回りくどい帰結

来条恵夢

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同窓会

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 さざめく会話は、いくつかアキラのお供で参加したパーティーよりも遠慮がない。同年代どころか同学年、一時同じ教室や校舎に閉じ込められていたという気安さゆえのものだろう。
 そもそも、貸切ってはいるがありふれた居酒屋だ。
 学年全体の同窓会というからホテルの会場でも借りるのかと思えば、参加者の一人が働いているとかで融通がいたというのが一番の理由らしい。学年の約半分という参加率が、高いのか低いのか雪季セッキにはよくわからない。
 流れてくる会話や挙措、服装などで半ば無意識に生活ぶりや性格などをはかっていることに気付いて、雪季は、心の内で軽く頭を振った。必要もないのに、習い性のようになってしまっている。

「どうだ?」
「…来るな、視線が集まる」
「忍者かよ」

 面白がるような英の言葉を聞き流し、他の人には見えにくいだろう低い位置であっちへ行けと手を払う。
 誇張ではなく、英が近付くとついでに雪季にも注意が向くので、心底離れていてほしい。高校生当時も今も、変わらず人目を集めてそれを当然のように思っているだろう英と違って、差し迫った後ろ暗さのない現在であっても、雪季はどちらかといえばひっそりと記憶に残らずにいたい。

 そもそも、勝手に出席にされた高校の同窓会に、出るつもりはなかった。
 単に言い忘れていたのか、当日騙し討ちで連れて行くつもりだったのか、何にしても先に知っていた雪季に、英はいくらか不満げな反応をした。篠原シノハラからもたらされた情報と知ると、わかりやすく不機嫌になった。
 が、不機嫌になったのは雪季も同じだ。勝手に人の行動を決めるなと言いたい。実際に言った。

『えーいいだろ、たまにはさ』
『断る』
『俺の護衛なのに、放棄する気か?』
『プライベートでは別行動でもいいと言われていたはずだが』
『…雪季の大切なあの子も、参加するみたいだけど?』

 だから何だと睨みつけても、英はにこやかな笑みを浮かべる。

『ああいう浮世離れして幼い感じに可愛い子、好きな奴ってそこそこいるよな。ちゃんとお付き合いするかはともかく、少し遊ぶくらいなら。あっさりお持ち帰りされちゃったり?』
『…いい年した大人だぞ』
『飲み放題だし、お酒強いならまあ大丈夫かもだけど』
『………行く』

 確認すると案の定、結愛ユアは大乗り気で参加の予定を入れていた。保護者のつもりはないが、危なっかしさを考えると、知ってしまったからには放っても置けない気分になる。

『何かあれば、真柴マシバの方を優先するからな』
『はいはい。俺は、あの子の安全が確保されて雪季が戻ってきてくれるまで頑張ってればいいと』
『…どんな状況を想定してるんだ』
『そっちこそ』

 たかだか、卒業から十年もっていない高校の同窓会で大げさな、とは思うが、二十代も後半の入り口という微妙な年齢ということもあってか、昔を懐かしむというよりも大がかりな合コン会場のようになっているので「お持ち帰り」話はあながち考えすぎでもなさそうだ。
 会場に入ってからというもの、四方八方から声を掛けられ飽きもせずに笑顔を崩さずにいる英は、泡の消えたビールのジョッキを飲み干し、抑えた声でささやきかける。

「席移らなくていいのか。あの子の隣に座ってる奴、この間入籍したばっかりだぞ」
「…既婚者なら妙な心配はしなくていいんじゃないのか」
「相手妊娠させてなし崩しの入籍で、しかも指輪めてなかったけど」
「…助かった」
「どういたしまして」

 どう考えても内輪のその話をよく仕入れたものだと思うが、ありがたい。にっこりと完璧を装われた笑顔に、短く礼をげて席を立つ。
 結愛の居場所は、それとなく気にはしていた。親しい友人は来ていないのか、特定の誰かと一緒にいるわけではなく、むしろ、なるべく多くの人と話そうとしているように見えた。人見知りの性分を考えると珍しいが、取材をねていると考えると納得の行動だ。帰宅するころには疲れ果てているだろう。
 今は、隅の席でやや濃いめの風貌の男と肩を並べる格好だ。結愛の向かいが空いているので、そこに腰を落とす。

「あーユキちゃんだー」

 ゆるんだ声に、隣に陣取っていた男が雪季に視線を向け、途端に敵意めいたものがはしる。雪季は、驚いたことを顔に出さないようにするためにほぼ無表情になってしまった。
 結愛は恐らくは気付かず、無防備な笑顔を全開にする。

「エビトーストおいしいよー」
「…真柴、何飲んでる、それ」
「オレンジジュース」

 ダウト、と胸の内で声が落ちる。いくら多くの親しくない人と喋ってハイテンションになっているからといって、たかがオレンジジュースでこうはならないだろう。睨み付けるように男を見ると、舌打ちをしそうな顔つきで席を立って行った。
 結愛は気付いていないのか、にこにこと笑っている。
 雪季は今し方まで男が座っていた場所へと移動して、結愛からほとんど空になったグラスを取り上げるとタッチパネルで水とオレンジジュースを二つ注文した。

「どうしたのユキちゃん?」
「あんまり喋らない方がいいぞ、酔っ払い」
「えー? お酒なんて飲んでないよー」
「多分これ、スクリュードライバー。立派なカクテル」
「…え。嘘。間違えた?」

 意外にもすみやかに届けられたドリンクの水とジュースをそれぞれ結愛の前に置き、男が置いて行ったグラスをにらみつける。グラスの縁に櫛切りのオレンジが飾られているが、おそらくはこちらがオレンジジュースだろう。あるいは、両方ともスクリュードライバーなのかもしれないが。
 純粋に店側の間違いという可能性もなくはないが、間違いをけるために、オレンジジュースにはストロー、スクリュードライバーにはオレンジと違いをつけているのだろう。注文用のタッチパネルの履歴からすると、口頭の注文での間違いということもなさそうだった。
 それでもうっかりミスは発生するものではあるが、この場合、くだんの男が小細工をほどこしたという方がありそうだ。問題は、それを結愛に告げるべきかどうかだが。

「…これ一杯だけか?」
「えーと…ここに座って、そっちに西田君が座ってて、その間に三杯くらいは飲んだ…かな…?」
「ピッチ早いな」
「だってここ冷房弱めだしお料理味濃いしで喉乾いて。えー…いつから?」
「さあ」

 まずは水に口をつけ、オレンジジュースのグラスを傾けた結愛は、ややしてテーブルに突っ伏した。ちゃんと、料理の皿は避けている。

「ほんとだー結構味違うー。道理でなんかふわふわすると思ったー」

 アルコールを飲み慣れていないならすぐにわかりそうなもの、と思うのは案外逆で、カクテルは特に、ものによっては飲み慣れていないと気付かずジュースのように飲み干してしまう人も少なくはない。
 こういった居酒屋の飲み放題はそれほど強くはないはずだが、アルコールに弱い人間が三杯も立て続けに飲み干していれば、簡単に酔っぱらうだろう。
 ううう、とわかりやすく嘆く結愛は、顔だけ上げて、何故か恨めし気に雪季を見た。

「なんでユキちゃん一目でわかったのー」
「…名前」
「…あー。そっかー、中原君」

 中学生のあの日から親交のある二人ではあるが、周囲から勘違いされるのも変に注目されるのもわずらわしく、というのは半ば建前ではあったが、あまり人目のあるところで話をすることはなく、たとえ機会があっても律義に苗字で呼び合った。
 高校を卒業してからはほとんど結愛の家でしか会うことがなかったために忘れかけていたが、はじめは英の前でも、取り繕おうとしていた。

「ごめん」
「いや、今更噂も何もないだろうし、この中に真柴が好きな奴がいて勘違いされたら困るっていうなら別だが、気にしなくても。あの頃ですら、勘違いしてる奴はいるにはいたし」
「だよねーみんなどこで見てたんだろ。隠蔽完璧!とか思ってたのに、そんなことなかったって知ったときのあのがっかり感」

 気にするところが違う気がするが、雪季は言わずにおいた。どこの三流スパイだ。

「むしろ、今まで余計な手間かけさせたな」
「…全然。あれはあれで楽しかったよ。みんなには内緒の秘密基地持ってるんだぞ実は、って感じで」
「なんだそれ」

 どこか得意げな様子につい笑って、オレンジジュースのグラスに口をつけた。
 電車の方が便は良かったが、念のためと車で来たために飲めない。英がこの後どうするつもりかは知らないが、この調子では、結愛は送って行った方がよさそうだ。
 突然、しっかりと体を起こしたかと思うと、水を一度に飲み干そうとしてむせて、ひとしきりせき込んでから、結愛は長々とため息を落とした。顔を上げる。

「ユキちゃん、ありがとう」
「ん?」
「西田君。さっきの。あれ、私飲まされてたってことだよね。間違えてたとかじゃなくて。話してても、なんか近いなとか隅に追いやられてるような気がするけど気のせいだよねって思ってたんだけど」
「…多分、としか言いようがないが」

 はあ、とまたもや盛大に息を吐き、結愛は空になったグラスのふちを指でなぞり始めた。

「漫画ではよく見るけどさーデートドラッグとかも。えんがないと思ってた。…っていうかよくよく考えたら、同窓会でそういうことする?! いやそのへんの居酒屋とか飲み会とか合コンとかならやっていいってわけじゃないけどね!?」
「高校の同級生だからって、その後のつながりなんてほとんどないだろ。親しい個人での連絡なら、いくらでも取る方法はあるし」
「そうだけどさー。私は酔っ払うくらいだけど、ほんとにアルコール駄目な人とかにやったら、下手したら殺しかねないんだよ。アルコール分解能力ない人にとっては毒なんだから。…ほんと、ユキちゃんいてくれてよかった。私別に、そういうのとか、知らないわけじゃないよ。知識だけで言ったら、汚いことも酷いことも、同年代の人よりたくさん知ってるかもしれない。でも全部、ただ知ってるだけなんだよね。あんまり身近にある気がしないって言うか危機感がないっていうだけなのかも知れないけど、なかなか気づけなくて。あっそうだね私も対象だったね、みたいな。痴漢にあったこともあるけど、はじめのときは全然わからなくて、気のせいかなってとりあえず移動して、しばらくしてから、あれもしかして、ってなったんだよね。遅くて」
「痴漢」
「…えーと、ずいぶんと前のことだよ? 最近なんてそもそもあんまり外出てないし。ええとあの…ユキちゃん、なんか目が怖い…ストーカーの相手してくれた時みたいになんか目がわってない…?」
「…気のせいだろ」 

 言いつつ、そっと目をらす。いくらか、過保護な自覚はある。

「…礼を言うなら」
「うん?」
「教えてくれたのは河東カトウだ」
「えっ? 全然喋ってないっていうか目も合ってないのに、どうして飲み物すり替えられてるって知ってたの?」

 驚いたのか、まばたきが増える。
 そこじゃない、と言いかけて、確かに何を教えてもらったかは言わなかったと気付く。そうやって短く考え込んでいるうちに、結愛の方が先に答えにたどりついた。
 結愛は、現実は情報量が多い上に散らばっていて、小説や漫画のようにすんなりとほしいものを読み取れないと言う。おまけに、関係のないものもたっぷりと含んでいるので、いよいよ必要な読解にたどり着くまでに時間がかかる。それを素早くやってのける人って凄いよね、と、完全に自分を除外しきってぼやくのだった。

「西田君って、結構問題児だった? あ、問題児って歳でもないか。要注意人物?」
「…みたいだな」 
「高校生の時は、さわやかスポーツマンって感じだったのにね。部活一筋で」
「よく覚えてるな」
「テニス部で、結構成績も良かったはずだよ。いろいろと参考にさせてもらったんだけどなー。人って変わるね。あーでも、知らなかっただけかなあ。噂にでもならなかったら、女の子とっかえひっかえとかってわからないし」

 いやにしみじみとした響きでろくでもないことをあっさりと言ってのける結愛に少し笑ってしまって、雪季は、誤魔化すようにグラスを傾けた。
 結局のところ、結愛以外とは旧交を温めることもなく雪季の初の同窓会の参加は終了した。
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