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相談
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相談がある、話がある、違う、話を聞いてほしい。
そんなメッセージが結愛から届き、それぞれの予定を擦り合わせて家を訪ねたのは土曜の昼過ぎだった。
雪季は平日の夜でもいいかと考えていたのだが、食べたいものなり飲みたいものなり、持って行くものはあるかと訊ねた返事に「飲みやすいアルコール」ときたものだから、長丁場を想定してお互いに翌日がつぶれてもいい日を選んだ。
飲まない結愛が飲みたいと言い出すのは一体どんな事態なのか。やや恐ろしい。
「え。飲み会? ずるいなー俺も誘えよ」
「…来るなよ」
「いいもん俺も遊びに行こっと」
何故か軽く拗ねた英は午前中に入っていた仕事を終わらせるとその足で何かの約束を取り付けて行ったようだった。
子どもか、と何度目になるのか考える気にもなれないつぶやきを落とし、雪季は軽く昼食を済ませて結愛の家に向かう。
途中、先日飲んだ甘口の日本酒と、カルーア、チョコレートリキュールとみかんと桃の酒と、と何本かかごに入れた後で、これはチャンポンになるのだろうかと一瞬ためらったが、まあいいかと会計を済ませる。
食材は冷蔵庫の中を見てからにしようと思って店を後にする。
「いらっしゃい、いつもごめんねユキちゃん…それまさか全部お酒…?」
「残ったら持って帰るか、気に入ったら置いとけばいいだろ」
「…色々種類あるんだね」
呆れられたような気がするが、措いておく。とりあえず上げてもらって床に瓶を置いてから、靴を脱いだばかりの三和土を示す。
「他にも客?」
「…ユキちゃん初対面だよね考えてみたら。ケイちゃん。真柴計都。弟」
「弟」
「うん。ユキちゃんに会ってみたいって、部活帰りに。勝手にごめん」
「いやそれはいいけど。会ったところで面白くもないだろうに」
話には聞く、結愛の弟。今年は中三で受験生のはずだ。おそらく向こうも、雪季のことを結愛経由で少しは聞いているのだろう。あるいは、結愛の兄から何か聞いて、姉の「恋人」を確認したかったのか。
そうかその可能性があったかと、雪季は今にも部屋に駆け戻りそうな結愛を止める。耳元で声を絞った。
「呼び方。いつも通りでいいのか、お兄さん経由で話がいってるなら名前の方がいいか?」
「あ」
漫画のことなら、自分のものでも人のものでもかなりな記憶力も考察力も発揮するのに、日常生活においては色々と甘い。ああーとかろうじて声量を落として呻いた。
「とりあえず、名前でお願いします。ケイちゃんちぃ兄より鋭いから結局ばれるかもだけど。て言うかちぃ兄が鈍いだけかもだけど」
「ばれても問題ないのか?」
「多分。でも確実じゃない」
「わかった」
嘘をつくのも騙すのも褒められたことではないと思うが、嘘も方便という言葉もある。結愛がそのあたりをどう考えているのかはわからないが。何も考えていないかも知れない。
とりあえず部屋に入ると、丸テーブルの脇でカッターシャツ姿の少年が漫画を読んでいた。雪季に気付いて、ぺこりと頭を下げる。
「…こんにちは」
「こんにちは。…結愛姉、にやにやしないでくれる」
「え? にやにやなんてしてないよ?」
「めっちゃ笑ってるから」
他人行儀な弟が面白いのか、どう見ても顔が緩んでいる。初対面ながらに視線で何らかの意思のやり取りをした雪季と計都は、とりあえず結愛を措いて名乗り合った。
結愛の話から抱いていた印象よりは、幾分大人っぽい感じを受ける。顔立ちに幼さは残るが、結愛が言葉にしなくともあふれさせていた「可愛い」は、多分に身内のフィルターがかかっていたのだろう。
とりあえず雪季を座らせ、結愛は、用意していたのだろうパウンドケーキと紅茶をテーブルに乗せた。
「姉がお世話になってます」
「…こちらこそ」
「どう考えても結愛姉が迷惑かけてるところしか想像できません」
「そんなことない! …よ、ね、ユキちゃん…?」
「迷うなよそこで」
即座に否定したものの弱気にこちらを窺ってしまった結愛に、思わず苦笑した。そうして、計都へと視線を向ける。
「こちらこそ、結愛さんにはいつも助けてもらってます。社交辞令ではなくて、本当に」
「紅茶冷めちゃうから早く飲んでね!」
恥ずかしくなったのか、猫舌気味の結愛が声を張り上げる。冷めたところで問題はないだろうに。
ひっそりと笑いをかみ殺していると、結愛に腕を叩かれた。テーブルの下で隠しているつもりだろうが、おそらくは動きでばれている。余計に笑いが込み上げてくる。
とりあえず、それぞれケーキに手をのばす。厚めに切られた素朴な焼き菓子は、雪季であればこれで昼食を済ませてもいいくらいにはしっかりと腹に溜まる。
「そういえばケイちゃん、志望校うちの高校なんだよ」
「へえ」
うちの、と言うがもう雪季たちが卒業して数年が経つ。雪季にとってはもはや遠い昔だが、今も漫画で高校生を描いたりもする結愛にとっては、まだ身近なのだろうか。
「いいよねー高校生。私もう一回くらい高校生と大学やりたい」
「…それ、何割が漫画の取材だ…?」
「え。うーん、そういうつもりはなかったけど、でもまあ全力で記録は取るかな。色々と宝庫だよね、特に高校。大学はまだ部外者も結構入れるけど、高校ってなかなか入れないし。授業とかがっつり録音したい。あ、ケイちゃん、文化祭は家族枠で呼んでね」
「今、一般公開の日は誰でも入れるよ。六月に学校見学兼ねて行くから、一緒に行く?」
「行く! ユキちゃんは?」
目を輝かせて結愛に見つめられ、雪季は、内心たじろいだ。その前に、高校見学に行くなら友達と行くのではないのか、と、結愛の弟を多少危ぶむ。友人がいないなり都合がつかないならまだいいが、姉が好きすぎはしないか。
そこに雪季が加わっていいものか、そしてそれ以前に、そんな話を聞きつければ英もやって来るような気がする。あまり未成年に接触させたい人物ではない。
「…都合がつけば」
「仕事入らないといいな。先生たち、まだいるのかな。…私結構先生には変な覚え方されてるから、ケイちゃんが被害被ったらごめんね」
「変な覚え方?」
「在学中にもう漫画家として仕事してたから、まあ、色々と」
授業中に落書きしたりネームを描いたり、テスト用紙の余白に話のあらすじを書いたりはまだ他にもいそうな部類だが、体育の授業で色々と見入りすぎてボールが当たったり派手にこけたりで保健室の常連になったり、各部のあちこちにひっそりと紛れていたりとの奇行を繰り返せば、さぞ記憶にも残っているだろう。その上で、一部教科の上位は常連だったのだから。
全てを話すのは忍びないので、黙っておく。
「あ。そういえば、横塚君が今先生でいるはずなんだよね。ユキちゃん覚えてる?」
「…ヨコツカ?」
「同級生だよ。バレー部で、一年の時ユキちゃんと同じクラスじゃなかった?」
「なんでお前がそれを把握してるんだ…」
それなりに学生生活を満喫していたらしい結愛と違って、雪季はただひたすらに存在を消すことに尽力していた。
そのために親しい友人も作らなかった反動か、それなりに会話があったはずのクラスメイトのこともあまりよく覚えてはいない。考えてみれば、いくら目立っていたとはいえ、英や篠原を覚えていたのがいっそ不思議なくらいだ。
結愛はケーキを頬張ったまま首を傾げ、ティーカップに手をのばした。
「ユキちゃんのクラスに遊びに行ったときに、そうだ今度バレー部観に行こう、って思ったきっかけが横塚君を見たからだったような?」
「…そうか」
実際のところどうだったのかはわからないが、結愛の記憶の結びつき方は改めて理解した。
そして、興味の赴く先へは驚くような行動力を発揮するので、案外、葉月と会わせても結愛の側から話をできるのかも知れない。そんなことを考えていてふと逸らした視線の先に計都がいて、置き去りにしてしまったかと気付く。
だが計都は、つまらなそうにするでもなく、結愛と雪季を見ている。
「ん? ケイちゃん、おかわりいる?」
雪季の視線の向きに気付いた結愛が、ややずれた反応をする。実際、計都の皿は空になっていた。
「最初の半分くらい。あ、バニラアイスない? パウンドケーキ軽くあっためて、アイス添えたら美味しそう」
「いいねそれ、私もやろっと。ユキちゃんは?」
「いや、俺はこれで十分」
まだ三分の一ほどしか食べ進んでいない皿を示す。わかった、と身軽に立ち上がった結愛は、キッチンへと足を向けた。
さてこれはどうするべきなのか。なんとなく結愛を見送っている態で視線を向けた雪季は、斜め向かいから刺さる計都の視線に思案する。
手間のかかることをたのんだのは何か言いたいことがあるからなのだろうが、この場合、雪季から切り出したものなのだろうか。
「中原さんって、本当に結愛姉と付き合ってるんですか?」
抑えた声で投げられた言葉に、つい真正面から視線を向けてしまった。真顔の少年は、返事を待つほどの間も置かず、続ける。
「もう一人兄貴たちがいるみたいで。中原さんの態度も、結愛姉も」
兄と思われるくらいなら、そういう形で「家族」のようでいられるのなら、それは案外、雪季も結愛も、望む通りの関係が築けているのかも知れない。
不意に計都の表情が揺らいで、何か顔に出ただろうかと雪季は戸惑った。
「…結愛姉を大切にしてるのは…わかるけど…」
「ユキちゃん、アイスだけでもいる? …どうしたの? ケイちゃん、顔真っ赤」
「なんでもない!」
何事? と言うように結愛に見られるが、雪季としても何とも言いようがない。曖昧に首を振って見せると、疑問符を浮かべたままながら、手にしていた二人分の皿をテーブルに置く。
雪季がアイスも断ると一度キッチンに戻ったのは、アイスを出したままにしていたからだろう。
結局、最後までだらだらと世間話のような昔話のような会話をして、夕方には計都は帰って行った。最後に、何かの時のためにと雪季と連絡先を交換して。
そんなメッセージが結愛から届き、それぞれの予定を擦り合わせて家を訪ねたのは土曜の昼過ぎだった。
雪季は平日の夜でもいいかと考えていたのだが、食べたいものなり飲みたいものなり、持って行くものはあるかと訊ねた返事に「飲みやすいアルコール」ときたものだから、長丁場を想定してお互いに翌日がつぶれてもいい日を選んだ。
飲まない結愛が飲みたいと言い出すのは一体どんな事態なのか。やや恐ろしい。
「え。飲み会? ずるいなー俺も誘えよ」
「…来るなよ」
「いいもん俺も遊びに行こっと」
何故か軽く拗ねた英は午前中に入っていた仕事を終わらせるとその足で何かの約束を取り付けて行ったようだった。
子どもか、と何度目になるのか考える気にもなれないつぶやきを落とし、雪季は軽く昼食を済ませて結愛の家に向かう。
途中、先日飲んだ甘口の日本酒と、カルーア、チョコレートリキュールとみかんと桃の酒と、と何本かかごに入れた後で、これはチャンポンになるのだろうかと一瞬ためらったが、まあいいかと会計を済ませる。
食材は冷蔵庫の中を見てからにしようと思って店を後にする。
「いらっしゃい、いつもごめんねユキちゃん…それまさか全部お酒…?」
「残ったら持って帰るか、気に入ったら置いとけばいいだろ」
「…色々種類あるんだね」
呆れられたような気がするが、措いておく。とりあえず上げてもらって床に瓶を置いてから、靴を脱いだばかりの三和土を示す。
「他にも客?」
「…ユキちゃん初対面だよね考えてみたら。ケイちゃん。真柴計都。弟」
「弟」
「うん。ユキちゃんに会ってみたいって、部活帰りに。勝手にごめん」
「いやそれはいいけど。会ったところで面白くもないだろうに」
話には聞く、結愛の弟。今年は中三で受験生のはずだ。おそらく向こうも、雪季のことを結愛経由で少しは聞いているのだろう。あるいは、結愛の兄から何か聞いて、姉の「恋人」を確認したかったのか。
そうかその可能性があったかと、雪季は今にも部屋に駆け戻りそうな結愛を止める。耳元で声を絞った。
「呼び方。いつも通りでいいのか、お兄さん経由で話がいってるなら名前の方がいいか?」
「あ」
漫画のことなら、自分のものでも人のものでもかなりな記憶力も考察力も発揮するのに、日常生活においては色々と甘い。ああーとかろうじて声量を落として呻いた。
「とりあえず、名前でお願いします。ケイちゃんちぃ兄より鋭いから結局ばれるかもだけど。て言うかちぃ兄が鈍いだけかもだけど」
「ばれても問題ないのか?」
「多分。でも確実じゃない」
「わかった」
嘘をつくのも騙すのも褒められたことではないと思うが、嘘も方便という言葉もある。結愛がそのあたりをどう考えているのかはわからないが。何も考えていないかも知れない。
とりあえず部屋に入ると、丸テーブルの脇でカッターシャツ姿の少年が漫画を読んでいた。雪季に気付いて、ぺこりと頭を下げる。
「…こんにちは」
「こんにちは。…結愛姉、にやにやしないでくれる」
「え? にやにやなんてしてないよ?」
「めっちゃ笑ってるから」
他人行儀な弟が面白いのか、どう見ても顔が緩んでいる。初対面ながらに視線で何らかの意思のやり取りをした雪季と計都は、とりあえず結愛を措いて名乗り合った。
結愛の話から抱いていた印象よりは、幾分大人っぽい感じを受ける。顔立ちに幼さは残るが、結愛が言葉にしなくともあふれさせていた「可愛い」は、多分に身内のフィルターがかかっていたのだろう。
とりあえず雪季を座らせ、結愛は、用意していたのだろうパウンドケーキと紅茶をテーブルに乗せた。
「姉がお世話になってます」
「…こちらこそ」
「どう考えても結愛姉が迷惑かけてるところしか想像できません」
「そんなことない! …よ、ね、ユキちゃん…?」
「迷うなよそこで」
即座に否定したものの弱気にこちらを窺ってしまった結愛に、思わず苦笑した。そうして、計都へと視線を向ける。
「こちらこそ、結愛さんにはいつも助けてもらってます。社交辞令ではなくて、本当に」
「紅茶冷めちゃうから早く飲んでね!」
恥ずかしくなったのか、猫舌気味の結愛が声を張り上げる。冷めたところで問題はないだろうに。
ひっそりと笑いをかみ殺していると、結愛に腕を叩かれた。テーブルの下で隠しているつもりだろうが、おそらくは動きでばれている。余計に笑いが込み上げてくる。
とりあえず、それぞれケーキに手をのばす。厚めに切られた素朴な焼き菓子は、雪季であればこれで昼食を済ませてもいいくらいにはしっかりと腹に溜まる。
「そういえばケイちゃん、志望校うちの高校なんだよ」
「へえ」
うちの、と言うがもう雪季たちが卒業して数年が経つ。雪季にとってはもはや遠い昔だが、今も漫画で高校生を描いたりもする結愛にとっては、まだ身近なのだろうか。
「いいよねー高校生。私もう一回くらい高校生と大学やりたい」
「…それ、何割が漫画の取材だ…?」
「え。うーん、そういうつもりはなかったけど、でもまあ全力で記録は取るかな。色々と宝庫だよね、特に高校。大学はまだ部外者も結構入れるけど、高校ってなかなか入れないし。授業とかがっつり録音したい。あ、ケイちゃん、文化祭は家族枠で呼んでね」
「今、一般公開の日は誰でも入れるよ。六月に学校見学兼ねて行くから、一緒に行く?」
「行く! ユキちゃんは?」
目を輝かせて結愛に見つめられ、雪季は、内心たじろいだ。その前に、高校見学に行くなら友達と行くのではないのか、と、結愛の弟を多少危ぶむ。友人がいないなり都合がつかないならまだいいが、姉が好きすぎはしないか。
そこに雪季が加わっていいものか、そしてそれ以前に、そんな話を聞きつければ英もやって来るような気がする。あまり未成年に接触させたい人物ではない。
「…都合がつけば」
「仕事入らないといいな。先生たち、まだいるのかな。…私結構先生には変な覚え方されてるから、ケイちゃんが被害被ったらごめんね」
「変な覚え方?」
「在学中にもう漫画家として仕事してたから、まあ、色々と」
授業中に落書きしたりネームを描いたり、テスト用紙の余白に話のあらすじを書いたりはまだ他にもいそうな部類だが、体育の授業で色々と見入りすぎてボールが当たったり派手にこけたりで保健室の常連になったり、各部のあちこちにひっそりと紛れていたりとの奇行を繰り返せば、さぞ記憶にも残っているだろう。その上で、一部教科の上位は常連だったのだから。
全てを話すのは忍びないので、黙っておく。
「あ。そういえば、横塚君が今先生でいるはずなんだよね。ユキちゃん覚えてる?」
「…ヨコツカ?」
「同級生だよ。バレー部で、一年の時ユキちゃんと同じクラスじゃなかった?」
「なんでお前がそれを把握してるんだ…」
それなりに学生生活を満喫していたらしい結愛と違って、雪季はただひたすらに存在を消すことに尽力していた。
そのために親しい友人も作らなかった反動か、それなりに会話があったはずのクラスメイトのこともあまりよく覚えてはいない。考えてみれば、いくら目立っていたとはいえ、英や篠原を覚えていたのがいっそ不思議なくらいだ。
結愛はケーキを頬張ったまま首を傾げ、ティーカップに手をのばした。
「ユキちゃんのクラスに遊びに行ったときに、そうだ今度バレー部観に行こう、って思ったきっかけが横塚君を見たからだったような?」
「…そうか」
実際のところどうだったのかはわからないが、結愛の記憶の結びつき方は改めて理解した。
そして、興味の赴く先へは驚くような行動力を発揮するので、案外、葉月と会わせても結愛の側から話をできるのかも知れない。そんなことを考えていてふと逸らした視線の先に計都がいて、置き去りにしてしまったかと気付く。
だが計都は、つまらなそうにするでもなく、結愛と雪季を見ている。
「ん? ケイちゃん、おかわりいる?」
雪季の視線の向きに気付いた結愛が、ややずれた反応をする。実際、計都の皿は空になっていた。
「最初の半分くらい。あ、バニラアイスない? パウンドケーキ軽くあっためて、アイス添えたら美味しそう」
「いいねそれ、私もやろっと。ユキちゃんは?」
「いや、俺はこれで十分」
まだ三分の一ほどしか食べ進んでいない皿を示す。わかった、と身軽に立ち上がった結愛は、キッチンへと足を向けた。
さてこれはどうするべきなのか。なんとなく結愛を見送っている態で視線を向けた雪季は、斜め向かいから刺さる計都の視線に思案する。
手間のかかることをたのんだのは何か言いたいことがあるからなのだろうが、この場合、雪季から切り出したものなのだろうか。
「中原さんって、本当に結愛姉と付き合ってるんですか?」
抑えた声で投げられた言葉に、つい真正面から視線を向けてしまった。真顔の少年は、返事を待つほどの間も置かず、続ける。
「もう一人兄貴たちがいるみたいで。中原さんの態度も、結愛姉も」
兄と思われるくらいなら、そういう形で「家族」のようでいられるのなら、それは案外、雪季も結愛も、望む通りの関係が築けているのかも知れない。
不意に計都の表情が揺らいで、何か顔に出ただろうかと雪季は戸惑った。
「…結愛姉を大切にしてるのは…わかるけど…」
「ユキちゃん、アイスだけでもいる? …どうしたの? ケイちゃん、顔真っ赤」
「なんでもない!」
何事? と言うように結愛に見られるが、雪季としても何とも言いようがない。曖昧に首を振って見せると、疑問符を浮かべたままながら、手にしていた二人分の皿をテーブルに置く。
雪季がアイスも断ると一度キッチンに戻ったのは、アイスを出したままにしていたからだろう。
結局、最後までだらだらと世間話のような昔話のような会話をして、夕方には計都は帰って行った。最後に、何かの時のためにと雪季と連絡先を交換して。
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