回りくどい帰結

来条恵夢

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「なにあれサイコー、今までにないタイプだね?」
「うるさい。うちの新入社員なのに怯えて出て行ったらどうしてくれる」
「へえ、なんで君のところの新入社員が僕の名前知ってるのかな?」
「高校の元クラスメイトだ。お前が忘れてるだけのことを俺が何か企んでるみたいに言うな」
「え。同い年。てっきりもっと下かと」

 深々と、雪季セッキはため息をついた。
 若く見られるならまだいいが、これはそうではなく、幼く見られているのだろう。社員たちに紹介された時も、第一声が「まさかまた高校生雇うとかじゃないですよね?!」だった。いくらなんでもとがっくりときた。
 階段は小さな踊り場を挟んで折れ曲がっているので、上からも下からも見通しは効かないが、念のためアキラの寝室に扉を開け放して入っている雪季は、額を押さえて入り口の木枠に寄りかかった。
 階下の声は、はっきりと聞こえてくる。あまり趣味の良いものではないが、頼まれたことだし、用心としては仕方がないところもある。

「いつまで猫被るつもりか知らないけど、どうせ、長続きしないんでしょ? りないねえ」
「俺のことはどうでもいい。とっとと帰れ」
「つれないなあ。折角、出張帰りにわざわざ寄ってあげたっていうのにさあ」
「頼んでない」

 雪季が席を外したからか、英の威嚇じみた勢いはがれていくらか平坦になってはいるが、その分篠原シノハラの妙に甘ったるい声が際立つ。余計に、英の刺々とげとげしさも知れる。
 しかし、英が取りつくろわないとなれば、やはり親しいのではないかと思うのだが違うのだろうかと、雪季は一人首を傾げた。

「いい加減、他の遊び相手を探せよ。お前好みの猟奇事件でもあさってれば、誰か一人くらい気の合う奴もいるだろ」
「うーん、いまいち手ごたえのあるやつがいなくてねえ。なかなか、小説やドラマみたいにはいかない。僕は、もっと丁々発止のやり合いがしたいんだよねえ」
「知るか。こっちは、今のところ生活に不自由してないし人殺しに興味もないし革命を起こすつもりもない。お前が一人で暗躍して事件起こして部下を振り回せばいいだろ」
「それはそれで面白そうだけど、今のところこっちに切れる奴もいないんだよねえ。人材不足って厭だねえ」

 会話はしっかりと拾いながら、雪季は、ずるずると床に座り込んだ。頭を抱える。キャリア組の猟奇趣味警官。元クラスメイトに、勝手にそんな呼称をつけておく。
 雪季は英にまとわりつかれて面倒だと思っていたが、あちらはあちらで妙なやつにまとわりつかれていたとは。
 これで雪季が篠原を追いかければ妙な循環が出来上がるが、もちろん全くそんなつもりはない。というか、関わり合いたくない。
 高校時代、雪季は目立たず周囲に溶け込むことばかりに気を遣っていて、その分人間関係には気を配っていたつもりだが、こんな妙なのが二人も至近距離にいたとは気付かなかった。

「いいじゃないか。どうせ、どこの誰が死のうと罪悪感もないんでしょ?」
「だからといって俺がどこかの誰かを殺す必要を全く感じない。会社だって社員を養えるくらいには続いてるし、俺なりに謳歌してる人生を何だってお前の遊びのために放棄しないといけないんだ」
「そっちだって楽しめばいいじゃないか。つまんないだろう、馬鹿ばっかりで。僕たちが使ってやればむしろ報われるだろう?」
「人生を謳歌してるって言っただろ。帰れ」

 淡々と、それだけにきっぱりと言い切る。それまで滔々と喋り立てていた篠原の声が、わずかに止まった。

「新しいおもちゃに夢中ってことかな。さっきの、えーっと、全然覚えてないや、ほんとにクラスにいた? あいつ、そんなに面白い? もしかして、これから口説くところだった? 先にぶちまけちゃって悪かった?」
「別にあいつの話じゃない。社員抱えてるって言っただろ」
「そんなの気にするような柄だった?」

 にらみ合っているのか、声が途切れる。雪季は、ため息を押し殺した。

「わかったわかった、今日のところは引き上げるよ。ああこれ、お土産みやげ。二人でどうぞ」

 足音と、少しして玄関の開く音も聞こえた。かなり細かな音も拾えると、雪季は妙なところで感心した。英がそうやって階下の音を聞いていたかと思うと悪趣味の一言に尽きるが。二階に人を上げたがらなかった理由の一端はこれだろう。
 さて、と、胸の内で呟いて、雪季は寝室を見渡した。
 安いパイプベッドとマットレス、掛布団と枕。壁際のクローゼットは閉められている。申し訳程度に机はあるが、何が置かれているでもない。部屋の隅にCDラックがあるのだけが個人の部屋をうかがわせるが、あまりにも統一感のないラインナップに、一階の図書部屋のように、集めたというよりは集まった感じを漂わせている。
 雪季は、その中の一枚を引き抜いた。以前、テレビで見かけたことのあるアイドルグループのアルバムだ。女子アイドルによくある甘ったるい声ではなく、元気さが前面に出ていたのが印象に残っていた。

「おーい雪季ー、帰ったぞー」

 戸口に顔をのぞかせた英は、見慣れたへらへらとした笑顔に戻っていた。その視線をさえぎるように、CDアルバムのジャケットを示す。

「借りるぞ」
「…いいけど、それ? 雪季ってそういうのが好きなのか?」

 それには答えず階段を下りて、リビングを見回す。少し前との違いは、篠原が置いて行った紙袋くらいのものだろう。

「英、ここってCDデッキは?」

 階段を降りたところで、英が目を見開いて硬直していた。どうせそこまで驚いていないだろうにと、雪季は冷たい視線を向けるにとどめる。

「俺は持ってないんだけど、再生機はあるんだよな? 英?」
「…うん。ああ。そこのノート使って」
「ありがとう。篠原、短かったみたいだけど良かったのか?」
「ん。あー、あれのことは気にしなくていい」

 パソコンを立ち上げてCDをセットし、音量最大に設定して再生ボタンを押す。思った通りに、元気いっぱいの声が流れ出す。
 パソコンと紙袋から距離を置いて、カウンター向こうのキッチンから、指先で英を招く。ついでに、薬缶やかんを火にかけた。

「ちょっと確認したいことがある。適当に合わせろ」
「…あー…やっぱりそーいうのだよなー…」

 平坦なつぶやきを背後に聞き流し、紙袋に近付く。

「これ何? 開けていいやつ?」
「ああ、まあ食い物に罪はないし」
「萩の月。久しぶりだなー。…これ、何か入ってる。携帯灰皿? 篠原の忘れ物か?」

 紙袋の底から、黒いキーホルダーのようなものを引っ張り出す。「何か」を探してはいたが、これほどに大っぴらとなると、手慣れているとの感想しか浮かばない。
 英が、面白くもなさそうな視線を寄越よこす。

「かもな。喫煙室の情報はあなどりがたいとか何とかで」
「…やっぱ仲いいだろ」
「ない。仲良くなんてない。あれがべらべら喋るだけ」
「まだ近くにいるんじゃないか、持って行ってやれよ」
「ええ?」
「連絡先くらい知ってるんだろ」

 投げ渡すと、慌てることなくつかみ取る。
 今耳を澄ませていれば雑音くらいは入ったかな、と雪季は思う。どうせなら、耳元で大きく耳障りな音を立てていればいい。盗聴するなら、そのくらいの意趣返しはささやかなものだ。
 罪のない萩の月の包装を解いて、かぶりつく。ふわふわとしたスポンジとカスタードクリームのもったりとした食感が楽しい。
 それを味わいながら、てきぱきと箱を解体していく。包装紙や紙袋とまとめて、外に置いているごみ箱に入れるつもりだ。
 気付くと、英が恨めし気な視線を向けてきていた。今日はずいぶんと感情表現が細やかだと思いつつ、雪季は萩の月を一つ投げ渡す。これも、危うげなく受け取られた。

「いや。俺に苦行投げつけといて何呑気に食ってんだ、って言いたいとこなんだけどな?」

 言いながらも、素直に包装を剥いてスポンジ状の菓子を口の中に押し込んでいる。投げたのは雪季だが、食べるのか、と少し呆れる。
 英の携帯端末が着信を告げて、舌打ちが聞こえる。手を振って送り出すが、かけっ放しだったCDアルバムが終わる前に戻ってきた。

「それで?」
「ん?」

 インスタントコーヒーを淹れて曲を聴きながら二個目の萩の月を齧っていた雪季は、厭味ったらしい笑顔をただ見返した。呑みかけのカップを持ち上げて見せる。

「飲むか?」
「…飲む。けど、先に言うこととか訊くこととかはないのか?」
「突っ込みどころが多すぎて追いつかないから気にしないことにする」
「気にしよう? 気にしてくれよ、何か俺淋しい人みたいになるから」
「知るか」

 珈琲の粉末とココアの粉末とを半々で入れて、ホットミルクで溶く。雪季は少しくどく感じるが、湯よりもこちらの方が好きらしい。そもそも、甘いものを食べるのに甘いものを飲むのはどうなのかとも思うのだが。
 カップを渡すと、ため息で返された。頭からかけてやろうかと一瞬迷う。

「よく覚えてたな、あいつの顔」
「目立ってただろ、二人とも」
「あー…教室で対立しても面倒なだけだしあれはあれで役に立つからいいかと思って合わせてたけど、まさかこんなに長く突っかかって来るとは思わなかったんだよな。この間出てきた盗聴器、あいつなのか?」

 五つも発見された盗聴器のうちの一つは、電池式だった。長い時間働かせようとすれば、コンセント周りにでも電源を確保することが多いので記憶に残っている。

「適当に置いて行っては交換してたんじゃないか? 愛されてるな」
「いらねー…」

 無感情に言いてて、英は萩の月を一口で食べようとして失敗する。馬鹿馬鹿しいので放置しておく。
 パソコンから流れる曲は、バラード調のものに変わっていた。思っていたよりもうまいなと、結構失礼な感想を抱く。
 自棄やけになったようにマグカップを傾ける英を見ながら、雪季は言葉を呑み込んだ。お前のそれは同族嫌悪じゃないのかと、問えば否定するのか、ただ笑うのか。それとも、自覚もしていないのだろうか。
 選んだのは、違う言葉だった。

「あいつも、要注意人物だと思っておけばいいか?」
「頼む。…よくわかったな、話聞けって」

 一瞬何のことかと戸惑いかけて、二階に上がったことかと気付く。確かに、はじめは自分の部屋に戻るつもりでいた。

「お前がしつこかったからだろ。何もなければ、肘を打ち込んだ時点で退いた」
「相棒っぽいな」
「ただの慣れだろ」

 ふっと笑って、英は表情を消した。じっと見つめる目が、穴のようだと思う。

「なあ雪季、あいつには近づくなよ。何を勘付かれるか分かったものじゃない」

 平坦で妙に迫力のある言葉に、雪季は、新しいおもちゃか、と、篠原の台詞せりふを思い返した。なるほど、横取りを恐れる子どもか、と。
 実際、子どものおもちゃのように飽きればこの関係も終わりだろうと思う。
 護衛とは言うが、これまで雪季がいなくとも問題はなかったのだし、英が雪季に興味をなくした後、まだ英の会社で働き続けるのか追い出されるのか、住むところもどうなるのか、雪季にはよくわからない。今の時点でも給料は十分に貰っているのでさほど問題はないのだが。
 なるようになるだろうとは思うが、何年か働き続けられれば転職もしやすいかとの打算くらいはある。殺人業に戻るなら履歴書は必要ないが、このまま一般社会で生きていけるならその方がありがたい。

「近付くいわれがない。むしろ、警察なんて俺の天敵だと思うが」
「それならいいけど」

 やはり平坦なままに投げおいて、英は空のカップを置いて立ち上がった。

「疲れたから寝る」 
 
 宣言する必要はどこに、とは口に出さず、雪季も、CDを止めるために立ち上がる。後で携帯端末に曲を落とダウンロードしておこうかと思った。
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