地球と地球儀の距離

来条恵夢

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 2007/12/25

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「や、やめろっ、待て! 待ってくれ!」

 あまりにも必死に頼むものだから、とりあえず待ってみた。
 そうしたら相手は、何を期待したものか、必死ながらも生気を取り戻した眼でこちらを見つめる。残念ながら、そこに正気は薄い。多分、本人は気付いていないだろう。

「な、なあ、ここで俺を殺して何になる? 手ぶらで戻れないって言うなら、雇ってやってもいい。そうだ、一番の側近にしてやる。あいつみたいに、使い捨てに使い潰したりしない。それに俺は、これからもっともっと偉くなるんだ」

 俄然がぜん調子を取り戻し、滔々とうとうと、「偉くなる」根拠らしい、反吐へどの出そうなこれまでと得意そうに語る。やはりそこに、正気は不在だ。
 まあもっとも、何を指して正気と呼ぶのか。皆が皆、狂気の只中ただなかにいると言えばその通り。真っ当すぎて、反論の余地がない。

「こんなところで俺がいなくなったりしたら――」
「あのさ。あんたが死んだところで、何も変わらないよ? 敵対者が喜んで、あんたに賭けてた連中ががっかりして、もしかしたらいるかもしれないあんたを好きな人が悲しむだけ。でもそのうちの誰もが、生きてる限りご飯は食べるし息はするし明日のことを考える。ねえ、何が変わる?」
「…何?」
「別に、取替えが利くとかは思わないよ? あんたはあんたしかいないし、あんたみたいな奴は山ほどいたとしても、それはみたいな奴でしかないからね。でも、だからって、何?」

 ただでさえ見目がいいとは言えない顔が、見る見る青ざめる。これは、怒っているのか恐怖しているのかどっちだろう。
 別に、興味はないけれど。
 いい加減待つのにも飽きて、無駄に重いカタナを振り上げる。

「待っ――」
「待ったじゃん。十分」

 研ぎ澄まされた鉄のかたまり易々やすやすと切り込まれ、標的は、大量の血を噴いてやがて、それも収まって無様に命を失う。
 飛び道具も毒も選り取り見取りの環境で、わざわざ毎回ぎに出さなければならないカタナを選ぶには、単純な理由がある。

 殺したと実感できること。

 それを楽しみたいわけでは勿論もちろんなくて、殺人自体は好きでも嫌いでもない。
 ただの仕事で、そんなものに好悪をつけていれば疲れるだけだ。だからこれは、ただの目安。カレンダーをめくるようなもの、あるいは賞状や段位を数えるようなもの。

「あ。一個だけ訂正あったんだけど…ま、いっか。聞こえないし、今更」

 反論は、雇い主との関わり方について。使い捨てとして扱われている覚えはない。
 何しろあいつはいつもこの仕事をやめろとうるさくて、これ以外に向いているものがないのだと理解させるのにどれだけ苦労したか。しかも今なお完全にはわかってくれず、隙あらば他の職にかせようとする。馬鹿だ。

 そして、標的に言ったことは全て当然、自分の身にも返ってくる。
 こんなちっぽけな存在がなくなったところで、何も変わらない。けれどまあ、あの雇い主は、悲しんでくれるだろう。
 そう思うと少し、死を遠ざけようという気になる。

「あいつにそんなこと言ったら、まず殺しをやめろって言われるんだろうけど」

 人には向き不向きがあると、奴はいつ気付くだろう。 
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