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晴れのち…はてな? 2002/11/30
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――ええと。どうしよう。
柾基は、戸惑っていた。どうも、今日一日でそれなりに大きな人生の岐路をやり過ごしていった気がする。
その一。本命の大学受験。
まあこれは、ずっと前から判っていたことで、準備だってしてあった。どんな結果が出たところで、それ以上は望めないという結果であることは確かだろう。
それはいい。
その二。父の再婚。
この歳になればもう、息子といえど、あまり口を出すことではないだろうと、柾基は思っている。よほど相性の悪い人でない限り、それなりにうまく行くだろう自信もある。
しかしいくらなんでもそれを、今朝言うか?
一人息子の受験日に、トーストをかじりながらあっさりと、「今日入籍するから」と。柾基はまだ、義母の顔すら知らない。その名前すら聞いていない。
その上。
その三。振られたところを、義理の弟に見られた。
去年から付き合い出した彼女に、何故か試験の後で別れようといわれ、理由を訊くと、涙目で睨み付けられ、「馬鹿っ、もう顔も見たくないっ」と、言い逃げされ。
そのとき見知った顔と目が合い、見られた、と思った瞬間に。
『兄さん、振られたの?』
見知った顔が、直接の面識はないものの後輩であることに気付くまでにまず間があり、更に「兄さん」というのが一般的なものではなく、どうも家族としてのもらしいと理解するまでに膨大な間と、本人からの説明があり。
今に至る。
「びっくりした。まさか話してないなんて思わなくて」
色素が薄くて茶色っぽく見える眼が、苦笑をたたえて細められる。毛糸の帽子の下からのぞく髪も、同様に茶系統の色に見えた。
ありふれたダッフルコートを着ているだけなのに、どこかヨーロッパあたりの血をひくモデルのようにも見える。
「あ、突然兄さんって呼んじゃったけど、よかった? 名前の方がいい?」
「いや、どっちでもいいけど」
基紀と名乗った少年が、くすりと微笑する。
柾基がこの少年を知っていたのは、今年の三年生を追い出す会の劇に、彼が役者として参加していたからだった。喜劇仕立ての物語の中で、常に笑顔で混乱を誘う天使役。
女子の反応が物凄かったのを覚えている。
「嵯峨たちに聞いたのと印象が違うけど…俺や母さんのこと、怒ってる?」
「いや。ちょっと、突然すぎて」
嵯峨というのは、柾基の部活の後輩のことだろう。そういえば、部の追い出し会で例の天使と同じクラスだと言っていた気がする。
寒風吹きすさぶ中、柾基は混乱していた。――いや、今、人生の岐路と神の采配なんて考えても仕方ないし。
変に転がる思考回路を整理しようと、奮闘してみる。
「あのさ、こっちに転校してきたの、三学期入ってからだって聞いたんだけど。それって、再婚のせい? 残ろうとかは思わなかったのか?」
「ああ、それ? うん、再婚のせいもあるけど、あのままあそこにいたら、誰か殺してそうだったし」
――えーっと。
冗談なんだろうか、本気なんだろうか。っていうかなんだよそれ、その状況。いじめにでもあってたのか? でもいじめられそうな性格にも見えないんだけど。
結局、混乱の度合いを深めただけだった。
「ねえ、場所変えない? 寒いのってあんまり好きじゃなくて」
「ああ…喫茶店とか?」
「家に帰ればいいんじゃないの? え? これも聞いてないの?」
「…だから俺、今朝入籍するって聞いたばっかなんだって」
しみじみと、父が恨めしい。基紀だって、わざとやっているわけではないのだ。
「今日、引越しなんだよ?」
「…うそだろ?」
「ほんと。荷物届くの、夜だけど。お父さんの友達が運んでくれるって。それで、とりあえず俺だけ先に兄さんに会いに行っとけばって言われて。…言ったの、お父さんだよ?」
「………親父」
深深と、溜息をつく。一体、何をさせたかったのか。何をしたかったのか。
「…まあ。じゃあ。行くか? ここにいても仕方ないし」
「うん。ところで兄さん、どうして振られたの?」
「俺がききたい…」
何か、初対面なのになじんでいる自分を自覚していた。
こうして、柾基には家族が増えた。
しばらくの間、柾基の父を見る目が氷点下以下だったというのは、余談の範疇だろう。後日、四人家族が揺るぎ無い日常になった後に、照れ臭かったのだと告げられるが、柾基には迷惑以外の何物でもなかった。
柾基は、戸惑っていた。どうも、今日一日でそれなりに大きな人生の岐路をやり過ごしていった気がする。
その一。本命の大学受験。
まあこれは、ずっと前から判っていたことで、準備だってしてあった。どんな結果が出たところで、それ以上は望めないという結果であることは確かだろう。
それはいい。
その二。父の再婚。
この歳になればもう、息子といえど、あまり口を出すことではないだろうと、柾基は思っている。よほど相性の悪い人でない限り、それなりにうまく行くだろう自信もある。
しかしいくらなんでもそれを、今朝言うか?
一人息子の受験日に、トーストをかじりながらあっさりと、「今日入籍するから」と。柾基はまだ、義母の顔すら知らない。その名前すら聞いていない。
その上。
その三。振られたところを、義理の弟に見られた。
去年から付き合い出した彼女に、何故か試験の後で別れようといわれ、理由を訊くと、涙目で睨み付けられ、「馬鹿っ、もう顔も見たくないっ」と、言い逃げされ。
そのとき見知った顔と目が合い、見られた、と思った瞬間に。
『兄さん、振られたの?』
見知った顔が、直接の面識はないものの後輩であることに気付くまでにまず間があり、更に「兄さん」というのが一般的なものではなく、どうも家族としてのもらしいと理解するまでに膨大な間と、本人からの説明があり。
今に至る。
「びっくりした。まさか話してないなんて思わなくて」
色素が薄くて茶色っぽく見える眼が、苦笑をたたえて細められる。毛糸の帽子の下からのぞく髪も、同様に茶系統の色に見えた。
ありふれたダッフルコートを着ているだけなのに、どこかヨーロッパあたりの血をひくモデルのようにも見える。
「あ、突然兄さんって呼んじゃったけど、よかった? 名前の方がいい?」
「いや、どっちでもいいけど」
基紀と名乗った少年が、くすりと微笑する。
柾基がこの少年を知っていたのは、今年の三年生を追い出す会の劇に、彼が役者として参加していたからだった。喜劇仕立ての物語の中で、常に笑顔で混乱を誘う天使役。
女子の反応が物凄かったのを覚えている。
「嵯峨たちに聞いたのと印象が違うけど…俺や母さんのこと、怒ってる?」
「いや。ちょっと、突然すぎて」
嵯峨というのは、柾基の部活の後輩のことだろう。そういえば、部の追い出し会で例の天使と同じクラスだと言っていた気がする。
寒風吹きすさぶ中、柾基は混乱していた。――いや、今、人生の岐路と神の采配なんて考えても仕方ないし。
変に転がる思考回路を整理しようと、奮闘してみる。
「あのさ、こっちに転校してきたの、三学期入ってからだって聞いたんだけど。それって、再婚のせい? 残ろうとかは思わなかったのか?」
「ああ、それ? うん、再婚のせいもあるけど、あのままあそこにいたら、誰か殺してそうだったし」
――えーっと。
冗談なんだろうか、本気なんだろうか。っていうかなんだよそれ、その状況。いじめにでもあってたのか? でもいじめられそうな性格にも見えないんだけど。
結局、混乱の度合いを深めただけだった。
「ねえ、場所変えない? 寒いのってあんまり好きじゃなくて」
「ああ…喫茶店とか?」
「家に帰ればいいんじゃないの? え? これも聞いてないの?」
「…だから俺、今朝入籍するって聞いたばっかなんだって」
しみじみと、父が恨めしい。基紀だって、わざとやっているわけではないのだ。
「今日、引越しなんだよ?」
「…うそだろ?」
「ほんと。荷物届くの、夜だけど。お父さんの友達が運んでくれるって。それで、とりあえず俺だけ先に兄さんに会いに行っとけばって言われて。…言ったの、お父さんだよ?」
「………親父」
深深と、溜息をつく。一体、何をさせたかったのか。何をしたかったのか。
「…まあ。じゃあ。行くか? ここにいても仕方ないし」
「うん。ところで兄さん、どうして振られたの?」
「俺がききたい…」
何か、初対面なのになじんでいる自分を自覚していた。
こうして、柾基には家族が増えた。
しばらくの間、柾基の父を見る目が氷点下以下だったというのは、余談の範疇だろう。後日、四人家族が揺るぎ無い日常になった後に、照れ臭かったのだと告げられるが、柾基には迷惑以外の何物でもなかった。
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