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第四章
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炎は、まだ消えていなかった。
焚火の前に座り込んでいたヒラクは、結花とともに出現した潦史と史明に、今にも泣き出しそうな安堵の表情を浮かべた。
少し前のことだ。
ヒラクが不意に目覚め、何故だろうと悩みかけた眼前に、蛇がいた。牙を剥いていたそれを反射的に叩き潰して、周りを見回した。焚火は消えかかっており、とりあえず薪を加えたが、番をしているはずの潦史の姿がない。慌てて史明を探すと、その姿もない。
混乱して、考えることもできないまま闇雲に探しに行こうとしたヒラクの目の前に、結花が現れたのだった。簡単に事情を聞いた後は、じりじりとただ待っていた。それしか、できなかった。
「…ってーことは、穴が消えたのはお前のせいか」
ヒラクの要領を得ない説明に、潦史はじっとりとヒラクを睨み付けた。
頭のつぶれた黒い蛇の死骸をつまんで、結花に渡す。天界の誰かの飼っていた、界の間の「壁」を喰う特殊な蛇だ。死骸も色々と利用法があるので、人界に放置して置くわけにはいかない。
謝る潦史に苦笑を返して、結花は帰って行った。
「…咄嗟に手は出るだろ!」
「まあなー。仕方ないよなあ。知らなかったんだから。仕方ないよなー、俺たちが下手したら帰れなくなってても」
あからさまな嫌味にヒラクは拳を握りしめたが、潦史はその反応を楽しんで、あっさりといなした。
そんなやりとりを苦笑して見ていた史明が、ふと視線を転じる。
「お、夜明けだ」
こぼれ出たような言葉に、ヒラクと潦史も視線を向ける。とっぷりと暮れていた空が、地面に近い場所から白んでいく。
「あーあ、一晩起きてたみたいなもんだもんな。そろそろ明けるけど、少し寝るか?」
「いやいやいや。お前は何か納得してるみたいだけどな、結局さっきのあれは何が何だったんだ? 誓直子って、あの、誓直子か? いや、あっち行く前にも何か言ってたな。妖魅が出る場所が諦歌のあった場所だとか…誓直子が絡んでくるのか」
ヒラクは首をかしげているが、史明は真剣なまなざしをひたと潦史に向ける。心なし、その顔が青ざめていた。
「だと思うぜ?」
「…俺が、知ってよかったのか?」
「抜けるなら、止めないぜ」
くすりと、潦史は笑った。
「突発事故みたいなもんだけど、まあ、一緒にいるなら知っといた方がいーかもしんねーし、ちょうど良かった。史明、あんたは荷物になりたいわけじゃねーんだろ? それに、これはそんなにはやばくない。そのうち、禁忌なんかじゃなくなるんじゃねーかな」
「ってことは、今は禁忌ってことかよおい…」
肩を落として、史明は呻いた。そんな史明の肩を、潦史が笑いながら叩く。
「ま、俺だってよくはわかってねーんだけど」
「いいのかよそれで…」
溜息をつく史明に、潦史は笑って見せた。恨めしげに潦史を見た史明は、ふと気づいたように、真顔になる。
「…そんなヤバイもん、お前一人でどうにかするつもりか? 天界とやらには神仙が山ほどいるんだろ。なんでそいつらは出てこないんだ」
焚火の前に座り込んでいたヒラクは、結花とともに出現した潦史と史明に、今にも泣き出しそうな安堵の表情を浮かべた。
少し前のことだ。
ヒラクが不意に目覚め、何故だろうと悩みかけた眼前に、蛇がいた。牙を剥いていたそれを反射的に叩き潰して、周りを見回した。焚火は消えかかっており、とりあえず薪を加えたが、番をしているはずの潦史の姿がない。慌てて史明を探すと、その姿もない。
混乱して、考えることもできないまま闇雲に探しに行こうとしたヒラクの目の前に、結花が現れたのだった。簡単に事情を聞いた後は、じりじりとただ待っていた。それしか、できなかった。
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謝る潦史に苦笑を返して、結花は帰って行った。
「…咄嗟に手は出るだろ!」
「まあなー。仕方ないよなあ。知らなかったんだから。仕方ないよなー、俺たちが下手したら帰れなくなってても」
あからさまな嫌味にヒラクは拳を握りしめたが、潦史はその反応を楽しんで、あっさりといなした。
そんなやりとりを苦笑して見ていた史明が、ふと視線を転じる。
「お、夜明けだ」
こぼれ出たような言葉に、ヒラクと潦史も視線を向ける。とっぷりと暮れていた空が、地面に近い場所から白んでいく。
「あーあ、一晩起きてたみたいなもんだもんな。そろそろ明けるけど、少し寝るか?」
「いやいやいや。お前は何か納得してるみたいだけどな、結局さっきのあれは何が何だったんだ? 誓直子って、あの、誓直子か? いや、あっち行く前にも何か言ってたな。妖魅が出る場所が諦歌のあった場所だとか…誓直子が絡んでくるのか」
ヒラクは首をかしげているが、史明は真剣なまなざしをひたと潦史に向ける。心なし、その顔が青ざめていた。
「だと思うぜ?」
「…俺が、知ってよかったのか?」
「抜けるなら、止めないぜ」
くすりと、潦史は笑った。
「突発事故みたいなもんだけど、まあ、一緒にいるなら知っといた方がいーかもしんねーし、ちょうど良かった。史明、あんたは荷物になりたいわけじゃねーんだろ? それに、これはそんなにはやばくない。そのうち、禁忌なんかじゃなくなるんじゃねーかな」
「ってことは、今は禁忌ってことかよおい…」
肩を落として、史明は呻いた。そんな史明の肩を、潦史が笑いながら叩く。
「ま、俺だってよくはわかってねーんだけど」
「いいのかよそれで…」
溜息をつく史明に、潦史は笑って見せた。恨めしげに潦史を見た史明は、ふと気づいたように、真顔になる。
「…そんなヤバイもん、お前一人でどうにかするつもりか? 天界とやらには神仙が山ほどいるんだろ。なんでそいつらは出てこないんだ」
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