回りくどい帰結

来条恵夢

文字の大きさ
上 下
42 / 130
誕生日

2

しおりを挟む
 ローテーブルの上には、黒々としたガトーショコラが大きく一切れとカラメルソースをたっぷりと浴びたプリンが一つ。それぞれ、皿の中央に鎮座している。他には、湯気の立つティーカップ。
 食事はたっぷりと摂ったはずなのに、どちらも控えようとは言わなかった。むしろ、こちらがメインではある。本来。

「バレンタインが誕生日だと、プレゼント―とかって言ってチョコレートもらったりしなかった?」
「それをされるためには、まず誕生日を把握されないと駄目だしチョコレートなりプレゼントなりをもらえるほどの好意を寄せてもらってないと駄目だろ」
「ええーユキちゃん充分にかっこいいし可愛かわいいのにー?」
「…前半ともかく最後なんだ」
「ユキちゃんはたまにすごく可愛いよ?」
「嬉しくない」

 フォークで割り取ったガトーショコラは、チョコレートをたっぷりと含んで黒々としている。生クリームを添えると色の対比がきれいだが、うっかり買い忘れていたということで今日はない。しっかりとした噛み応えと、甘さとほろ苦さが広がる。
 料理はあまり得意ではない結愛ユアだが、お菓子作りは器用にこなす。雪季セッキとは逆だ。
 菓子が作れるなら料理だってできるだろうと言うと、ご飯のレシピは曖昧過ぎる、再現が難しい、と睨まれたことがある。ものによっては、ご飯作り慣れてないとまず作れないようなレシピだってあるんだから、と、何故か雪季が怒られた。
 その点、菓子類は程度と種類にもよるが簡単な物なら、材料と手順さえ間違えなければまずまずのものができるのだと主張する。

「ねえねえ、秘書ってどんな仕事してるの?」
「…多分、俺がやってるのはまともな秘書業じゃない気がする」
「そうなの? じゃあとりあえず、ユキちゃんのやってる仕事ってどんなの?」

 ただの雑談なのか取材も兼ねているのか。後者なら、あまり役に立てる気はしない。それでも、少し硬めの蒸しプリンをすくい上げ、何をどう話したものかとつか考える。

「基本的には、社長が自由人過ぎるからあいつと他の社員の連絡係」
「…んんん?」

 フォークをくわえたまま行儀悪く首を傾げる結愛に苦笑をこぼして、雪季は紅茶を一口飲んだ。ついでに、結愛のティーカップが早くも空になっているのに気付いてポットからそそぐ。

「基本的には人に会って、どういった人材が欲しいとかどういったところで働きたいとか、派遣会社みたいなことをやっているわけだ」
「うん、それは聞いた。ツナグ、だよね。日本語さえわかれば結構ストレートな会社名」
「ああ。そういった希望を把握するためにはある程度頻繁に連絡を取っている方が有利だろ。だから、人と会ったり世間話したりっていうのも業務の一環になる」
「うわあ疲れそう…。ああ、そういったことのスケジュール管理ってこと?」

 それなら普通の秘書業務だろうなと、わからないなりにも雪季は思う。結愛も、そう思ったからの言葉だろう。
 雪季は、首を振った。

「それは、大体本人がやってる。他の社員に振るとか誰を同行させた方がいいとか、そういった判断も。移動や会うのに丁度いい場所なんかも、相談されることもあるけど大体あいつが決めることが多い。ただ、その予定を勝手に変更する事が多くてな」
「ああ! この間、ユキちゃん追っかけて来ちゃったみたいに?」
「…そうだな」

 厭な具体例を把握されている。

「だから、そういった変更をすぐに他の社員に伝えて…わざわざそのためのアプリ作ってあるのに、使わないんだよなあいつ…」
「そういうのって、わかってないと困るものなの?」
「…真柴マシバが担当の編集者に連絡取ろうとして、携帯端末にかけても出ないし折り返しもないし、会社にかけても誰も所在を把握してなかったら?」
「困る。ああー、なるほど、困る。駄目。せめて、ぼやっとでいいからいつまで連絡つながらないのかくらい知りたい」
「だろ」

 これだけ各個人が携帯端末を持ち歩き、接続もそう簡単に途絶えないような状況が「当たり前」になってしまうと、人によっては、少しでも取りたいときに連絡がつかないだけでひどく腹を立てる。
 社長ヒトの予定なんて知らない、と言えればどれだけ楽か、でも言えない、という状況に同僚たちは何度もおちいっていたようだった。
 予定が判ったところで、こちらを優先しないのは何故かと言い出すやからもいるしそれでは間に合わないと言い出す人もいるが、何も知らず何とも答えようがない状況よりはましだ。
 少なくとも、平身低頭で謝り倒した後に実は角のコンビニに出かけていただけだった、という事態は減った。

「あとは、どうしても急ぐって言われて、俺が連絡を受けて合間を見つけてしらせるとか。社長が話してるだけだから、同席してても席を外しやすい」
「え、でも、難しそう」
「そうでもない。人によっては、秘書なんて視界にも入れてなかったりもするしな」
「ヴィクトリア朝の使用人みたい」

 どんな例えだ、と思うが、言い得て妙かもしれない。実際、そういった人にとって秘書はくまで使用人なのだろう。
 しかし改めて考えると、これだけ情報化が進んでネットワークが発達して、情報が大切と理解しているはずの人間がその時の気分次第で連絡を受け付けないというのは、どれだけの暴君だ。しみじみと腹が立ってきた。

「そもそも、あいつが小まめに連絡するなら必要もない役職なんだ」

 三浦たちは否定してくれるが、今まで秘書が居つかずとも会社が回って来たのが何よりの証拠だろう。
 いつの間にか結愛はガトーショコラを平らげていて、もう一切出すか迷ったのか、しばらく空の皿を見つめてからプリンを食べるべくスプンに持ち替えた。

「適材適所ってあるから」
「できないわけじゃなくやらないんだから、その言葉は違わないか」
「んー。でも」

 スプンを手にしたまま、考え込むようにその先を唇に当てる。

「わざとじゃないんじゃないかな? 他に集中してて気づかないとか、後でやろうと思って忘れてることってよくあるし、それが極端なだけかも。だったら、やらないんじゃなくてできないのかもしれないよ? それか…そのへんのことを小まめにやらないと迷惑がかかると思ってないか、迷惑がかかってもいいと思ってるか。前者だったら、実は自己評価が低いかもね」

 何人かが何度も必要性はいているはず、と言いかけて、案外言っていないかも知れないと気付く。あまりにも当たり前すぎて、当然わかるものとして細かくは言っていないかも知れない。だからといって、困っているということは告げているのだから迷惑をかけている自覚はあるはずだが。
 それとも、全て懇切丁寧に説明するべきなのだろうか。そうした上で、出来るのか出来ないのかを問いただすべきなのか。相手は一応上役のはずなのに、なぜ子ども相手のようなことを。
 雪季が眉間をんでいると、一旦スプンを置いてティーカップをつかんだ結愛が苦笑した。

「ていうかね、本当に普通の秘書とは違うかもしれないけど、ユキちゃんだって別に遊んでるわけじゃないんでしょ? 本当は要らないはずの仕事なんだって卑下することもないんじゃないかと思うよ。実際、みんなそれでスムーズに仕事できてるんでしょ?」

 そうはいっても、結愛には話せないこともある。
 雪季の今の仕事が護衛を兼ねていることと、それも含めてすべては単に雪季と関わりをたもつための口実にしているだろうことと。あの尾行を目の当たりにしていても、英の執着がそこまでとは思っていないだろう。
 さすがに英もそこまで考えて迷惑行為を繰り返していたとまでは思わないが、利用くらいはするだろう。

「…卑下まではしてない」
「そう?」

 それでも多少は気が楽になって、結愛の姉ぶった微笑に思うところはあるが、言わずにおいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

処理中です...