地球と地球儀の距離

来条恵夢

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昔日に向かう 2003/4/23

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「食わねえのか? へばってもしらねえぞ?」

 三十前後ほどの体格に恵まれた男は、軽い調子でそう言って炒め物の皿を連れの前に押し出した。
 連れは、立つと男とは頭の一つや二つ分は身長が違うだろう。まだ十代に見える少年だった。
 少年は、鋭い目つきで男を睨みつけた。

「それどころじゃないだろう」
「飯食うよりも大切なことなんて、そうないぜ? 何をするにも、食って寝てなきゃ動けねえって」

 肉団子の揚げ物を口に放り込んだ男を、少年がますます険しい顔つきで睨みつける。

「お前、状況を判っているのか?」
「判ってなきゃ、こんなとこいねえっての」
「よく平気でいられるな。つぶされた小国の末の王子なんて押し付けられて、よくもまあ」

 ふっと、力が抜けたように遠くを眺めて言う「王子」に、男は口の端を持ち上げて笑った。

「平気なんかじゃないさ。親父を目の前で殺されて、ずっと育った家屋敷も全部燃やされたんだぜ? でもな、いかにも「つらいんです」ってなカオしてみな? 完璧だろ」
「は?」
「完璧につらい人。冗談じゃないっての。人から同情を買うためならともかく、自分が自分を哀れんでどうするよ? 逆だ。がわだけでも明るくしなきゃもたねえよ」

 もうひとつ肉団子をつまんで、口に放りこむ。
 少年は、しばし唖然と男を見つめていたかと思うと、はしをつかんで皿に伸ばした。そんな様子を見て、男は微笑した。

 国に住む者は一人残らず顔見知りと言っても言えないほどでないほどに小さい国だったが、一応、少年は主君直系の子だった。国が滅ぼされ、三人いるうちの二人の兄も生き延びているとはいえ、男にはうやまうべき対象だった。
 それでも敬語を使いもしないのは、男自身、国や家族など一切合財を失った混乱があることも確かだが、少年の兄である第一王子と友人付き合いをしていて、少年のことを生まれたときから知っていたためでもあった。
 己の命と引き換えに少年を託した友人と父のためにも、男にはここで立ち止まるつもりはなかった。
 王家の復興を目指すことは望まなくても、追っ手から逃れて平穏な生活を。せめてそれだけが、男にできることだった。

「そうそう、食えるときに食っとけ。何が起きるかわかんねえんだからな」
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