深紅に浮かぶ月

来条恵夢

文字の大きさ
上 下
27 / 64
第四章

6

しおりを挟む
「俺はまあ、つゆ払いってとこだから。いろいろはっきりしたら、さすがにある程度の戦力は出てくると思うぜ?」
「それまで、たった一人で? 大勢で動いたほうが被害も少ないだろ? 上は下がどうなってもいいのか!?」
「まあ…あっちにはあっちでいろいろと決まりとか都合があるんだけど…極力人界には関わらない、とか」
潦史ラオシ。お前、それでいいのか」
 言葉にまり、潦史は一度、つばを飲み込んだ。いい、と断言できるなら、どれだけ気が楽になるだろう。
「俺にどうこうできることじゃない。言うだけ言って何もできないのがいやで、この役目を買って出たようなもんだし。それに…」
 言ったものか迷ったが、史明シメイ眼差まなざしに気圧けおされる。
「…妹がいるって、言っただろ。一回、あいつがやまいで死にかけたことがあった。そのときに…天界の薬を持ち出した。本当はそのとき、追い出されても仕方なかったんだ。それでもいさせてくれたことに…恩は感じてる」
 視線をらしそうになるのを必死で押さえ、史明を見つめる。史明は口を開き――息だけを、呑み込んだ。そして、何かをあきらめたような笑みをひらめかせた。ほんの刹那せつなで、確かに目にしたはずの潦史でさえ、見間違いかと思うほどの、一瞬。
 そうして、ヒラクを見遣る。
「お前、誓直子のこと知ってたっけ?」 
「名前だけは、どこかで聞いた気がする」 
 本当に名前しか知らないらしいヒラクに、潦史と史明は手短に行状ぎょうじょうなどを話した。先ほどの気まずさを払うように、妙に解説に力がこもる。 
 ヒラクは、不思議そうに首をひねった。 
「そいつ、なんで死ななかったんだ? 地界チカイってとこ、死ねばそこであえたんだろ?」 
「知らなかったか、気づかなかったかもしれない。ただ…あの人の言ったことが当たってるなら、あの人を失って悲しいんだってことすら、気付いてなかっただろうな。だから、そんな発想自体がなかっただろうと思う」 
「それって――俺みたいだ」 
 小さく、ヒラクはつぶやいた。潦史と史明は、表情に困って顔を見合わせる。互いに、戸惑とまどったかおをうつし出す。 
「俺も、知らなかった。なんにも。さみしいってことも、かなしいってことも」 
「今はそうじゃないだろ」 
 こちらも呟くように言い、それまでの呟きを無視するように、潦史は言葉をいだ。 
「直子は一度死んだ。締歌に妖魅を引き入れて、その引き入れた報酬代わりかのように、惨状を見届けた後に体を投げ出してる。――ああ、これが自殺だったのかもな。でもその魂は、あまりに人々におそれられ、力を持ちすぎていて神になってしまった」 
 これには、史明も怪訝けげんな顔をした。そんな二人に、潦史は皮肉ひにくめいたみを向ける。 
「神ってのは二種類いる。一つは、自然発生の、生まれながらの神。これは、知識を始めからある程度持っていて、その大本おおもとになるもの――星神なら星、太陽神なら太陽っていったものがなくならない限り、基本的には死ぬことはない。死んでも、全く同じではないにしても、何度でもよみがえる。もう一つは、人間。こっちは、多くの人に知られていて、何らかの力を持っている者が、半ば強制的に押し上げられる。ついでにいうなら、仙人は一応は人のままだし、さっきいた結花ユイカなんかは、未成熟な天然神みたいなもんかな。だから神ってのは、なりたくてなるもんでもなれるもんでもないんだ。――すっかり、朝だな。寝そびれた」 
 今や真っ青に染まった空を見上げて、潦史は言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。

春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。 それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

恋猫月夜「魂成鬼伝~とうじょうきでん~の章」

黒木咲希
ファンタジー
これは『感情を欲した神に人生を狂わされる2匹の猫(猫又)の物語──』 猫又の薙翔と寧々は、百年という長い時間悪い人間の手によって離れ離れとなっていた。 長い月日の中二人は彷徨い歩き ついにあやかし達が営む商店街にて再会が叶い涙ながらに喜ぶ二人だったが そんな中、過去の恐ろしい体験による心の傷から寧々に対して 、寧々を生涯大切に愛し続けたい気持ちと寧々のすべてを欲するあまりいっその事喰らってしまいたいという欲 この相反する2つの感情に苦しむようになってしまう薙翔。 いずれ寧々を喰らってしまうのではないかと怯える薙翔にこの世界の最高位の神である竜神様は言う。 『陰の気が凝縮された黒曜石を体内へと埋め、自身の中にある欲を完全に抑えられるように訓練すればよい』と。 促されるまま体内へと黒曜石を埋めていく薙翔だったが日に日に身体の様子はおかしくなっていき…。 薙翔と寧々の命がけの戦いの物語が今幕を開けるー

処理中です...