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結婚
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軽くシャワーで汗を流し、今日は卵をどう調理しようかと思いながらキッチンへ向かうと、ダイニングの椅子に四十万がひっそりと座っていた。
姿を見る前に気配で勘付きはしたが、動じずにいるのも妙なので、気付いたときの驚きをそのまま表に出す。
「四十万さん? お早うございます、びっくりした」
「びっくりはこっちだ。休みの日だっていうのに早いな」
雪季がランニングに出る前に取り込んでいた新聞から顔を上げ、四十万がかすかに笑みを見せる。電気もつけず、朝とはいえ陽の入りが浅いので少し薄暗い。
外したままだった伊達眼鏡をかけて、明かりをつけてキッチンカウンターの中に入る。
「毎日同じ時間に寝起きした方が、体のリズムにはいいらしいですよ。何か食べますか?」
「悪いな、なんでもいい。…何か格闘技、やってるのか?」
会社の人の前で何かそう思われるようなことをやっただろうかと思いながら、とりあえず昨日の残りのコーンスープを弱火にかけ、食パンを二枚、トースターに放り込む。卵を二個出して、レタスとキャベツはどちらを先に片付けた方が良かっただろうと野菜室を開ける。
「中学に上がる前までは、父がK-1にはまって、よくわからない格闘技っぽい教室には通ってました。あとはまあ自己流で…。トマト平気ですか? ハムエッグとベーコンエッグならどちらが?」
とりあえずレタスをちぎって、かいわれ大根を一握り根を切り落とし、大丈夫だと言うのでトマトを切り分ける。フライパンを温めて、ベーコンを敷いた。
「昨日、李さん来ただろ。とりあえず俺も同席したんだけど、会えなくて残念がってた。彼はなかなか強いでしょう、一度手合わせをお願いしたいものです、って」
「それは…社交辞令でないなら、光栄です」
今はほぼ引退しているはずだが貿易商の李は、プロでこそないが、一部では有名な琉球空手の使い手だ。更に言えば、ごくごく一部で有名なのは、彼が財を成すための最初の資金源は裏社会を身一つで渡り歩いてのものだったとか。要は、雪季の同類だ。
ベーコンを軽く両面焼いた後で卵を割り落とし、水を加えて蓋をする。焼き方の好みを聞くのを忘れたなと思ったが、何でもいいと言ったから文句はないだろう。
四十万は、ふうん、と息を吐いた。
「社長はやんわりと有耶無耶にしてたけど、手合わせ、してみかった?」
「何しろ我流なので、強い人に相手をしてもらえれば学ぶものは多いです」
「意外に少年漫画の主人公みたいだな」
「…そこまでの熱量はないですよ」
焼き上がったパンとベーコンエッグをそれぞれ皿に載せ、レタスとかいわれ大根とトマトを盛り、コーンスープをスープカップに注ぐ。飲み物は、四十万が牛乳で雪季がオレンジジュース。調味料やジャムの瓶をまとめた籠を冷蔵庫から引っ張り出した。
いただきます、と手を合わせる。
他の誰も起きてくる気配がないので、のんびりと二人で朝食を摂る。考えもしなかった状況だなと雪季はぼんやりと思った。今までも先の見えない日々ではあったが、これはこれで意外の連続だ。
「昨日も思ったけど、随分と料理上手いな」
「慣れたらこんなものじゃないですか? 高校卒業してからずっと一人暮らしなので」
「俺も似たようなものだけど、ほぼ外食だなあ。コンビニとかスーパーとかの総菜売り場も常連。一人だと結構腐らせたりしないか?」
「悪くなりそうなのは、早めに調理して冷凍とか。ひたすら同じ食材の料理とか」
気を遣ってくれるのか、話を振ってくれるので雪季も喋りやすい。さすがに営業や広報も担当しているだけあって、見かけは多少とっつきにくそうだが、話すとそうでもない。むしろ、雪季の方が扱いにくいだろうと申し訳なさもある。
さほどかからず食べ終え、カフェオレを淹れてカップを抱えた。さてどうしたものかと、雪季は心の中で首を捻る。他の面子にしてもそうだが、今日はどうするつもりだろう。
ちらりと時計に向けた視線に気付いたのか、四十万はふっと苦笑をこぼした。
「適当に中原起こして、昼前には帰ろうと思う」
「お二人はご近所なんですか?」
そう言えば昨日の三浦の話の入社時期からすると同期と言えそうな二人だが、それだけ仲もいいのだろうか。四十万の申し出は雪季としてはありがたいところだが、少しばかり意外な気もする。
四十万は、まだ中原が寝ているはずの部屋のあたりに視線を投げた。
「それほどは。ただ、置いて行ったら晩飯までたかって帰るんじゃないかと。まだ三人いるし、面倒だろ」
「…何か顔にでも出てましたか、俺?」
「いや? ただ、旅館の女将並に気配りしてくれるから、負担は減らした方がいいかと。余計な真似ならこれで引き上げるけど」
「ありがとうございます」
どうせなら女性陣を連れて帰ってほしいところだが、ここまで四十万が乗って来たのはバイクだから二人乗りが上限だし、素直に言うのはいろいろと問題がありそうなので、申し出を婉曲に受け容れる。
しかし、気配りと言うなら四十万も相当ではないだろうか。
意識しなければ気付きにくいが、かなり人のフォローが上手い。場合によっては、フォローされている側がほとんど意識しないレベルではないだろうか。そういう人は損をすることも多いだろうな、とも雪季は思う。
「ああでも、昼ご飯くらいなら。焼きそばとかナポリタンで良ければ作りますよ。それほど手間でもないですし」
「でも…何人分だ?」
「この間、ホットプレートを発掘したんです。一気に炒めればすぐです」
二人だと、案外使う機会がない。そのうち葉月が泊まりに来た時にでも焼肉をするくらいしか使い道が思いつかなかったが、屋台のように一気に作るのには使えそうだ。
気付けばまじまじと見られていて、何だろうと見返してしまう。雪季の反応に気付いたようで、悪い、と目を逸らした。
「ホテルマンとかも向いてたんじゃないか? そういった仕事をしたことは?」
「バイト程度なら。…なるほど。考えたことはなかったけど、次に仕事を探す時には考えてみます」
「しまった、社長に恨まれそうなことを言った」
「俺から辞めるよりも、クビになるか倒産の方がありそうです」
小さく吹き出されたが、雪季としてはただ事実を言っただけなので、少々きまりが悪い。
そうして、やや居心地の悪い空白の時間が訪れた。何か言い出しあぐねているような気配に、それが何なのか見当がつかず、誘い水も向けられない。
一度、まだ中原が眠っているはずの部屋にちらりと視線を向け、四十万は探るように雪季を見た。
「少し…気になってることがあるんだが、訊いてもいいか?」
「はい?」
「大したことじゃない。葉月さんにだけタメ口なのは、彼女にそう言われたから?」
「はい。禁止されました」
四十万が気付いたのは、当人も同じことを言われたからではないだろうか。
葉月は社内の人間に丁寧語や敬語を使わないし、使われるのも嫌がる。社外の人に対しては、極力引き籠って出くわさないようにしているので、どんな反応を見せるのか雪季は知らない。
ただ、この話は落語で言う枕だろう。
「社長を名前で呼ばないのは、社内で気を遣っているから?」
「気を遣うというか…例えばお客さんの前で、うっかり呼び捨てにしたらまずいでしょう? それなら、なるべく普段からそうしておいた方がいいかと」
以前から個人的な付き合いのある三浦や笹倉も、よほど砕けた場でなければ同じようにしている。葉月は、面倒なのか常に「社長」呼びだが。
「…あまり呼び方や話し方に思い入れがない方か」
一体どういう話なのかと内心で首を捻りながら頷く。
「その場に適切ならそれでいいかと。…何かまずい事でもしてましたか?」
「ああ。いや、そういうわけじゃない。悪い、変なことを訊いた。気にしないでくれ」
ずいぶんと歯切れが悪いなと思ってから、ふと思い当たる。そう言えば、まだ一度も四十万に名前を呼ばれたことがない。
それほど交流の機会がなかったこともあるが、思い返してみれば、何か用事があるときでも、名前を呼ぶまでもない距離で話しかけてきたりしていた。
同じくあまり話す機会のない山本にさえ何度か呼ばれているが、名字でなく下の名前を呼ぶことに抵抗があるのだろうか。それならそれで、多少ややこしくなろうと名字でも構わないのではないかと思うのだが。
ただ、この当て推量が外れていると恥ずかしいので、言ったものか悩む。
「なんか飲んでるー」
「お早うございます」
「自力で起きたか」
「おはよー。なんか四十万さんひどいー。ていうかオレいつ寝たー?」
へろへろとやって来た中原は、雪季と四十万のいるテーブルは遠いと見たのか、ローテーブルに突っ伏して床に座り込んだ。言葉もへろへろとしているから、まだ完全には目覚めていないのかもしれない。
「とりあえず顔くらい洗って来いよ。ケーキあるぞ」
「わーいー」
またへろへろと立ち上がって、洗面所へと向かう。
「…ケーキって、今食べるんですか? 起き抜けに? いや、二日酔いは?」
雪季の中にはない選択肢に、混乱する。確かにまだ六個も残っているが、酔いつぶれた翌日の朝ごはんに食べるようなものだろうか。気持ち悪くなったりはしないのか。
雪季に視線を向けた四十万は、一瞬驚いたような顔をして、小さく笑った。
「そこまで驚かなくても。それに多分、二日酔いにはなってないだろうし」
「…飲みすぎて床で寝ていたのでは?」
「いや。飲むと眠気がくるらしくて、深酔いするほど飲めてないと思う」
「……体にはいいかもしれないですね」
あまりアルコールを摂取するのに向いてないのではないだろうか。それでも好きだというなら、雪季が止めるようなものではないが。そして、二日酔いではないのであれば、単に朝に弱いのか。
四十万に声をかけられて、中原の分のカフェオレを淹れる。コーヒーメーカーは扱い兼ねるので、やはりインスタントだ。
その間に、四十万がケーキを出している。昨夜食べていないので四十万も食べるのか、皿を二枚出してから声をかけられる。
「今食べるか?」
「いえ。…四十万さんも真幸さんも、ここに住んでたことがあるんですか?」
物や場所の位置に迷いがない。深く考えての発言ではなかったが、箱からショートケーキとガトーショコラを取り出していた四十万は、当時を思い出しているのか視線をやや遠くに向けた。
「急に前の職場を辞めて、引っ越さないといけないけどあてもなくて。一月くらいかな、俺と中原と、もう辞めたけどあともう一人。あの時は本当に、助かった」
案外あいつも役に立っているんだなと、雪季は失礼な感想を持った。
姿を見る前に気配で勘付きはしたが、動じずにいるのも妙なので、気付いたときの驚きをそのまま表に出す。
「四十万さん? お早うございます、びっくりした」
「びっくりはこっちだ。休みの日だっていうのに早いな」
雪季がランニングに出る前に取り込んでいた新聞から顔を上げ、四十万がかすかに笑みを見せる。電気もつけず、朝とはいえ陽の入りが浅いので少し薄暗い。
外したままだった伊達眼鏡をかけて、明かりをつけてキッチンカウンターの中に入る。
「毎日同じ時間に寝起きした方が、体のリズムにはいいらしいですよ。何か食べますか?」
「悪いな、なんでもいい。…何か格闘技、やってるのか?」
会社の人の前で何かそう思われるようなことをやっただろうかと思いながら、とりあえず昨日の残りのコーンスープを弱火にかけ、食パンを二枚、トースターに放り込む。卵を二個出して、レタスとキャベツはどちらを先に片付けた方が良かっただろうと野菜室を開ける。
「中学に上がる前までは、父がK-1にはまって、よくわからない格闘技っぽい教室には通ってました。あとはまあ自己流で…。トマト平気ですか? ハムエッグとベーコンエッグならどちらが?」
とりあえずレタスをちぎって、かいわれ大根を一握り根を切り落とし、大丈夫だと言うのでトマトを切り分ける。フライパンを温めて、ベーコンを敷いた。
「昨日、李さん来ただろ。とりあえず俺も同席したんだけど、会えなくて残念がってた。彼はなかなか強いでしょう、一度手合わせをお願いしたいものです、って」
「それは…社交辞令でないなら、光栄です」
今はほぼ引退しているはずだが貿易商の李は、プロでこそないが、一部では有名な琉球空手の使い手だ。更に言えば、ごくごく一部で有名なのは、彼が財を成すための最初の資金源は裏社会を身一つで渡り歩いてのものだったとか。要は、雪季の同類だ。
ベーコンを軽く両面焼いた後で卵を割り落とし、水を加えて蓋をする。焼き方の好みを聞くのを忘れたなと思ったが、何でもいいと言ったから文句はないだろう。
四十万は、ふうん、と息を吐いた。
「社長はやんわりと有耶無耶にしてたけど、手合わせ、してみかった?」
「何しろ我流なので、強い人に相手をしてもらえれば学ぶものは多いです」
「意外に少年漫画の主人公みたいだな」
「…そこまでの熱量はないですよ」
焼き上がったパンとベーコンエッグをそれぞれ皿に載せ、レタスとかいわれ大根とトマトを盛り、コーンスープをスープカップに注ぐ。飲み物は、四十万が牛乳で雪季がオレンジジュース。調味料やジャムの瓶をまとめた籠を冷蔵庫から引っ張り出した。
いただきます、と手を合わせる。
他の誰も起きてくる気配がないので、のんびりと二人で朝食を摂る。考えもしなかった状況だなと雪季はぼんやりと思った。今までも先の見えない日々ではあったが、これはこれで意外の連続だ。
「昨日も思ったけど、随分と料理上手いな」
「慣れたらこんなものじゃないですか? 高校卒業してからずっと一人暮らしなので」
「俺も似たようなものだけど、ほぼ外食だなあ。コンビニとかスーパーとかの総菜売り場も常連。一人だと結構腐らせたりしないか?」
「悪くなりそうなのは、早めに調理して冷凍とか。ひたすら同じ食材の料理とか」
気を遣ってくれるのか、話を振ってくれるので雪季も喋りやすい。さすがに営業や広報も担当しているだけあって、見かけは多少とっつきにくそうだが、話すとそうでもない。むしろ、雪季の方が扱いにくいだろうと申し訳なさもある。
さほどかからず食べ終え、カフェオレを淹れてカップを抱えた。さてどうしたものかと、雪季は心の中で首を捻る。他の面子にしてもそうだが、今日はどうするつもりだろう。
ちらりと時計に向けた視線に気付いたのか、四十万はふっと苦笑をこぼした。
「適当に中原起こして、昼前には帰ろうと思う」
「お二人はご近所なんですか?」
そう言えば昨日の三浦の話の入社時期からすると同期と言えそうな二人だが、それだけ仲もいいのだろうか。四十万の申し出は雪季としてはありがたいところだが、少しばかり意外な気もする。
四十万は、まだ中原が寝ているはずの部屋のあたりに視線を投げた。
「それほどは。ただ、置いて行ったら晩飯までたかって帰るんじゃないかと。まだ三人いるし、面倒だろ」
「…何か顔にでも出てましたか、俺?」
「いや? ただ、旅館の女将並に気配りしてくれるから、負担は減らした方がいいかと。余計な真似ならこれで引き上げるけど」
「ありがとうございます」
どうせなら女性陣を連れて帰ってほしいところだが、ここまで四十万が乗って来たのはバイクだから二人乗りが上限だし、素直に言うのはいろいろと問題がありそうなので、申し出を婉曲に受け容れる。
しかし、気配りと言うなら四十万も相当ではないだろうか。
意識しなければ気付きにくいが、かなり人のフォローが上手い。場合によっては、フォローされている側がほとんど意識しないレベルではないだろうか。そういう人は損をすることも多いだろうな、とも雪季は思う。
「ああでも、昼ご飯くらいなら。焼きそばとかナポリタンで良ければ作りますよ。それほど手間でもないですし」
「でも…何人分だ?」
「この間、ホットプレートを発掘したんです。一気に炒めればすぐです」
二人だと、案外使う機会がない。そのうち葉月が泊まりに来た時にでも焼肉をするくらいしか使い道が思いつかなかったが、屋台のように一気に作るのには使えそうだ。
気付けばまじまじと見られていて、何だろうと見返してしまう。雪季の反応に気付いたようで、悪い、と目を逸らした。
「ホテルマンとかも向いてたんじゃないか? そういった仕事をしたことは?」
「バイト程度なら。…なるほど。考えたことはなかったけど、次に仕事を探す時には考えてみます」
「しまった、社長に恨まれそうなことを言った」
「俺から辞めるよりも、クビになるか倒産の方がありそうです」
小さく吹き出されたが、雪季としてはただ事実を言っただけなので、少々きまりが悪い。
そうして、やや居心地の悪い空白の時間が訪れた。何か言い出しあぐねているような気配に、それが何なのか見当がつかず、誘い水も向けられない。
一度、まだ中原が眠っているはずの部屋にちらりと視線を向け、四十万は探るように雪季を見た。
「少し…気になってることがあるんだが、訊いてもいいか?」
「はい?」
「大したことじゃない。葉月さんにだけタメ口なのは、彼女にそう言われたから?」
「はい。禁止されました」
四十万が気付いたのは、当人も同じことを言われたからではないだろうか。
葉月は社内の人間に丁寧語や敬語を使わないし、使われるのも嫌がる。社外の人に対しては、極力引き籠って出くわさないようにしているので、どんな反応を見せるのか雪季は知らない。
ただ、この話は落語で言う枕だろう。
「社長を名前で呼ばないのは、社内で気を遣っているから?」
「気を遣うというか…例えばお客さんの前で、うっかり呼び捨てにしたらまずいでしょう? それなら、なるべく普段からそうしておいた方がいいかと」
以前から個人的な付き合いのある三浦や笹倉も、よほど砕けた場でなければ同じようにしている。葉月は、面倒なのか常に「社長」呼びだが。
「…あまり呼び方や話し方に思い入れがない方か」
一体どういう話なのかと内心で首を捻りながら頷く。
「その場に適切ならそれでいいかと。…何かまずい事でもしてましたか?」
「ああ。いや、そういうわけじゃない。悪い、変なことを訊いた。気にしないでくれ」
ずいぶんと歯切れが悪いなと思ってから、ふと思い当たる。そう言えば、まだ一度も四十万に名前を呼ばれたことがない。
それほど交流の機会がなかったこともあるが、思い返してみれば、何か用事があるときでも、名前を呼ぶまでもない距離で話しかけてきたりしていた。
同じくあまり話す機会のない山本にさえ何度か呼ばれているが、名字でなく下の名前を呼ぶことに抵抗があるのだろうか。それならそれで、多少ややこしくなろうと名字でも構わないのではないかと思うのだが。
ただ、この当て推量が外れていると恥ずかしいので、言ったものか悩む。
「なんか飲んでるー」
「お早うございます」
「自力で起きたか」
「おはよー。なんか四十万さんひどいー。ていうかオレいつ寝たー?」
へろへろとやって来た中原は、雪季と四十万のいるテーブルは遠いと見たのか、ローテーブルに突っ伏して床に座り込んだ。言葉もへろへろとしているから、まだ完全には目覚めていないのかもしれない。
「とりあえず顔くらい洗って来いよ。ケーキあるぞ」
「わーいー」
またへろへろと立ち上がって、洗面所へと向かう。
「…ケーキって、今食べるんですか? 起き抜けに? いや、二日酔いは?」
雪季の中にはない選択肢に、混乱する。確かにまだ六個も残っているが、酔いつぶれた翌日の朝ごはんに食べるようなものだろうか。気持ち悪くなったりはしないのか。
雪季に視線を向けた四十万は、一瞬驚いたような顔をして、小さく笑った。
「そこまで驚かなくても。それに多分、二日酔いにはなってないだろうし」
「…飲みすぎて床で寝ていたのでは?」
「いや。飲むと眠気がくるらしくて、深酔いするほど飲めてないと思う」
「……体にはいいかもしれないですね」
あまりアルコールを摂取するのに向いてないのではないだろうか。それでも好きだというなら、雪季が止めるようなものではないが。そして、二日酔いではないのであれば、単に朝に弱いのか。
四十万に声をかけられて、中原の分のカフェオレを淹れる。コーヒーメーカーは扱い兼ねるので、やはりインスタントだ。
その間に、四十万がケーキを出している。昨夜食べていないので四十万も食べるのか、皿を二枚出してから声をかけられる。
「今食べるか?」
「いえ。…四十万さんも真幸さんも、ここに住んでたことがあるんですか?」
物や場所の位置に迷いがない。深く考えての発言ではなかったが、箱からショートケーキとガトーショコラを取り出していた四十万は、当時を思い出しているのか視線をやや遠くに向けた。
「急に前の職場を辞めて、引っ越さないといけないけどあてもなくて。一月くらいかな、俺と中原と、もう辞めたけどあともう一人。あの時は本当に、助かった」
案外あいつも役に立っているんだなと、雪季は失礼な感想を持った。
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