地球と地球儀の距離

来条恵夢

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 2008/8/15

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「知ってた? あなたのこと嫌いなんだ」

 放課後の教室。日誌は書くから先に帰っていいと言ったのに、彼は、面白くもなさそうに教室に居残っていた。
 他に人がいれば、こんなことは口走らなかっただろうにと、無性に腹が立つ。――誰に対してだろう、それは。自分か。
 彼は、きょとんとしたかおで無駄にまばたきを繰り返し、首をかしげた。

「誰が?」
「私が」

 沈黙が落ちる。
 私は黙って、過去の日誌を読んでいた。何故だか展開している連載小説を読むためだ。
 誰が始めたのか「今日のコマッタ君」というクラスの小松田をモデルにした――そもそもの発端はネタの多い小松田の記録もどきだったそれ。いつの間にかそれは、学園超能力バトルだったり学園メルヘンだったり学園SFだったりに発展している。みんな、楽しみすぎだ――かく言う私も。
 朝のうちに先に目を通しただろう彼は、わざわざ私の机の前にまで移動してきて、視線を向けさせた。笑っていた。

「嫌われるようなこと、澤田さんにしたことあったっけ?」
「直接はない」
「間接には?」
「命を大切にしてないところが嫌い」

 へえ、と言って、彼は一層の笑顔になった。怒ったなら怖くなかったのに。

「そうじの件? 咄嗟の行動でそこまで見抜いたんだ、君だけが?」

 随分とたくましい妄想だねと、言われた気がした。
 それは同時に、彼が方々から一種ヒーロー扱いを受けるようになった一件でもある。学期始めの大掃除のときに、それは起こった。
 窓をくために、男子生徒が二人、身を乗り出していた。途中で、外に出ればいいんだと気付いた片方が誘い、バルコニー状になっているところに降り立った。そうして、突風に押されて一人がバランスを崩し、もう一人が腕を掴んで押し戻し、当人は反動で落ちた。幸い、植わっていた木にぶつかって軽い骨折で済んだ。
 が、助けられた方は蒼白で窓枠にへばりついて震えたまま動かないわ救急車はやって来るわで、かなりの騒ぎになった。

 それが、大体一年前の話。
 そのとき私は、彼とは同じクラスではなかった。隣のクラスでやはり窓を拭いていて、内側からだったために、ばっちりとその瞬間を目撃した。そして彼は、受身を取るように身体を丸めたり頭をかばったりはしなかった。
 もちろんそれも、突然のことで身動きすら取れなかった、とも言えるかもしれない。
 でも彼は、落ちる瞬間ですらなんだかつまらなさそうだった。

「手を伸ばさなければ良かったと?」
「小松田君が落ちればよかったなんて言ってないけど? って言うか、すぐにその一件だって思い当たるってことはやっぱり、自覚あったんだ」

 む、と、顔がゆがむ。笑顔が消えて、実のところほっとした。
 が、すぐに戻ってしまう。

「嫌いだ、って、それで?」
「別に、気になったからつい。さて、書き終わったから帰るわ。日直、お疲れさま」

 言い逃げだなと思いながら、荷物を手にした。あとは、日誌を職員室に持っていくだけだ。 
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