雨舞い

来条恵夢

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昨日の未来

二日目

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「やっぱさー。復職しねー?」
「もう、顔向けのできないことはやらない」

 誰にとは言わない。言わなくても、羽澄ハスミはおそらくわかるだろうし、わからなくても問題はない。
 霧夜キリヤが、本当に心底大切に想うのは、亡くなった姉と姪だけだ。五年前にうしなった、肉親。そうして、その喪失から引き上げてくれた秋衣アキイタカラを、少なくとも自身よりは大切にしている。

 羽澄は、階段を上り終えた拍子に、一層、肩を貸している霧夜に体重をかけた。

「でもさー。俺、誰と組んでも長続きしないんだよな。なあ? 昔のよしみでさあ」
「無駄に喋るな」

 体調を無視して絡んでくる羽澄に言って、霧夜は戸を開けた。家に入るとすぐに、一旦羽澄を置いて、薬箱とタオルを探す。
 男たちを相手の立ち回りでは何事もなかったのだが、ついさっき、階段を上るときに足を滑らせて派手にこけ、羽澄の傷口が開いてしまっていた。元々、大きな傷ではないにしても、そう浅い傷でもないのだ。

「上がる前に、けよ」
「うん」
「お帰り――羽澄? うわあ、久しぶり。霧夜君と一緒だったの?」

 夕飯を作っていたらしい秋衣が、キッチンから顔を覗かせて、意外そうに首を傾げた。料理のために、いつもは下ろしている髪はたばね、紺のエプロンをつけている。
 羽澄は、それに気安い笑顔で応じた。

「おう、久しぶり。ん? そっちのちっこいのは?」
「ああ。カオル、おいで。この人が霧夜君。薫をここに連れてきた人ね。そっちは、霧夜君の友達の羽澄」
「なんか、扱いに違いがある気がするけど?」
「気のせいでしょ」

 きっぱりと言いきられ、口の中で文句を呟くものの、秋衣の陰に隠れるようにして顔を覗かせた少女に、とりあえず、羽澄は笑いかけた。
 少女は、緑色の眼を大きく見張った。

「ユヅキ…?」

 少女の呟きに、瞬時、霧夜と羽澄が視線を交わす。しかし秋衣は気付かずに、少女を促してキッチンへと戻ろうとした。その際に、振り返って二人を見る。

「もう少し、時間かかるから。その間に着替えてよ、風邪ひくじゃない」

 とがめるように言い置いた秋衣と、一日足らずで秋衣になついたらしい薫とを横目に、二人はそそくさと奥の部屋へと向かった。  
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