地球と地球儀の距離

来条恵夢

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放課後のこと 2003/11/28

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「隠したの、川名って子だよ」
 ――はあ。
「あそこ、掃除用具入れの裏の隙間にある」
 ――それはそれは。
「ちょっと、聞いてるのー?」
 ――聞こえてますよ、厭でも。
「なんとか言いなさいよね。揉めてるんだから、言ってあげたら?」
 ――いや。そんなこと言われても、余計に話ややこしくするだけだと思うんだけど。だってフツウ、そんなこと知ってるなんてことないんだし。

 良くて超能力者、悪くて実行犯。何扱いされるにしても、ちょっと偶然やたまたまで済ませてもらえそうにはない。
 海晴ミハルはそう思うのだが、彼女の前で地上から二十センチほど浮いている「人物」はそうは思わないのか、ひっきりなしに海晴をせっついて来る。
 怒鳴りつけたい気分だが、そんなことをしても変人扱いだろう。
 あーあ、と、海晴は盛大に溜息をついてほうきを握り締めた。
 一応掃除の時間であるはずの放課後だが、現在この教室で掃除をしようとしているのは、どうやら海晴一人。他は、掃除当番でない者が残って何かしているか、掃除どころでない人が数名。
 要領のいい何人かは、空気が悪いと察して、早々に掃除は放棄して帰ってしまった。残された海晴は、つまり要領が悪いということになる。

「やだもう、最悪っ! 誰よ、盗ったの!」

 やたらと傷んだ中途半端な長さの髪をした土井緑は、怒りながら、教室に残っている面々を睨みつけた。
 本気なのか八つ当たりなのかは知らないが、実は的を射ている、と知っているのは、海晴と川名杏子のみ。少なくとも、生きている者では、そのはずだ。

「ねえ、何もしないなら、帰れば?」
「…掃除は?」
「いいじゃんそんなのッ、鬱陶しいから帰ればっ!」

 思わず口に出していたらしく、思いがけず土井に睨みつけられ、おおっと、と口の中でだけ呟いて、体を小さくした。
 どうしても掃除がしたいわけでもなく、海晴自身帰りたいのだが、土井が邪魔で掃除用具を仕舞いに行けない。
 そもそもが少しばかり苦手な相手だというのに、ヒステリー気味な土井には、正直近寄りたくなかったのだ。しかしそれが、逆効果だったらしい。
 八つ当たり標的と定めたのか、土井は海晴目掛けて迫ってきた。

「あららー。どうするの?」
 ――こっちが訊きたいよ。どうしよう?

 自分にしか聞こえない声に心の中でだけ返事を返して、海晴は気を重くしながら目の前に「到着」した土井を見やった。 
 しかしそこで、救いの神が登場した。

「あー、まだこんなとこいた、三沢サン! 来てくれなきゃ練習始めらんないよー。カバン、これ? ほら行くよ」
「え。いや、あのさ―…」
「何持ってんの。えーっと、土井さん…だっけ? ごめん、これ戻しといてくれる?」

 呆気にとられて硬直している土井に箒を押しつけると、最早もはや諦め気味の海晴の腕を掴んで、少年は教室を後にした。少年と海晴が出ていくと、教室には、期ぜずして揃った溜息の音が聞こえた。

「あのさー、腕離してくれない?」
「やだ」
「やだってねえ…。歩きにくいんだけど、すっごく」
「自業自得」
「…どこが」

 先ほど、一方的に話しかけてきていた少女とは別の意味で疲れる相手に、海晴は深深と溜息をついた。カバンも持つと言ったのだが、渡してくれない。
 そうやって部室まで到着すると、机の上にカバンを置いて、「で?」と言った。

「今度は何?」

 期待するような瞳に見つめられ、海晴は居心地悪げに目を逸らした。エサか散歩をねだる小犬とでも言えばいいのか、高校生にもなって、これほどに無邪気で愛くるしい少年というのも珍しい。
 嫌いではないが、いくらか苦手ではある。

「…掃除、手間取っただけ」
「本当に? また何か見たか聞いたかしたんじゃなくて?」

 そしてこの少年は、おそらくは唯一の、海晴の特異能力の理解者でもある。大抵の人には見えないものを見聞きするという、海晴の能力の。
 しかしこれ以上話を広げる気にもなれず、海晴は目をらしたまま、こくりと頷いた。

「うん」
「嘘だ」

 間髪入れず。
 じいっと、大きな目で見つめられて、逸らしようもなくて、海晴はもう一度、溜息をついた。
 こうして、事を洗いざらい話す羽目になったのが、今まで何度あったことか。

「ふうん」

 話を聞いて少年は、そうもらした。それだけで、「じゃあ始めようか」と海晴に向き直る。

「聞くだけ聞いてそれ?」
「まさか。帰るときに、教室寄って机の中にでも移しとけばいいでしょ…って、あれ? 今の。幸子サン?」
「あったりー」
「ねえ、どうなの、三沢サン」

 ごくまれにだけ聞こえる、という耳の持ち主に対して、とりあえず海晴は、肯定の意を表わすべく頷いた。
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