回りくどい帰結

来条恵夢

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結婚式

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 どさくさまぎれに雪季セッキが運転席に乗り込み、明音アカネは素早く距離を取って人ごみに紛れて行った。
 バックミラーでそれを確認して、雪季は、後部座席に半ば蹴り込んだアキラに声をかける。その間に、できる限りの速度でコインパーキングを抜け出す。

「吐くなよ」
「そこまで飲んでない。って言うか心配そこ?」
「電話。アキか葉月ハヅキさんからだったら出て」

 私用の携帯端末を投げて、渋滞に巻き込まれないよう速度を落とさないよう道を選ぶ。
 からんできた男たちに他に仲間がいないとは限らないし、近くに警官でも居れば厄介なことになりそうだから、極力早く離れたい。ただ、このまま真っ直ぐに家や会社には戻れないだろうから、どこへ向かうべきか。
 考えているうちに、明音の明るい声が響いた。スピーカーに切り替えたようだ。

『セツ君?』
「はずれ、雪季は運転中。聞こえてるからそのまま話して?」
『あー、河東カトウさん? ご飯おごってもらったお礼に、特別サービスで教えてあげますね! さっき喧嘩吹っ掛けて来たの、はじめっから河東さんを狙ってのものです』
「殺害依頼が出たのは聞いてる。どこの誰かは話せるか?」

 さすがに声を拾い切れなかったようで、英が中継する。
 その後で、それ俺聞いてないけど、と不満げに付け加えられたので、携帯端末確認しろと呆れ気味に投げつける。葉月からのメールは一斉送信で、英にも行っているはずだった。どうせ、見ていないだけだろう。
 実際、喧嘩というような穏やかなものではなかった。ナイフを腰めに構え、明らかに殺すつもりだった。
 それを雪季が蹴り落とすと、数人が囲むように距離を詰めて来たので、即座に遁走とんそうした。どれも、動きからナイフやそれに近い何かを持っている気配が見て取れたためだ。
 街中で派手なことをする、と、呆れる思いと厭な予感とが同居する。

『ラッツです』

 厭な予感が当たったようで、嬉しくない思いを抱く。

「ネズミ?」
『はいまあ。所謂いわゆる半グレ集団みたいな感じの、鉄砲玉の集まりと言いますか。上の方の一握ひとにぎりだけが依頼を把握していて、下は何も知らされずに行動だけ指示されていくらでも替わりがいる感じの』
提示金額ランクは判るか?」
『それねー。河東さん、どこで特大の恨み買ったんですか? ランクA。ちょっとやそっとじゃ諦めないんじゃないかなあ。がんばってー』
「…今あそこのトップって誰だ」
『え。まさか潰す気? 本気? それとも交渉? どっちも難しいと思うけどなー。ていうかセツ君ってただの河東さんの友達や部下じゃないよね?』

 さすがに、これ以上は有料のようだ。どうせ調べればすぐに見当はつくだろうが、話したものかと少し考える。明音に話せば、それがどんな情報であれ、何かの折に売られる可能性が高い。推測であれば、迂闊うかつには話さないだろうが。
 バックミラー越しに、英と眼が合った。この状況なのに楽しんでいる気配がある。

「社長秘書。社長がいないと話にならないだろ」
『ふーん?』

 間に英の中継が入るせいで、建前がむず痒い。バックミラーに視線をはしらせると、にやにやと笑っている。
 ざっと周囲を確認して、一旦車を路肩に止めた。携帯端末を英から奪い取り、スピーカー機能を切ろうとして英が音を拾うためか後部座席から身を乗り出すのに気付いて、溜息を呑み込んでそのまま話し出す。

「今河東が消えたら、そっちにも害が及ぶと思うが」
『…ん? どゆこと?』
間宮マミヤの家の遺産争い、今のところ河東が筆頭候補と目されてるんだろ。だから、妨害も河東に集中してる」

 商売事で足を引っ張るには力が足りず、それならと金を積んでの暗殺依頼というのもどうかと思うが、そんな手に出てしまうほどに、間宮翁の遺産とやらは莫大だ。もしも丸ごと受け継げるなら、人ひとりの人生くらい、軽く狂うくらいには。
 高校の同級生でしかなかった雪季が英と再び接点を持ったのも、そんな馬鹿げた騒ぎの最中さなかのこと。

「河東が脱落すれば、有力な二番手の候補はない。足の引っ張り合いもばらけて、誰にどんな流れ弾が当たるか分かったものじゃない」
『脅し? セツ君ってそんな卑怯な手を使うような人だった?』
「事実を言ってるだけだ」

 博人ヒロトを最有力候補と見ているのが英だけなのかも、実は怪しいと雪季は考えている。密かに危機感を募らせている関係者がいてもおかしくない。その意味では、これは親切な忠告と言っていいほどだ。

「そういう意味で、今手を貸すのもアキの利益になるんじゃないか?」
『…セツ君、友達は選んだ方がいいよ。性格悪くなった』
「えー雪季って別にそもそも性格良くはない気が」
「うるさい。…出入口が複数あってそこそこセキュリティ甘いビジネスホテルか何か探しといてくれ」
「あー…りょーかい」

 珍しく大人しく引き下がったので、雪季も、座席に座り直してスピーカーを解除する。

『上司に命令する部下とか』
「…命令じゃない」
『はいはい。えーっと、ラッツのリーダーね。プロフィール一通りメッセージ入れとく。いつも通り、読んだら消えるからしからず』

 メッセージの自動消去はいくつかアプリがあるようだが、明音はそれらが出はじめたかなり初期から使いこなしている。葉月といい、情報集めと隠匿はもはや彼女らの本能に近いのかも知れない。
 どちらかと言えば諸々にうとい雪季は、感心すればいいのか呆れればいいのかもよくわからない。

『あとさ。これ、余計なお世話だとは思うけど、ほんと、友達は選んだ方がいいよー?』
「肝に銘じておく」
『…その人、ブレーキないでしょ。セツ君だって壊れてるようなものなんだから、気をつけてね』

 最後にささやくような言葉を残して、明音との通話は切れた。今日のやり取りだけでなく、それなりに調査は進めていての感触だろう。なるほどそういう表現もあるのかと、雪季は感心する。
 さて、と顔を上げると、英が携帯端末の画面を向けて来た。

「ここは? そこそこ郊外で出入口複数」
「…ラブホテルか」
「引き寄せてとっ捕まえるとかだろ? ビジホよりこっちのが手っ取り早い」
「そうだな」

 ちゃんと雪季の意図を正確に把握している。どこか楽しげではあるが揶揄からかうような様子もなく、そこに違和感を感じるのは雪季が毒されているのだろう。つい、溜息がこぼれる。
 ただ。

「仮にも社長がそんな安い所使うか? 罠だと警戒されると面倒だぞ」
「えーでも俺実際、こういうとこも使うけど。チープさが面白くて」

 無言で眉間を揉んだ雪季は、罠だと警戒されなければ自分は英のそういう相手だと勘違いされることになるのかと気付き、深々とため息をついた。見知らぬ通りすがりの誰かにどう思われたところで構わないが、嬉しい誤解ではない。
 そこでふと思い出す。

「河東。お前この頃、別れ話が面倒になったら俺のこと持ち出してるだろ」
「…んー? 何のこと?」
「別れろ、って直接言いに来た勇気ある人がいてな」
「えー…と。何か勘違いしたんじゃないか?」
「妙なことに巻き込むな。下手なプロより素人の方が怖いんだからな」

 ベッテルの車の事件も、最近と言えば最近のことだ。あの時も雪季の名を利用したのかまでは知らないし、飽くまで標的は英自身だったようだが、そのうち、雪季を刺しに来る誰かが現れてもおかしくはない。
 一体この状況は何なのだろうと、雪季は、笑顔を崩さない英をにらみつけた。
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