地球と地球儀の距離

来条恵夢

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その後の小さな英雄 2003/11/30

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「後悔なんてしない。俺が俺である限り、後悔することなんてない」

 ――その言葉を聞いた者は、ごく少数。聞き損ねた者も、少数。 
 それが、多くの者にとっては、脅威が終焉を告げた日だった。――


「あ―…さすがに弱ってきてるなー」

 ぽつりと、少年は他人事のように呟いた。

「えーっと、あとどれくらいもつんだっけ?」

 自問して、首を傾げる。腕の確かな占者に占ってもらったはずだが、あまりよく覚えていない。
 それでなくても、このところ、記憶の劣化や損傷が激しい。水に濡らしてしまった羊皮紙のように、あちこちがぼやけている。

 少年は、森の中にいた。
 深い森で、近隣では「悪魔の森」として恐れられている。先の大魔王復活の折に出現した魔物が、未だ棲みついているのだと。

「どうせ死ぬなら剣をもって、と。サーシャの台詞だったかなあ、これは。リズだっけ? …ザーシス、ではないよなあ…?」

 また呟いて、少年は剣を引き抜く。大分森を進んだが、前方に大きな力の気配を感じる。記憶はあてにならなくても、まだ五感が使えることに密かに安堵していた。
 少年は、今や世界を救った英雄だった。
 大魔王を倒し、歓喜をもって迎えられた英雄。
 しかし、知る者は少ないが、倒れる寸前の魔王の呪いを受け、余命は数えられるほどとなっている。

「ありゃー。俺としては、もっとよわっちいの希望だったんだけどな。戦いで死ぬなんて冗談じゃない。俺はひっそりこっそり死にたいんだ」

 姿を現した魔物を前に、明るく、妙な宣言をする。
 魔王を倒す途上で死んでいった仲間に対しても、生き残ってそれぞれ国の要職に就いた仲間たちに対しても。華々しく死んでしまったりしては、申し訳ないではないか。
 「英雄」は、既に語り継がれることが決まっているのだ。これ以上、綺麗なオチをつけて仲間たちを霞ませてなるものか。いささか捻じ曲がった決意を、少年はしている。

 だから、ここでは死ねない。
 きっといつか、この森の魔物を殺しに誰かが来るから。そのとき、自分の存在を示すものがあれば、見下されるならまだしも、勝手に伝説に付け加えられてしまいそうだ。

「てことで俺、まだ死ねないから。悪いけど、勝つよ」

 不適に、笑う。

「…後悔なんて、ぜってーしてやらねー」

 ――「英雄」が死んだのは、大魔王を倒した一年の後だった。
 街中の宿で絶命した顔は苦悶に彩られていたが、国は、そのことは内密に、ただ、大掛かりな国葬を行った。

 そして英雄の偉業は、ながく語りがれていった。
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