地球と地球儀の距離

来条恵夢

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遊びに来たよ 2004/1/31

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「ぉーいぃ、あけろぉー」
「…」

 寝入りばなに、何の遠慮も配慮もないドアの連打。
 ユキは、隣近所からの苦情を考えて、どうにか玄関まで自分の体を引きって行った。

「ぉーいぃ…」
五月蠅うるさい。今何時だと思ってるんだ、馬鹿者」
「ぁははははー。ゆきちゃん怒ってるー」
「…大馬鹿者」

 にへらと笑いながら、酒臭い体がしなだれかかってくる。溜息をついて、雪はとりあえず、姉を部屋に引き入れた。
 そうして、即座に鍵を閉める。何しろ、物騒極まりない世の中だ。昔は鍵なんてそう頻繁に掛けなくて良かったのにねえ、と言う母も、今では田舎の家に鍵を掛けて暮らしているらしい。

 真っ直ぐに歩けない姉に肩を貸して、なんとか寝室まで運ぼうとする。ところが、姉は嫌がって、居間を目指した。
 居間を入れて三部屋と、台所と風呂とトイレ付き。それを何LDKと言うのかは知らないが、姉弟の二人暮らしにはこれでも足りると、雪は思っていた。

「飲むのー。ちゅーはいとってー」
「はいはい」

 こたつに張り付いて離れようとしない姉に適当に肯いて、冷蔵庫から炭酸入りのジュースを出す。酔っ払っていると判らないものらしい。

「あー! ゆきちゃん、いやなかおしてるー! いいじゃんー、ちょっとくらい遊びにきたってー! アタシだっていきぬきほしいのよー」

 姉の中で、この一年間はなかったことになったらしい。
 雪は今大学の三年で、姉はもう働いている。姉の転勤先がこちらに移って、去年からは少し大きめの部屋を借りて、同居している。それまでも頻繁に遊びに来ることのあった姉は、確かに、今日のように突然押し掛けることもあった。 

「それにぃ、ゆきちゃん、アタシが遊びに来ると笑うもんー」
「え?」

 姉は嫌いではないが、迷惑に思うことも多い。それなのに何を言う、と、雪は反射的に顔をしかめた。
 姉は、もうほとんど目を閉じて、寝言のようにして喋っていた。

「困ったみたいにわらうのー。すっごくかわいくて、やさしくてぇ。かぞくでよかったっておもうのー…」
「…大馬鹿大王め」

 苦笑して、ほとんど寝入ってしまった姉の手から、プルトップもあけられていないジュースの缶を、そっと取り上げる雪だった。
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