地球と地球儀の距離

来条恵夢

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百物語 2006/2/6

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 鶴田ツルタ一人カズトは、映像にっていた。
 映画を撮りたいというのは前々から思っていたことで、進学先も、そういった専門学校に決めた。両親は、自分たちに似ず意思の強い少年に説得は無理と、さして反対もしなかった。
 選んだ以上は辞めるなよ、などと決まりきった台詞せりふも言わなかった。むしろ、息子がそんなことをするとは考え付きもしていない節がある。  

「よーし、そのままそのまま」  

 カメラの角度を選んで、固定する。
 高校生活の大半を費やしたバイトでためた、買ったばかりの何台目かのカメラだった。デジタルの方が何かと便利で安上がりなのはわかっているが、どうしても買ってしまった旧式だ。

「どうでもいいから早くしろー」
「なあなあ俺映ってる? ぴーす!」
「うわー、馬鹿だなお前。一人、絶対一生保存しとくぜ、これ。半永久的にさっきの間抜けなのが残るんだぞ?」
「フィルムって、そんなにもったっけ?」
「いや、無理だよ」
「でもお前、他のメディアに移すだろ」
「うん」
「いーもん、俺、懐かしむもんねっ、俺が有名になったらどっかに売り込んでもいいぞ」
「無理無理」

 車座になって、馬鹿話を続ける。一人を含めて四人、そこには居た。あとひとりが、まだ来ない。
 五人は、百物語を計画していた。言い出したのが誰だったか、今となっては思い出せない。おそらく、本人も意識していなかったような呟きがここまで膨らんだのだろう。
 「受験生の夏」というレッテルにも、いいかげん飽き飽きしていたこともあるだろう。
 模試に補習、勉強合宿。息抜きくらいほしくなる。
 そうやって、寮生は卓真タクマ壮太ソウタしか残らないというこの川端学園男子寮での怪談話と相成あいなった。カメラ回せば、と言い出したのは誰だったか。

「おっせーな、ナガレの奴」
「ま、仕方ないんじゃない? あそこの家、過保護らしいから」
「それ以前の問題の気もするけど…」
「あっ、なあなあ、知ってる?」
「知らない」
「そうやって話の腰折るなよなー、性格悪いよ、卓真って」
「あー、悪くて結構。善人だね、なんて言われるより嬉しいよ」
「卓真に善人だって言う奴なんていないよな。あ、坂下がいたか」
「うわ、やめろよ。あの勘違い女」
「勘違いって言うか、思い込みじゃねー? 時々さ、うっとり自分の世界入ってんの。いやー、怖かったな。あれは」
「それより、壮太、何か話しかけてなかった?」
「あー……うん、いいや。百物語始まったら言うことにする」
「え、何、怖い話?」
「んー、まあね」

 そこで、卓真の携帯電話が鳴った。それが「ルパン三世のテーマ」であることに、三人が爆笑する。お前らにこの良さがわかるか、と負け惜しみのように言って、二つ折りの電話を開く。  

『 ごめん、行けないかも。兄が帰ってきて放してくれない。あとで行けるようなら行くから、始めてて。 』

 没個性の字が並び、その下に流自作のナキウサギの小さな画像がついている。卓真は、文面を丸ごと読み上げた。三人は、そろって呆れのこもった溜息をついた。  

「なんだー、リュウ来れないのか」
「でも、行けるようなら行くってとこが流らしいな」
「友達んとこ泊まるとかってごまかせなかったのかなー。俺、結構楽しみにしてたのに。リュウの話って面白いからさー」
「無理だろう。橘さんとは家族ぐるみの付き合いらしいから、すぐばれるだろうし」
「他にそんな友達、いないしな」

 卓真の台詞に、再び溜息をつく。
 それをきっかけにして、壮太が職員室前のロッカーの上から拝借してきて取り付けた暗幕がしっかりと閉まっていることを視認し、卓真と一人、速人ハヤトが、車座の中央に並べていた不揃いの蝋燭ろうそくに火をつける。すぐに、壮太もそれに加わった。
 使い差しのものがほとんどで、長さ順に並べている。短いものから順に、吹き消すのだ。人数分の蝋燭をつけるだけにするか百本にするかで多少もめたが、結局は百本で落ち着いた。

「なんか、目がいてーな」
「ほんと、くらくらする。あっついしね」
「締め切ってるから」
「多分、酸欠になるわ眠いわで、幻覚見るんじゃない? 百物語ってさ、そういう落ち」

 それぞれが言うが、そこには、ある種の場ができていた。
 風はないが呼吸で揺らめく蝋燭と、その熱や匂い、炎に照らされて違った風に見える顔。飛び切りの舞台に、そう待たずに沈黙が訪れる。
 そうして、物語が始まった。

「それじゃあ、さっき話しかけたやつから。この学校、川端高校って言うだろ? それなのに学園長は田畑だし、川端康成に縁があるってわけでもない。由来は昔、この学校が二本の川に挟まれて中洲みたいな土地に立ってたかららしいんだ。でも、今はそんな川ないだろ? これは学校の土地が移転したからじゃなくて、枯れたからなんだ。俺の話は、まだ川があった頃。その頃は男子校で、馬鹿なこともいっぱいやってて、校舎の窓から川に飛び込む、なんてことも平気でやってたらしいんだ。川は深かったし、校舎も近かったから。でもあるとき、屋上から飛び込むなんて馬鹿なことをやった生徒がいた。夏で浅くなってて、おまけにそいつは酔っ払ってた。部室で隠れ飲んで酔ってたときに、友達にそそのかされたんだ。そそのかした友達は、そいつと女の子を取り合ってたって話。それで、そのまま…。ぎゃっ、って声が聞こえたって。多分、飛び降りて途中で正気になったんだろうね。むしろ水音は小さかったんだって。それから、校舎内を千鳥足の男子生徒が歩くようになったんだって。おまえかー、おまえが俺を殺したのかーって。その後何人も、屋上から川に飛び込んで死ぬ生徒が続発したってさ。立ち入り禁止にしても、どこからか入り込むんだよ。それが、頭を悩ました当時の校長がお祓いを頼んだら、ぴたりと止んだんだ。そして、川が枯れた。でも、今でも土砂降りの雨の日なんて、声が聞こえるって話だよ」

「…小学生で、四年か五年のときだった。放課後に適当にグラウンドで遊んで、帰ろうとしたら体育館が開いてるのに気づいた。別に、無視して帰りゃ良かったんだけど、なんか気になって。他の奴も呼ぼうと思ったら、もういなくなってた。で、のぞいてみたら……ありきたりだからあんまり言いたくないんだけど…おんなじくらいの年の奴が、自分の頭ついてたんだ。バスケットボールみたいに。学校の怪談とか、馬鹿にしてたけど、あれは怖かった。こう…ざあって血の気が引いて、足ががくがくしたけど、無我夢中で走って帰った」

「一時、カセットテープにCDダビングして、オリジナルテープ作るのにはまってたんだ、俺。明るい感じの曲、暗い感じの曲とかって、まとめて。何本も、そういうテープがあった。はじめは手持ちのCDを編集しただけだったんだけど、すぐにレンタルで片っ端から借りるようになって。そのうち、変なことが起きるようになった。とってるときは何ともないのに、テープを聞いたら変な間が入ってるんだ。はじめの方は、ああ、とるの失敗しちゃったな、と思ってたんだけど…どのテープとか関係なしに、俺が聞く本数分だけ、間が伸びるんだ。そのうち、音量上げても何も入ってないのかなって、テープはほとんどが使い回しだったから、伸びてて変に録音されてるのかもしれないと思って、音を上げてみたんだ。そうしたら、小さな女の子が歌ってるのが、入ってた。「風の谷のナウシカ」ってあるだろう、あれの中で主人公が歌ってたみたいな。でもあれは、ぞっとした。なんていうのかな…聴いてるだけで気が重くなるような感じで。今は、カセットは使わないようにしてる。作ってたテープも、捨てようと思ったけどほしがる奴がいたからあげた」

「妹が、うなされることがあったんだ。まだ小さくて、家族皆が同じ部屋で寝てたとき。少しして、風邪を引いたとか、ぐずってるとかだったらすぐに目を覚ますはずの母親が、身動きすらしないことに気付いた。起きるのは俺だけ。それで横でうなされてるから、一応起こそうとするんだ。だけど、妹の上らへんに白いものが浮かんでて、あれが戻るまで待たなきゃだめだ、ってどうしてか思ったんだ。そうしてるうちにまた眠っちゃって、何事もなく朝が来てた」

 壮太、速人、一人、卓真と時計回りに話していった。
 三順目あたりからどこかで聞いたような話になっていき、六順目ごろにはオチつかずのちょっと不思議かもしれない、程度の話になり、十順目を過ぎるころには壮太の独壇場と化していた。
 しかしそれも、八十話を超えると苦しくなってきた。明らかに、「えーと」「うーん」というつなぎの言葉が増えてくる。それでも、九十三話。
 九十四話目を言いそうで言えないという状態のときに、談話室の戸が開かれた。そこにも暗幕を張ってあったので、小さく悲鳴が上がる。少し暗幕がうごめいてから、六本の蝋燭が灯る室内に、五人目が現れた。
 場の空気に気付いて、ごめん、と口だけ動かして、一人と卓真が詰めた場所に座る。四人ともが、わずかに顔をほころばせているものの、目線で、話をするよううなgした。

「鏡。小さい時、家にきれいな鏡があったんだ。丸い手鏡なんだけど、細工がってて。多分、どこかの職人が造ったものだったんだと思う。かなり古いもの。今にしてみればそんなに大きかった、というわけでもないと思うんだけど、当時は小さかったから、すごく大きな鏡なんだ、と思ってた。顔が全部映って、それに…今になって考えるとおかしいんだけど、少し離すだけで、全身が映って見えた。お気に入りだったけど、家の物置に入れられてて、滅多なことじゃ触らせてもらえなかった。それが、小二くらいの時かな…たまたま物置の予備のかぎが手に入って、しょっちゅう入り込んでは遊んでた。鏡以外にも、珍しいものがたくさんあったから、絶好の遊び場だったんだ。中でも鏡は、何度も取り出して見てた。見るたびに鏡に映る全身像は小さくなって、まるでカメラを引いたみたいに見えたんだけど、あんまり不思議には思わなかった。そういうものなんだって、思ってた。代わりに、鏡の半分くらいのところに知らない人が映るようになってた。和服の男の人で、私が小さくなるにつれて、その人は大きくなるみたいだった。あるとき、アルバムの整理をしてたら古い写真があって、そこに鏡に映ってた男の人がいた。服は違ってたけど、絶対に同じ人。一枚だけだったけど、多分先祖の人か何かだろうと思って、父に訊いたんだ。あの人は、真っ青な顔で知らない、って言った。次の日学校から帰ったときには、物置のかぎは取り替えられてた」

 淡々と、記憶を探り出すかのような口調で、三話を話しきる。百話目を語り終えると、流は最後の蝋燭を吹き消した。立ち込めた闇が訪れる。 
 誰かがつばを飲んだ音や、衣擦きぬずれの音がする。

「いち」

「に」

「さん」

「よん」

「ご」

 沈黙を挟んで、誰かが噴き出した。一斉に、五人が大爆笑する。そしてそれに追い討ちをかけるように、「ルパン三世のテーマ」が鳴り響いた。

「あー、もうだめ、俺。なんか来るなんか来る、ってフインキなのに、何にもないしさー。ルパン鳴るし」
「そうそう、最後の方異様だったしね。緊張感ありすぎて。最後の話が怖かったら、パニックになってたんじゃないかと思うよ」
「得体の知れない怖さがあったぜ、最後」
「怖かった? 不思議な話だなあ、って思ってたんだけど」
「どうでもいいから灯りつけてくれ。ケータイの位置がわからない」
「光ってないの?」
「ああ。手元においてた筈なんだけど…上に何か乗ってるのかも」
「あはは、ゼッタイそれが妖怪だよ、決まり。カズ、タクの手元照らして。何かいるからさー」
「馬鹿。一人、とにかく頼む」
「うん、探してるんだけど…誰か、先にカーテン開けてくれる?」

 カーテンレールのきしる音がして、消し炭の濃闇からほの明るい薄闇に変わる。
 あった、と一人と卓真が揃って声をあげた。  

「…今、誰か立った?」
「…それって、結構離れわざだと思うんだけど、俺。全員座ってない?」

 ぎくりと、五人が顔を見合わせた。

「…っわーっ!」

 五人が我先に飛び出していった後の部屋で、暗幕は次々に開けられていった。
 そして薄闇の中には、携帯電話の着メロ特有の音で「ルパン三世のテーマ」が流れ、明滅する携帯電話の上には奇妙な物体が浮かんでいた。
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