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花見
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「あ! 呑むなら声かけてくれよ」
「…飲むか?」
「当然」
なんとなく呑み足りなくて一杯だけのつもりだったのに、思ったよりも早く風呂から上がった英に見つかった。一杯で終わる気がしない。
会社からずっと寝たままの中原は朝まで起きないだろうし、四十万も、寝たのか起きているのかはわからないがさっさと部屋に引き上げている。
「…つまみ、さっきの残りならあるけど」
花見の食べ物の残りは、女性陣とこの家とでほぼ山分けにした。
果物や袋菓子は三浦も持って帰ったが、夕飯も兼ねていたから結構食べたと思ったのに案外残っている。今少しつまんでも、明日の朝か昼に回せそうなくらいだ。
「というより。何か食べるか? あんまり食べてなかっただろ」
「ばれてたか。元々俺、そんな食べる方じゃないんだけど…玉子焼き。だし巻き卵、食べたい。焼きたてのやつ」
「…卵料理好きだな」
「え? そうかな」
朝ごはんも、卵料理につられたのかと思ったがそうでもないのだろうか。雪季の勘違いなのか、英に自覚がないだけなのか。どちらでもいいかと立ち上がる。
溶き卵に少し薄めた麺つゆを入れて、玉子焼き用のフライパンまではないので丸いものでなんとなく四角く形作る。どちらかと言えば、だし焼きオムレツだ。
切り分けて乗せた皿を英の前に置いてから、厚めの油揚げと長葱を焼いて、軽く醤油を回しかける。
「あ。なんかいい匂い」
少し多めにはしたが雪季が自分で食べようと作ったものだが、先に英の箸が伸びる。
上善如水の四合瓶を開けて、それぞれのグラスに注ぐ。一杯だけ飲むならウイスキーにでもしようかと思っていたが、二人で飲むならこのくらいは飲み切ってしまうだろう。
「そうだ。雪季、護衛のことだけど」
「…部屋に行くか?」
「あー…。うん」
リビングは、四十万や中原のいる部屋が近い。戸を閉めていれば普通に話している分には内容まで聞こえることはないだろうが、トイレや咽喉が渇いたりで部屋から出て来ることはあるかも知れない。
匂いが籠りそうで嬉しくはないが、皿やグラス、水のペットボトルを適当な盆に乗せて移動する。
雪季の部屋には元から置かれていた小さな文机しかないが、畳なのでそのまま床で構わないだろう。それもあって、少し大きめの盆を選んだ。
それぞれ腰を下ろすと、何故か英がグラスを軽く掲げてきて、打ち合わせる。何の乾杯なのかはわからない。
「護衛の件」
軽くグラスを傾けてから、もう一度口にする。雪季が目線で促すと、英は軽くうなずき、グラスを揺らした。
「雪季が俺が思ってたよりも優秀で、真面目っていうか律儀に仕事してくれてるのはわかるんだけどさ。命がけで俺を護るまでは、しなくていいから」
「…悪い、元からそこまでするつもりはない」
「えー?」
思い切り疑わし気な目を向けられる。
「この間の、ベッテルの時」
「あれはうっかり足を滑らせただけで身代わりになったとかじゃない」
かなり大げさになってしまったので、できれば早く忘れてほしい。雪季はそう思うのだが、考えてみればあれから一月と少しといったところなので、まだ記憶に新しいだろう。
つくづく、不覚を取ったものだ。
英の視線から逃れるように、葱と揚げを小皿に取る。もう少し、醤油をかけてもよかったかもしれない。
「…だとしても。結果的にでも、俺を残して雪季がいなくなるとかは駄目だからな。死にたいわけじゃないけど、雪季が俺の代わりに死ぬくらいなら逆の方がずっといい。雪季がいなくなったらつまらない」
揚げをしっかりと咀嚼して呑み込んで、半分くらい入ったグラスを一息に飲み干す。ゆっくりと吐いた息が酒臭い。立ち上がって、窓を開けて戻る。
「そのあたりは、成り行き次第としか言いようがないだろ」
「いやだ」
厭と言われても。
手酌でグラスに酒を注ぎ、どう言ったものかと思案する。
それにしても、そういう執着や言葉はもっと他の誰かに向けてくれないものか。喜ぶ人間は、いくらでもいるだろうに。そう思いながら、空いた英のグラスに水を注ぐ。
「…俺がいないならいないで、他に興味を持つものくらい見つかるだろ。そんなに心配しなくてもいいんじゃないか」
「高校の時にさ。篠原に、猟奇殺人をやらないかって誘われたんだよな」
雪季自身、殺人仕事を始めたのは高校に通っていた頃なのであまり人のことは言えないはずだが、一体どんな高校生だ。
引っ越してすぐに盗み聞きした二人の会話を思い出して、精神的な頭痛を覚える。つまりあのやりとりは、十年近くも長々と続けられてきていたわけだ。
篠原はあの後も何度か地方の銘菓とともに訪れていたが、雪季は極力顔を合わせないようにしていた。仕事と割り切って会話は聞くようにはしていたが、当初の印象は変わらないままだ。
「高二の、夏休み明け。もしも雪季をもう一度見つけてなかったら、誘いに乗ってたかも知れない。あいつがやりたがってた頭脳戦を、そこらへんの人を使って繰り広げてたかも」
「…どういう話だ、これは」
「俺が興味を持つのはそういうことかも知れないってこと。例えば今日のストーカーもどきも、少し優しい言葉でもかけてやれば、あっさり俺が思うように動いてくれただろうな。何だっけ、前に雪季が言ってた…信奉者。いくらでも作れるだろうし、使い棄てたって俺には痛むような良心なんてない」
「…だから。どういう話なんだ」
「俺がそんな風になるのが厭なら、俺や雪季の周りの人がそういうことに巻き込まれてほしくないと思うなら、雪季は俺より長生きしなきゃいけないって話」
酒瓶を取って、グラスに注ぐ。水を飲み干した英も差し出して来たので、澄んだ酒を注いだ。
グラスをくるくると回しながら、英は、にっこりと微笑む。
「雪季には、こういう言い方の方が利くだろ? ただ替わりなんていないって言ったところで信じやしないだろうから」
読まれている。そのことを不愉快に思うのではなく、少し、こわく感じた。英は、易々と胸の内をさらけ出し、こちらにも踏み入って来る。
半分以上入っていたグラスを一息に飲み干して、英は、いやに嬉しそうにだし巻きを頬張る。
「あ、美味い。めっちゃ酒に合う」
「…なんで俺がそこまでお前のお守り役をしないといけないんだ…?」
「お守りって。別にさあ、こうやって酒に付き合ってくれてたらいいんだって。相方とか親友とか、そういう感じで」
「だから…なんでそんなことに」
深々と、雪季は溜息をついた。結局は一人でもやって行けるだろうにと思いながらグラスを傾ける。しかも、友人から親友とはいつの間にかランクアップしてはいないか。
「…俺だって意外だったよ。俺こそ、どうしてこんなに興味持ったままなんだろうって思ったし、それなりに世間とだって折り合いつけてきてたし遊び方だって覚えたんだからどうだってなると思ってた。なのに、全然違った。雪季を見つける前よりずっとつまんないし、雪季がここに来る前に戻るだけのはずなのに、もっと楽しくなかった。おまけに、やっぱり眠れないし」
「…とりあえず不眠に関しては、精神科医にでもかかった方がいいんじゃないか?」
「雪季さあ。俺が、そういった人種相手に素直に全部話すと思う?」
「…思えない」
「だろ」
だし巻き卵に焼き葱を乗せて一緒に頬張り、酒を呷る。
それを見るともなしに見て面倒くさい奴だなと改めて思いながら、雪季は、あれだけの人脈があるのにどうしてそういった関係の信頼できる人を確保していないのだろうと考えて、そもそも英が信頼している人物はいるのだろうかというところにぶつかった。
そこで雪季自身だと思うほどのうぬぼれもなく、せめて真っ当に彼女でも彼氏でも作ればいいのにと荷を投げたくなる。
だが考えてみれば、肉体関係で繋がる相手と感情のつながりを持とうとしないからこそ、雪季に対してそういった関係になりたいのではないと言うのかも知れない。難儀な。
「河東」
「んー?」
「…俺はお前のために命を張るつもりはないし、うっかりお前が死んだところで多分問題なくこの先も生きていける」
「だろうな」
「それでも…きっと、淋しくは思う」
声もなく、英は動きを止めて目を見開いた。どこか間抜けな顔だなと、雪季は失礼なことを思う。
「だからそもそも、妙なことに首を突っ込まないようにしてろ」
そうは言っても遺産絡みのごたごたは依然として横たわっているし、どちらかと言えば危険やスリルを望む気性はそう簡単に変わったりはしないだろう。得体の知れない手のこともある。
それでも少しは、自重してくれないかと儚い望みを託す。
「…雪季は、俺のことどう思ってるの。案外嫌われてはない気がするんだけど、思い込み?」
「…さすがに、嫌いな人間に無期限で付き合おうと思うほど自分を捨ててはいないんだが」
「じゃあ…俺、好かれてる?」
「いや」
「え」
無表情ではなくどこか虚無的な目を向けられ、いくらか罪悪感めいたものを感じてしまい、ゆっくりと首を振る。
何故、酒が入っているとはいえ酔ったほどでもなくほぼ素面でこんな話をしているのだろうと、雪季の方が虚ろになりそうだ。
「面倒臭いし、できれば関わりたくはなかった」
未だに、どうしてこんなところにいるんだろうと度々考える。
分岐点が十年前ではもうどうしようもなくて、しかもかなりの偶然で、いっそすべては決まっているのだとの運命論者に走りなくなるくらいの代物だ。
多分、雪季は英が苦手だ。
「それでも、お前がそのへんで野垂れ死んで何も思わないほどじゃない」
「……雪季のそれって、何なの。優しさ?」
「…諦め?」
「えええー」
なんだよそれー、と言いながら、グラスに口をつける。雪季も、手酌で注いだ酒を干す。
結局、だし巻き卵を平らげて葱と揚げも雪季よりも多く食べた英は、二人で酒を飲み干すとそのまま眠りに就いてしまった。自分の部屋に戻れよと雪季は呻くが、聞こえているはずもない。
「…飲むか?」
「当然」
なんとなく呑み足りなくて一杯だけのつもりだったのに、思ったよりも早く風呂から上がった英に見つかった。一杯で終わる気がしない。
会社からずっと寝たままの中原は朝まで起きないだろうし、四十万も、寝たのか起きているのかはわからないがさっさと部屋に引き上げている。
「…つまみ、さっきの残りならあるけど」
花見の食べ物の残りは、女性陣とこの家とでほぼ山分けにした。
果物や袋菓子は三浦も持って帰ったが、夕飯も兼ねていたから結構食べたと思ったのに案外残っている。今少しつまんでも、明日の朝か昼に回せそうなくらいだ。
「というより。何か食べるか? あんまり食べてなかっただろ」
「ばれてたか。元々俺、そんな食べる方じゃないんだけど…玉子焼き。だし巻き卵、食べたい。焼きたてのやつ」
「…卵料理好きだな」
「え? そうかな」
朝ごはんも、卵料理につられたのかと思ったがそうでもないのだろうか。雪季の勘違いなのか、英に自覚がないだけなのか。どちらでもいいかと立ち上がる。
溶き卵に少し薄めた麺つゆを入れて、玉子焼き用のフライパンまではないので丸いものでなんとなく四角く形作る。どちらかと言えば、だし焼きオムレツだ。
切り分けて乗せた皿を英の前に置いてから、厚めの油揚げと長葱を焼いて、軽く醤油を回しかける。
「あ。なんかいい匂い」
少し多めにはしたが雪季が自分で食べようと作ったものだが、先に英の箸が伸びる。
上善如水の四合瓶を開けて、それぞれのグラスに注ぐ。一杯だけ飲むならウイスキーにでもしようかと思っていたが、二人で飲むならこのくらいは飲み切ってしまうだろう。
「そうだ。雪季、護衛のことだけど」
「…部屋に行くか?」
「あー…。うん」
リビングは、四十万や中原のいる部屋が近い。戸を閉めていれば普通に話している分には内容まで聞こえることはないだろうが、トイレや咽喉が渇いたりで部屋から出て来ることはあるかも知れない。
匂いが籠りそうで嬉しくはないが、皿やグラス、水のペットボトルを適当な盆に乗せて移動する。
雪季の部屋には元から置かれていた小さな文机しかないが、畳なのでそのまま床で構わないだろう。それもあって、少し大きめの盆を選んだ。
それぞれ腰を下ろすと、何故か英がグラスを軽く掲げてきて、打ち合わせる。何の乾杯なのかはわからない。
「護衛の件」
軽くグラスを傾けてから、もう一度口にする。雪季が目線で促すと、英は軽くうなずき、グラスを揺らした。
「雪季が俺が思ってたよりも優秀で、真面目っていうか律儀に仕事してくれてるのはわかるんだけどさ。命がけで俺を護るまでは、しなくていいから」
「…悪い、元からそこまでするつもりはない」
「えー?」
思い切り疑わし気な目を向けられる。
「この間の、ベッテルの時」
「あれはうっかり足を滑らせただけで身代わりになったとかじゃない」
かなり大げさになってしまったので、できれば早く忘れてほしい。雪季はそう思うのだが、考えてみればあれから一月と少しといったところなので、まだ記憶に新しいだろう。
つくづく、不覚を取ったものだ。
英の視線から逃れるように、葱と揚げを小皿に取る。もう少し、醤油をかけてもよかったかもしれない。
「…だとしても。結果的にでも、俺を残して雪季がいなくなるとかは駄目だからな。死にたいわけじゃないけど、雪季が俺の代わりに死ぬくらいなら逆の方がずっといい。雪季がいなくなったらつまらない」
揚げをしっかりと咀嚼して呑み込んで、半分くらい入ったグラスを一息に飲み干す。ゆっくりと吐いた息が酒臭い。立ち上がって、窓を開けて戻る。
「そのあたりは、成り行き次第としか言いようがないだろ」
「いやだ」
厭と言われても。
手酌でグラスに酒を注ぎ、どう言ったものかと思案する。
それにしても、そういう執着や言葉はもっと他の誰かに向けてくれないものか。喜ぶ人間は、いくらでもいるだろうに。そう思いながら、空いた英のグラスに水を注ぐ。
「…俺がいないならいないで、他に興味を持つものくらい見つかるだろ。そんなに心配しなくてもいいんじゃないか」
「高校の時にさ。篠原に、猟奇殺人をやらないかって誘われたんだよな」
雪季自身、殺人仕事を始めたのは高校に通っていた頃なのであまり人のことは言えないはずだが、一体どんな高校生だ。
引っ越してすぐに盗み聞きした二人の会話を思い出して、精神的な頭痛を覚える。つまりあのやりとりは、十年近くも長々と続けられてきていたわけだ。
篠原はあの後も何度か地方の銘菓とともに訪れていたが、雪季は極力顔を合わせないようにしていた。仕事と割り切って会話は聞くようにはしていたが、当初の印象は変わらないままだ。
「高二の、夏休み明け。もしも雪季をもう一度見つけてなかったら、誘いに乗ってたかも知れない。あいつがやりたがってた頭脳戦を、そこらへんの人を使って繰り広げてたかも」
「…どういう話だ、これは」
「俺が興味を持つのはそういうことかも知れないってこと。例えば今日のストーカーもどきも、少し優しい言葉でもかけてやれば、あっさり俺が思うように動いてくれただろうな。何だっけ、前に雪季が言ってた…信奉者。いくらでも作れるだろうし、使い棄てたって俺には痛むような良心なんてない」
「…だから。どういう話なんだ」
「俺がそんな風になるのが厭なら、俺や雪季の周りの人がそういうことに巻き込まれてほしくないと思うなら、雪季は俺より長生きしなきゃいけないって話」
酒瓶を取って、グラスに注ぐ。水を飲み干した英も差し出して来たので、澄んだ酒を注いだ。
グラスをくるくると回しながら、英は、にっこりと微笑む。
「雪季には、こういう言い方の方が利くだろ? ただ替わりなんていないって言ったところで信じやしないだろうから」
読まれている。そのことを不愉快に思うのではなく、少し、こわく感じた。英は、易々と胸の内をさらけ出し、こちらにも踏み入って来る。
半分以上入っていたグラスを一息に飲み干して、英は、いやに嬉しそうにだし巻きを頬張る。
「あ、美味い。めっちゃ酒に合う」
「…なんで俺がそこまでお前のお守り役をしないといけないんだ…?」
「お守りって。別にさあ、こうやって酒に付き合ってくれてたらいいんだって。相方とか親友とか、そういう感じで」
「だから…なんでそんなことに」
深々と、雪季は溜息をついた。結局は一人でもやって行けるだろうにと思いながらグラスを傾ける。しかも、友人から親友とはいつの間にかランクアップしてはいないか。
「…俺だって意外だったよ。俺こそ、どうしてこんなに興味持ったままなんだろうって思ったし、それなりに世間とだって折り合いつけてきてたし遊び方だって覚えたんだからどうだってなると思ってた。なのに、全然違った。雪季を見つける前よりずっとつまんないし、雪季がここに来る前に戻るだけのはずなのに、もっと楽しくなかった。おまけに、やっぱり眠れないし」
「…とりあえず不眠に関しては、精神科医にでもかかった方がいいんじゃないか?」
「雪季さあ。俺が、そういった人種相手に素直に全部話すと思う?」
「…思えない」
「だろ」
だし巻き卵に焼き葱を乗せて一緒に頬張り、酒を呷る。
それを見るともなしに見て面倒くさい奴だなと改めて思いながら、雪季は、あれだけの人脈があるのにどうしてそういった関係の信頼できる人を確保していないのだろうと考えて、そもそも英が信頼している人物はいるのだろうかというところにぶつかった。
そこで雪季自身だと思うほどのうぬぼれもなく、せめて真っ当に彼女でも彼氏でも作ればいいのにと荷を投げたくなる。
だが考えてみれば、肉体関係で繋がる相手と感情のつながりを持とうとしないからこそ、雪季に対してそういった関係になりたいのではないと言うのかも知れない。難儀な。
「河東」
「んー?」
「…俺はお前のために命を張るつもりはないし、うっかりお前が死んだところで多分問題なくこの先も生きていける」
「だろうな」
「それでも…きっと、淋しくは思う」
声もなく、英は動きを止めて目を見開いた。どこか間抜けな顔だなと、雪季は失礼なことを思う。
「だからそもそも、妙なことに首を突っ込まないようにしてろ」
そうは言っても遺産絡みのごたごたは依然として横たわっているし、どちらかと言えば危険やスリルを望む気性はそう簡単に変わったりはしないだろう。得体の知れない手のこともある。
それでも少しは、自重してくれないかと儚い望みを託す。
「…雪季は、俺のことどう思ってるの。案外嫌われてはない気がするんだけど、思い込み?」
「…さすがに、嫌いな人間に無期限で付き合おうと思うほど自分を捨ててはいないんだが」
「じゃあ…俺、好かれてる?」
「いや」
「え」
無表情ではなくどこか虚無的な目を向けられ、いくらか罪悪感めいたものを感じてしまい、ゆっくりと首を振る。
何故、酒が入っているとはいえ酔ったほどでもなくほぼ素面でこんな話をしているのだろうと、雪季の方が虚ろになりそうだ。
「面倒臭いし、できれば関わりたくはなかった」
未だに、どうしてこんなところにいるんだろうと度々考える。
分岐点が十年前ではもうどうしようもなくて、しかもかなりの偶然で、いっそすべては決まっているのだとの運命論者に走りなくなるくらいの代物だ。
多分、雪季は英が苦手だ。
「それでも、お前がそのへんで野垂れ死んで何も思わないほどじゃない」
「……雪季のそれって、何なの。優しさ?」
「…諦め?」
「えええー」
なんだよそれー、と言いながら、グラスに口をつける。雪季も、手酌で注いだ酒を干す。
結局、だし巻き卵を平らげて葱と揚げも雪季よりも多く食べた英は、二人で酒を飲み干すとそのまま眠りに就いてしまった。自分の部屋に戻れよと雪季は呻くが、聞こえているはずもない。
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