけていた。
料理はほとんど買ってきたか作り置きで、作ったのはこのすまし汁と鯵の混ぜご飯くらいのものだ。つまみの追加は必要になるかもしれないが、シャングリラのフルーツタルトも控えている。
明日は会社は休みで、珍しく三浦も含めて全員がこのまま泊まり込むので、いつも以上に空気が緩い。先程まで夏休みをいつにするかの話をしていたこともあって、すっかり休みモードだ。
「俺の家庭の事情が見世物扱いってひどくない?」
英が入れた茶々に、社員たちは目を見かわし、代表するように笹倉が口を開く。
「アキラ君はもう、存在そのものがショーアップされてる感じだし」
「…実は俺バカにされてる?」
「さあどうでしょう?」
「ちょっ…雪季、みんながひどい!」
「ごはんできたから取りに来てください」
「雪季もひどい!」
知るか、という言葉は飲み込み、カウンターに並べた八人分の茶碗と汁椀を示して見せる。
それぞれが素直に取りに来たのを確認して、料理の皿も人も溢れそうなローテーブルではなく三浦と英が占拠している机の方に、自分の分を持って移動する。
カウンターには、茶碗と汁椀が一つずつ残っていた。
「雪季、俺のは?」
「自分で取れ」
「えー」
無駄な駄々をきっぱりと無視して、箸を伸ばす。すまし汁は少し薄味のような気もするが、全体的に料理の味が濃いのでいいかと決め込む。
半分くらいは呑兵衛なので、この後再び飲み始めるだろう。その前に、茶碗が空になった頃を見計らって、先にケーキを出した方が良さそうだ。そうしないと、中原あたりが眠り込むだろう。
「雪季君」
「はい?」
「やっぱり、どこか店行った方が良かったんじゃないか?」
「いえ、酔いつぶれた後を考えたらこっちの方が断然楽です」
一度、この面子で外で飲んだことがある。
その日は三浦と笹倉は先に抜け、四十万がそれと入れ替わりのように後での合流。飲み慣れない山本が飲みすぎたのと中原が例によって眠気に襲われたせいで、運び出すにも一苦労だった。
英と葉月が笑うだけで手伝ってくれないものだから、四十万がいなければ女性の山本はともかく、中原はその辺に捨てて帰ったかもしれない。
雪季の断言に驚いたように目を見開いた三浦は、何故か呆れた眼差しを英に向けた。
「これが楽って。お前いつも、どれだけ迷惑かけてるんだ」
「えー? 別にフツーに共同生活してるだけですけど?」
「嘘だな」「嘘でしょ」「ダウト」
方々から上がる声に、英は不満げに一同を見回す。身をすくませたのは山本くらいで、酒が回っているらしい中原すら、へらりと笑い返している。
「社長が家事してるのなんて見たことないっす」
「泊まりに来ても、基本、せっくんしか動いてない。食器の片づけすらしてないやんシャチョー」
「その癖、あれ食べたいこれ食べたいとか注文つけてるし」
適材適所というものがあるので、生活費をすべて英が払って実務が雪季というのが一番問題のなさそうな配置なのだが、今それを口にすれば庇うみたいだなと食べることに専念する。雪季としては割と本心から、どうでもいい。
そうやって聞き流していたら、いつの間にか話題が変わっていた。戻っていた、というべきだろうか。
「へー、養子って年下じゃないとあかんのや」
「うん、一日でも年下じゃないと駄目みたい。だから、年が近いなら必然的に年上の方が親になるんだって。社長が子どもだったら、養子先の親も血がつながった親も遺産相続の対象だから意味なかったんじゃないかな」
「へええ」
「山本さん詳しいね」
中原の口調は感心したようなものだったが、山本は焦ったように、前に小説で読んで気になったからちょっと覚えててっ、と、口早に言い訳めいたことを口にする。中原は、それにも感心したような声を返した。法律の専門はこちらの方のはずだが、分野が違うのだろうか。
もしかして同じ小説を読んだかな、と雪季はぼんやりと以前読んだ本を思い出す。法律ネタを核にした、変わり種の推理短編だったのだが。
「雪季君、もし勝手に養子縁組されたりしたら相談に乗るから」
不意の呼びかけに、少し驚いて意味もなく瞬きを繰り返す。
「…できるんですか、それ」
「勝手に婚姻届けを出された、よりはないだろうとは思うけど、相手が相手だし絶対にないとは言い切れない」
「その時は、頑張って完全犯罪起こして遺産総取りした方が得のような気がします」
「それはそれで協力しよう」
「堂々と本人目の前に犯罪協定結ぶのやめてくれる?」
作り置きだったレンコンのきんぴらをつついていた英が、雪季と三浦をじとりと睨んでくる。
ローテーブルでも、更に遺産相続の話が続いているようだった。物騒なようだが、こうなってはただの与太話だ。英の深刻なはずの家庭事情も、笑い飛ばすように流される。
本人が、あっけらかんと話したところも大きいだろう。
多少巻き込んだとはいえ顛末も含め話す必要はなかっただろうが、英にしてみれば、逆に、隠す必要もなかったのかもしれない。また来るかもしれないから、ということで話しておいた方が色々とスムーズだと思ったのだろうか。
「それ、つついてないで食べるならとっとと食べろ」
「はーい」
不満げに、それでも箸を口に運ぶ。すまし汁は飲み干しているがご飯はほぼ手付かずだ。
「…うちの息子の食事風景を見てるようだ」
「…三浦さんの息子さんって」
「この間五歳になった」
「五歳児」
なるほどと、三浦と頷き合う。実際にそうなら、まだいろいろと許せる気がするのだが。
「いやちょっと待て?」
「そろそろケーキ食べますか?」
英以外の茶碗が大体空になっているのを確認して、フルーツタルトを取りに、雪季は腰を上げた。
「えっ俺絶対ヤダ、葉月ちゃん心臓鋼すぎる。一対一で俺泣きそうだったんだけど。雪季君には悪いけど、俺じゃなくてほんっとよかった」
「…私も見てみたかった、撃退した時のやり取り。最後の方」
呑気な三人のやり取りに、雪季は力ない笑みを返した。特に最後の山本は、英と雪季をモデルに小説を書いているのは秘密ではなかったのか。漏れている。
総勢八人の「ツナグ」社員たちが思い思いに料理をつまむリビングで、雪季はすまし汁の鍋を火にかけていた。
料理はほとんど買ってきたか作り置きで、作ったのはこのすまし汁と鯵の混ぜご飯くらいのものだ。つまみの追加は必要になるかもしれないが、シャングリラのフルーツタルトも控えている。
明日は会社は休みで、珍しく三浦も含めて全員がこのまま泊まり込むので、いつも以上に空気が緩い。先程まで夏休みをいつにするかの話をしていたこともあって、すっかり休みモードだ。
「俺の家庭の事情が見世物扱いってひどくない?」
英が入れた茶々に、社員たちは目を見かわし、代表するように笹倉が口を開く。
「アキラ君はもう、存在そのものがショーアップされてる感じだし」
「…実は俺バカにされてる?」
「さあどうでしょう?」
「ちょっ…雪季、みんながひどい!」
「ごはんできたから取りに来てください」
「雪季もひどい!」
知るか、という言葉は飲み込み、カウンターに並べた八人分の茶碗と汁椀を示して見せる。
それぞれが素直に取りに来たのを確認して、料理の皿も人も溢れそうなローテーブルではなく三浦と英が占拠している机の方に、自分の分を持って移動する。
カウンターには、茶碗と汁椀が一つずつ残っていた。
「雪季、俺のは?」
「自分で取れ」
「えー」
無駄な駄々をきっぱりと無視して、箸を伸ばす。すまし汁は少し薄味のような気もするが、全体的に料理の味が濃いのでいいかと決め込む。
半分くらいは呑兵衛なので、この後再び飲み始めるだろう。その前に、茶碗が空になった頃を見計らって、先にケーキを出した方が良さそうだ。そうしないと、中原あたりが眠り込むだろう。
「雪季君」
「はい?」
「やっぱり、どこか店行った方が良かったんじゃないか?」
「いえ、酔いつぶれた後を考えたらこっちの方が断然楽です」
一度、この面子で外で飲んだことがある。
その日は三浦と笹倉は先に抜け、四十万がそれと入れ替わりのように後での合流。飲み慣れない山本が飲みすぎたのと中原が例によって眠気に襲われたせいで、運び出すにも一苦労だった。
英と葉月が笑うだけで手伝ってくれないものだから、四十万がいなければ女性の山本はともかく、中原はその辺に捨てて帰ったかもしれない。
雪季の断言に驚いたように目を見開いた三浦は、何故か呆れた眼差しを英に向けた。
「これが楽って。お前いつも、どれだけ迷惑かけてるんだ」
「えー? 別にフツーに共同生活してるだけですけど?」
「嘘だな」「嘘でしょ」「ダウト」
方々から上がる声に、英は不満げに一同を見回す。身をすくませたのは山本くらいで、酒が回っているらしい中原すら、へらりと笑い返している。
「社長が家事してるのなんて見たことないっす」
「泊まりに来ても、基本、せっくんしか動いてない。食器の片づけすらしてないやんシャチョー」
「その癖、あれ食べたいこれ食べたいとか注文つけてるし」
適材適所というものがあるので、生活費をすべて英が払って実務が雪季というのが一番問題のなさそうな配置なのだが、今それを口にすれば庇うみたいだなと食べることに専念する。雪季としては割と本心から、どうでもいい。
そうやって聞き流していたら、いつの間にか話題が変わっていた。戻っていた、というべきだろうか。
「へー、養子って年下じゃないとあかんのや」
「うん、一日でも年下じゃないと駄目みたい。だから、年が近いなら必然的に年上の方が親になるんだって。社長が子どもだったら、養子先の親も血がつながった親も遺産相続の対象だから意味なかったんじゃないかな」
「へええ」
「山本さん詳しいね」
中原の口調は感心したようなものだったが、山本は焦ったように、前に小説で読んで気になったからちょっと覚えててっ、と、口早に言い訳めいたことを口にする。中原は、それにも感心したような声を返した。法律の専門はこちらの方のはずだが、分野が違うのだろうか。
もしかして同じ小説を読んだかな、と雪季はぼんやりと以前読んだ本を思い出す。法律ネタを核にした、変わり種の推理短編だったのだが。
「雪季君、もし勝手に養子縁組されたりしたら相談に乗るから」
不意の呼びかけに、少し驚いて意味もなく瞬きを繰り返す。
「…できるんですか、それ」
「勝手に婚姻届けを出された、よりはないだろうとは思うけど、相手が相手だし絶対にないとは言い切れない」
「その時は、頑張って完全犯罪起こして遺産総取りした方が得のような気がします」
「それはそれで協力しよう」
「堂々と本人目の前に犯罪協定結ぶのやめてくれる?」
作り置きだったレンコンのきんぴらをつついていた英が、雪季と三浦をじとりと睨んでくる。
ローテーブルでも、更に遺産相続の話が続いているようだった。物騒なようだが、こうなってはただの与太話だ。英の深刻なはずの家庭事情も、笑い飛ばすように流される。
本人が、あっけらかんと話したところも大きいだろう。
多少巻き込んだとはいえ顛末も含め話す必要はなかっただろうが、英にしてみれば、逆に、隠す必要もなかったのかもしれない。また来るかもしれないから、ということで話しておいた方が色々とスムーズだと思ったのだろうか。
「それ、つついてないで食べるならとっとと食べろ」
「はーい」
不満げに、それでも箸を口に運ぶ。すまし汁は飲み干しているがご飯はほぼ手付かずだ。
「…うちの息子の食事風景を見てるようだ」
「…三浦さんの息子さんって」
「この間五歳になった」
「五歳児」
なるほどと、三浦と頷き合う。実際にそうなら、まだいろいろと許せる気がするのだが。
「いやちょっと待て?」
「そろそろケーキ食べますか?」
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