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どうして 右 2003/11/14
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リーレットが予定よりも随分と早く家に帰ると、先客がいた。それは、鍵がかかっていることで判った。
外からかけられる鍵が発明されるのは、もう少しだけ後のことになる。だから、鍵がかかっていることは、内部に誰かがいて尚且つ、他者を入れたくないということなのだ。
強盗かもしれない、ということをちらりと考えたが、中から女の笑い声が聞こえたことで否定された。親しい友人でも来ているのかと、リーレットは踵を返しかけた。
「全く馬鹿だよ、あの子は」
「なんてったっけ? リラット?」
「やだ、ちがうよ。まあ、似たようなもんだけどね」
聞こえてきた会話に、自分のことが言われているのかと、思わず足を止めた。立ち聞きはいけないと判ってはいたが、気になって仕方がなかった。
「まさか、あんな上玉を手懐けるとはな。どんな手を使ったんだ?」
「何も」
「何もってこたあないだろう、おい」
「少し優しくしてやっただけだよ。それだけさ」
「なんだって?」
「雨に濡れてたところをうちに入れてやって、食事をやった。それだけで、自分からなんでもやるって言い出したんだよ」
「そいつはなんていい話だ。いいねえ、俺もそんなのにあやかりたいや」
「もうあやかってるだろう。あんたの飲んでる酒は、誰の財布から出てるんだい?」
「ちがいねえ」
くだけ切った、男女の声。
リーレットは、凍りついたようにそこに立ち尽くしていた。
優しい女。リーレットは、そこに、知りもしない母を見ていた。もしもいればこんなふうだっただろうかと、甘い夢を見ていた。
暗殺術を仕込まれ、それなのにその仕込んだ側が政敵に潰され、一人はぐれたリーレットには、行くところがなかった。優しい手を差し伸べてくれた「母」のためにその術を使うのに、躊躇いはなかった。
それなのに、それなのに。
「馬鹿、か」
呟く声は、中には聞こえないだろう。
一度だけ扉を見据えて、背を向けた。中の二人を殺すことも考えたが、その必要もないと思えた。
「利用したのは、私も同じだ」
リーレットとしては真実を口にしたつもりだったが、実際には、自分に言い聞かせているだけでしかなかった。殺さないのも、それはあまりに哀しすぎるから。それなのに、そのことにも気付かない。
どうして、と、リーレットは応えのない問いを自分に向けた。
どうして、私は母や父のいる、あたたかいところに生まれなかったのだろう。どうして、それを求めてしまうのだろう。
再び一人に戻ったリーレットは、暗殺に使う数点の道具と中身の少ない財布だけを持って、行く宛てのない旅路に就いたのだった。
外からかけられる鍵が発明されるのは、もう少しだけ後のことになる。だから、鍵がかかっていることは、内部に誰かがいて尚且つ、他者を入れたくないということなのだ。
強盗かもしれない、ということをちらりと考えたが、中から女の笑い声が聞こえたことで否定された。親しい友人でも来ているのかと、リーレットは踵を返しかけた。
「全く馬鹿だよ、あの子は」
「なんてったっけ? リラット?」
「やだ、ちがうよ。まあ、似たようなもんだけどね」
聞こえてきた会話に、自分のことが言われているのかと、思わず足を止めた。立ち聞きはいけないと判ってはいたが、気になって仕方がなかった。
「まさか、あんな上玉を手懐けるとはな。どんな手を使ったんだ?」
「何も」
「何もってこたあないだろう、おい」
「少し優しくしてやっただけだよ。それだけさ」
「なんだって?」
「雨に濡れてたところをうちに入れてやって、食事をやった。それだけで、自分からなんでもやるって言い出したんだよ」
「そいつはなんていい話だ。いいねえ、俺もそんなのにあやかりたいや」
「もうあやかってるだろう。あんたの飲んでる酒は、誰の財布から出てるんだい?」
「ちがいねえ」
くだけ切った、男女の声。
リーレットは、凍りついたようにそこに立ち尽くしていた。
優しい女。リーレットは、そこに、知りもしない母を見ていた。もしもいればこんなふうだっただろうかと、甘い夢を見ていた。
暗殺術を仕込まれ、それなのにその仕込んだ側が政敵に潰され、一人はぐれたリーレットには、行くところがなかった。優しい手を差し伸べてくれた「母」のためにその術を使うのに、躊躇いはなかった。
それなのに、それなのに。
「馬鹿、か」
呟く声は、中には聞こえないだろう。
一度だけ扉を見据えて、背を向けた。中の二人を殺すことも考えたが、その必要もないと思えた。
「利用したのは、私も同じだ」
リーレットとしては真実を口にしたつもりだったが、実際には、自分に言い聞かせているだけでしかなかった。殺さないのも、それはあまりに哀しすぎるから。それなのに、そのことにも気付かない。
どうして、と、リーレットは応えのない問いを自分に向けた。
どうして、私は母や父のいる、あたたかいところに生まれなかったのだろう。どうして、それを求めてしまうのだろう。
再び一人に戻ったリーレットは、暗殺に使う数点の道具と中身の少ない財布だけを持って、行く宛てのない旅路に就いたのだった。
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