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第四章
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「俺はまあ、露払いってとこだから。いろいろはっきりしたら、さすがにある程度の戦力は出てくると思うぜ?」
「それまで、たった一人で? 大勢で動いたほうが被害も少ないだろ? 上は下がどうなってもいいのか!?」
「まあ…あっちにはあっちでいろいろと決まりとか都合があるんだけど…極力人界には関わらない、とか」
「潦史。お前、それでいいのか」
言葉に詰まり、潦史は一度、唾を飲み込んだ。いい、と断言できるなら、どれだけ気が楽になるだろう。
「俺にどうこうできることじゃない。言うだけ言って何もできないのが厭で、この役目を買って出たようなもんだし。それに…」
言ったものか迷ったが、史明の眼差しに気圧される。
「…妹がいるって、言っただろ。一回、あいつが病で死にかけたことがあった。そのときに…天界の薬を持ち出した。本当はそのとき、追い出されても仕方なかったんだ。それでもいさせてくれたことに…恩は感じてる」
視線を逸らしそうになるのを必死で押さえ、史明を見つめる。史明は口を開き――息だけを、呑み込んだ。そして、何かを諦めたような笑みをひらめかせた。ほんの刹那で、確かに目にしたはずの潦史でさえ、見間違いかと思うほどの、一瞬。
そうして、ヒラクを見遣る。
「お前、誓直子のこと知ってたっけ?」
「名前だけは、どこかで聞いた気がする」
本当に名前しか知らないらしいヒラクに、潦史と史明は手短に行状などを話した。先ほどの気まずさを払うように、妙に解説に力がこもる。
ヒラクは、不思議そうに首をひねった。
「そいつ、なんで死ななかったんだ? 地界ってとこ、死ねばそこであえたんだろ?」
「知らなかったか、気づかなかったかもしれない。ただ…あの人の言ったことが当たってるなら、あの人を失って悲しいんだってことすら、気付いてなかっただろうな。だから、そんな発想自体がなかっただろうと思う」
「それって――俺みたいだ」
小さく、ヒラクは呟いた。潦史と史明は、表情に困って顔を見合わせる。互いに、戸惑ったかおを映し出す。
「俺も、知らなかった。なんにも。さみしいってことも、かなしいってことも」
「今はそうじゃないだろ」
こちらも呟くように言い、それまでの呟きを無視するように、潦史は言葉を継いだ。
「直子は一度死んだ。締歌に妖魅を引き入れて、その引き入れた報酬代わりかのように、惨状を見届けた後に体を投げ出してる。――ああ、これが自殺だったのかもな。でもその魂は、あまりに人々に畏れられ、力を持ちすぎていて神になってしまった」
これには、史明も怪訝な顔をした。そんな二人に、潦史は皮肉めいた笑みを向ける。
「神ってのは二種類いる。一つは、自然発生の、生まれながらの神。これは、知識を始めからある程度持っていて、その大本になるもの――星神なら星、太陽神なら太陽っていったものがなくならない限り、基本的には死ぬことはない。死んでも、全く同じではないにしても、何度でもよみがえる。もう一つは、人間。こっちは、多くの人に知られていて、何らかの力を持っている者が、半ば強制的に押し上げられる。ついでにいうなら、仙人は一応は人のままだし、さっきいた結花なんかは、未成熟な天然神みたいなもんかな。だから神ってのは、なりたくてなるもんでもなれるもんでもないんだ。――すっかり、朝だな。寝そびれた」
今や真っ青に染まった空を見上げて、潦史は言った。
「それまで、たった一人で? 大勢で動いたほうが被害も少ないだろ? 上は下がどうなってもいいのか!?」
「まあ…あっちにはあっちでいろいろと決まりとか都合があるんだけど…極力人界には関わらない、とか」
「潦史。お前、それでいいのか」
言葉に詰まり、潦史は一度、唾を飲み込んだ。いい、と断言できるなら、どれだけ気が楽になるだろう。
「俺にどうこうできることじゃない。言うだけ言って何もできないのが厭で、この役目を買って出たようなもんだし。それに…」
言ったものか迷ったが、史明の眼差しに気圧される。
「…妹がいるって、言っただろ。一回、あいつが病で死にかけたことがあった。そのときに…天界の薬を持ち出した。本当はそのとき、追い出されても仕方なかったんだ。それでもいさせてくれたことに…恩は感じてる」
視線を逸らしそうになるのを必死で押さえ、史明を見つめる。史明は口を開き――息だけを、呑み込んだ。そして、何かを諦めたような笑みをひらめかせた。ほんの刹那で、確かに目にしたはずの潦史でさえ、見間違いかと思うほどの、一瞬。
そうして、ヒラクを見遣る。
「お前、誓直子のこと知ってたっけ?」
「名前だけは、どこかで聞いた気がする」
本当に名前しか知らないらしいヒラクに、潦史と史明は手短に行状などを話した。先ほどの気まずさを払うように、妙に解説に力がこもる。
ヒラクは、不思議そうに首をひねった。
「そいつ、なんで死ななかったんだ? 地界ってとこ、死ねばそこであえたんだろ?」
「知らなかったか、気づかなかったかもしれない。ただ…あの人の言ったことが当たってるなら、あの人を失って悲しいんだってことすら、気付いてなかっただろうな。だから、そんな発想自体がなかっただろうと思う」
「それって――俺みたいだ」
小さく、ヒラクは呟いた。潦史と史明は、表情に困って顔を見合わせる。互いに、戸惑ったかおを映し出す。
「俺も、知らなかった。なんにも。さみしいってことも、かなしいってことも」
「今はそうじゃないだろ」
こちらも呟くように言い、それまでの呟きを無視するように、潦史は言葉を継いだ。
「直子は一度死んだ。締歌に妖魅を引き入れて、その引き入れた報酬代わりかのように、惨状を見届けた後に体を投げ出してる。――ああ、これが自殺だったのかもな。でもその魂は、あまりに人々に畏れられ、力を持ちすぎていて神になってしまった」
これには、史明も怪訝な顔をした。そんな二人に、潦史は皮肉めいた笑みを向ける。
「神ってのは二種類いる。一つは、自然発生の、生まれながらの神。これは、知識を始めからある程度持っていて、その大本になるもの――星神なら星、太陽神なら太陽っていったものがなくならない限り、基本的には死ぬことはない。死んでも、全く同じではないにしても、何度でもよみがえる。もう一つは、人間。こっちは、多くの人に知られていて、何らかの力を持っている者が、半ば強制的に押し上げられる。ついでにいうなら、仙人は一応は人のままだし、さっきいた結花なんかは、未成熟な天然神みたいなもんかな。だから神ってのは、なりたくてなるもんでもなれるもんでもないんだ。――すっかり、朝だな。寝そびれた」
今や真っ青に染まった空を見上げて、潦史は言った。
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