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来訪
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大きな丸ごとのカボチャを、次々に解体していく。
みそ汁と煮物用には2~3センチ角に、てんぷら用は薄切りとかき揚げ用の千切り。生のカボチャは固いが、コツさえつかめば多少の腕力は要るとしても切り分けるのはそれほど大変ではない。緑色とオレンジ色の対比がきれいだ。
隣からは、里芋の煮っころがしのいい匂いがしている。
「二人ほど、会ってやってくれるか」
「近々ですか? もうその辺で待ってたりします?」
「…悪かったな、あれは」
「手間は省けたのでたまにならいいです」
淡々と作業をこなしながら横に並んでの会話が、また戻ってくるとは思わなかった。
一応「取引先」だからととりあえずの敬語を使うくらいなら、店の仕込みも手伝わなくていいのにと思いながらも、つい手を出してしまう煮え切らなさに雪季は胸の内でだけ苦笑を落とす。
結局のところ、この時間が居心地がいいのだろうと、思う。
互いに口下手で、他愛ない会話はそれほど交わした覚えはないが、仕事の話ならいくらでも進む。
「ミナミさんの就職先、決まりました」
「そうか、良かった」
ミナミは通り名の一部で、どこにといった具体的なことは口にしない。秦野は、ただ仲介するだけだ。
当初は厄介さしか感じなかった闇稼業からのリクルートは、案外軌道に乗っている。
秦野が仲介するのが、殺人家業だけではないがきっちりと表舞台と隔てた世界で生きている上で社会性を失っていない人物ばかりだから、という部分は大きいだろう。
ほとんどのやり取りは葉月の作ったアプリで済んでしまうが、時折こうやって顔を見て話しに来るのは、英の方針――に、名を借りたただの未練なのだろう。
「おかず」
「…はい?」
「何か持っていくか。昼時だろう」
店内の掛け時計を見ると、丁度十二時を指している。英がついて来ないように来客中を狙って出てきたのだが、そろそろ終わっている頃合いだ。話が弾めば、商談相手を伴って昼食に出ているかもしれない。
他の面子の今日の予定を思い出す。
四十万は三浦と一緒に出ていて、山本は大体手作り弁当持参で、葉月と笹倉は適当に買いに出る。中原や英は日によってばらばらだ。雪季は英に合わせる。
携帯端末を取ってメッセージをやり取りする。
「もらいます」
ふっと、笑ったようだった。
見間違いかと思うようなほんの一瞬で、使い捨ての容器に雪季も手伝ったおかずを何種類か詰める横顔には名残すら窺えなかった。
礼を言って、一人分には明らかに多い容器を受け取って、店を出ようと足を向けてふと思い出す。
「白雪って知ってる?」
「…どこで聞いた」
刺すような眼差しを受け流す。秦野も、本当に聞きたいと思っているわけではないだろう。単に、知っているということの肯定だ。
回りくどさが懐かしくて、知らずに口元が笑みを形作る。
「あなたに関わりは?」
「ない。…今のところは」
「気を付けるようなことは?」
静かに、首を振る。緩やかな否定。
それではまだ、秦野にも正体はつかめていないのだろうか。あるいは、わかってはいるが意図がつかめないのか。全くの無関係であれば、きっぱりと否定してのけるだろう。
雪季も無言でうなずきを落とす。
「――また来ます」
それでは、と軽く頭を下げて何度となく潜った扉を開けた。
みそ汁と煮物用には2~3センチ角に、てんぷら用は薄切りとかき揚げ用の千切り。生のカボチャは固いが、コツさえつかめば多少の腕力は要るとしても切り分けるのはそれほど大変ではない。緑色とオレンジ色の対比がきれいだ。
隣からは、里芋の煮っころがしのいい匂いがしている。
「二人ほど、会ってやってくれるか」
「近々ですか? もうその辺で待ってたりします?」
「…悪かったな、あれは」
「手間は省けたのでたまにならいいです」
淡々と作業をこなしながら横に並んでの会話が、また戻ってくるとは思わなかった。
一応「取引先」だからととりあえずの敬語を使うくらいなら、店の仕込みも手伝わなくていいのにと思いながらも、つい手を出してしまう煮え切らなさに雪季は胸の内でだけ苦笑を落とす。
結局のところ、この時間が居心地がいいのだろうと、思う。
互いに口下手で、他愛ない会話はそれほど交わした覚えはないが、仕事の話ならいくらでも進む。
「ミナミさんの就職先、決まりました」
「そうか、良かった」
ミナミは通り名の一部で、どこにといった具体的なことは口にしない。秦野は、ただ仲介するだけだ。
当初は厄介さしか感じなかった闇稼業からのリクルートは、案外軌道に乗っている。
秦野が仲介するのが、殺人家業だけではないがきっちりと表舞台と隔てた世界で生きている上で社会性を失っていない人物ばかりだから、という部分は大きいだろう。
ほとんどのやり取りは葉月の作ったアプリで済んでしまうが、時折こうやって顔を見て話しに来るのは、英の方針――に、名を借りたただの未練なのだろう。
「おかず」
「…はい?」
「何か持っていくか。昼時だろう」
店内の掛け時計を見ると、丁度十二時を指している。英がついて来ないように来客中を狙って出てきたのだが、そろそろ終わっている頃合いだ。話が弾めば、商談相手を伴って昼食に出ているかもしれない。
他の面子の今日の予定を思い出す。
四十万は三浦と一緒に出ていて、山本は大体手作り弁当持参で、葉月と笹倉は適当に買いに出る。中原や英は日によってばらばらだ。雪季は英に合わせる。
携帯端末を取ってメッセージをやり取りする。
「もらいます」
ふっと、笑ったようだった。
見間違いかと思うようなほんの一瞬で、使い捨ての容器に雪季も手伝ったおかずを何種類か詰める横顔には名残すら窺えなかった。
礼を言って、一人分には明らかに多い容器を受け取って、店を出ようと足を向けてふと思い出す。
「白雪って知ってる?」
「…どこで聞いた」
刺すような眼差しを受け流す。秦野も、本当に聞きたいと思っているわけではないだろう。単に、知っているということの肯定だ。
回りくどさが懐かしくて、知らずに口元が笑みを形作る。
「あなたに関わりは?」
「ない。…今のところは」
「気を付けるようなことは?」
静かに、首を振る。緩やかな否定。
それではまだ、秦野にも正体はつかめていないのだろうか。あるいは、わかってはいるが意図がつかめないのか。全くの無関係であれば、きっぱりと否定してのけるだろう。
雪季も無言でうなずきを落とす。
「――また来ます」
それでは、と軽く頭を下げて何度となく潜った扉を開けた。
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