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エピソード2 偽りの姿
第三話 失われたものを再生させる
しおりを挟む朝の陽ざしで目が覚めた。
昨日、新しいC2Sの使い方の実験に没頭してしまい、
家に帰ってきてすぐに爆睡してしまった。
結局、今日行う実験の中で、
一体誰になってみるか?
ということは結局思いつかないでいた。
今日も長い一日になるだろうと、
とりあえず栄養補給の意味でも、
朝食を作りながらぼやっと
昨日の実験の結果を思い出しながら考えてみる。
昨日の実験でもそうだが、
一度伸びた爪や髪はC2Sが
消滅しても元に戻らないことは確認できた。
前回、高坂にC2Sを使ったときも
たしかに長い髪のままだったのも
その現象の一つと言えるだろう。
現時点では髪や爪については切ればいい
とはいえ変化の要素としては外したほうがよさそうだ。
そんな風に考えていくと、
条件にあった仮想の女性を想定して
とりあえずプログラムをするのがよさそうだ。
そうなるとこれまでと同じように
もう一人分の戸籍があったほうが
今後別人として行動するのに便利というものだ。
これは別途調達することにしよう。
そのときに更にふといいことを思いついた。
そうだ、今、行方不明になっていることになっている
高坂の戸籍を乗っ取るというのはどうだろうか?
前回のC2Sのモニターデータから
ヤツの容姿や記憶などをロールバックして
自分のものにできれば、さも高坂が戻ってきた!
というような振る舞いをすることで
一つ余計な疑念を消すことはできないだろうか?
そんなことを思いついてしまったら
居ても立っても居られなくなった。
朝食をさっさと済ませて急ぎ研究室に向かった。
研究室に到着したらすぐに
前回の高坂の治験データをすべて呼び出した。
とりあえず全部のデータを確認してみる。
かなり細かにC2Sが発するデータを記録はできていたが、
ここから必要なデータのロールバックができるのだろうか?
と色々と考えてみた。
顔などだけであれば画像からプログラムで複製することも可能だが、
どうせなら身体データや記憶についても
書き換える前のものがデータとして取り出せるとすれば、
より完璧に本人になり切ることができるはずだ。
全ての治験データを複製して、
あの時にC2Sにプログラムした
変化パラメータを逆方向に適用していってみた。
かなりの計算量になっているようで
なかなかデコードが進んでいかない。
しかし、それでも確実に元データの復元は進んでいるようだ。
本来は想定していない作業ではあるので、
どこでエラーがでるかわからないというのが本音だ。
付きっきりでデータのエラーを確認しながら、
一つ一つ手作業で修正していく。
気が付けば3時間ほどかかってしまったが、
なんと変化後のデータから
元となる人物データを
80%程度ではあるがが復元することができた。
このデータをシミュレーターに適用してみると、
身体の特長データが7割弱、
記憶データはほぼ10割のデータを得ることができた。
やはりC2Sは神経などに作用する物質なので
そこから発せられるシグナルは
記憶のような元がデータに近いもののほうが
復元しやすかったのかもしれない。
こうなると身体データについては
今回髪の毛などの件の制約もあるので、
取り出したデータから制約事項を考慮した内容を反映した
プログラムをすぐに作成することができた。
しかし、問題は記憶データをどう扱うかだ。
人間の記憶容量というのは一定と言われており、
新しい記憶は古い記憶を置き換えられているとされている。
そもそも自分の記憶ですら昔のことは曖昧なのに
二人分の記憶を一人の人間が持つことは
通常難しいと考えるのが普通だ。
しかし、なにか突破口はないか?
と様々なシミュレーションを行ってみることにした。
かなり色々なパターンを試してみるが、
やはり本来の記憶に上書きをしてしまうことで、
元の人格に影響がでてしまうというのが
ほとんどの結果であったのだが、
ふとランダムに設定してみた
パラメータの結果の一つが想定以上の結果を
表示されたものがあった。
その偶然見つけたパラメータを
複数パターンのシミュレーションで試してみた結果
これもまたC2Sのすごい特徴が見つかった。
本来の人間の脳神経にC2Sが影響を与えて
記憶や人格を書き換えるというのは
過去の治験で立証している内容なのだが、
ここでC2Sが上書きではなく
C2Sそのものが脳神経細胞のように
脳内で滞留することで、
C2Sが体内に存在する間だけ
その記憶をうまく引き出して使う事ができそう
というまさかそんなことが!?
という特性が見つかったのだ。
今回のように一定時間で
C2Sが消滅するという場合限定であるが、
もう一人分の記憶データを都合よく保持して
利用することができるということになる。
おそらく先の二人のように
C2Sが作用を続けている中で二人分の記憶を持ち続けるのは
何かしらの副作用がでてくることは想定できたので、
早速先に適用したプログラムに
今回見つけた作用を足してシミュレーションをしたところ、
やはり精神崩壊に近い現象が起きることが確認できた。
こうして高坂の身体データから作った
身体への変化パラメータと
復元した記憶データを掛け合わせたプログラムが完成した。
慎重には慎重を期して、
シミュレーション上では
様々なパターンで行ってみたが
どれも問題がないことを確認でした。
唯一問題となるのは変化時間というところだ。
シミュレーションでは12時間が限界という結果がでたので、
安全をみて最長で6時間を限界値とすることにした。
あとは実際に試してみるだけなのだが、
やはり身体の大きな変換と記憶の大きな変化を
一度に実験するのは無理がありそうなので、
まずは1時間だけ身体のみを変化させてみる実験を行い、
そのあと二人分の記憶を持つという実験を1時間分することにした。
それであれば記憶は高坂のものを使うとして、
もう1パターン自分がなってみたい女性の容姿になってみるのも
悪くないのではないか?と思いついたので、
早速ベースとなる女性の写真をネットで探すことにした。
生成AIでなにか作ってみるのもいいのだが、
プログラムするためには
様々なアングルの写真があったほうがいいので、
あれやこれやと検索をしてみた。
小一時間検索をしていると
ある写真サイトで好みの女性を見つけることができた。
その女性のスリーサイズや身長・体重などの
今回の実験で必要そうなデータが
表示されていたのでそれらをうまく活用しながら、
自分がなりたい女性像をプログラミングしていった。
髪の毛の制約があるのでショートカットはしょうがないが、
やはりスタイルはいいほうがいいだろう。
胸は大きく、腰はくびれ、お尻は形がよいほうがいいな
などと考えながら作業を進めていき、
なんとかプログラムを完成させることができた。
それにしてもこれだけ苦労した女性データなので、
この女性の設定年齢ぐらいの戸籍も
どこかで用意しようと考えるほどよい出来になった。
身体のみの変化シミュレーション結果も良好だったので、
いよいよC2Sにデータを反映させる作業にとりかかることにした。
1時間身体を変換させるものと、
1時間高坂の記憶を一時的に保有するもの
この2つの反映内容を2つの装置にセットした。
反映は30分程度で終わると表示されたので、
珈琲を飲んで一息つくことにした。
そういえば朝からずっと作業に没頭していたので、
ろくになにも食べていなかったことに気が付いた。
珈琲の調達も含めて近くのコンビニに行って
少し食べるものも調達した。
その後、研究室に戻り、
珈琲を飲みながら軽食を食べていると
先ほどセットしたC2Sのセットアップが完了した。
今回は2種類を同時に作ったので、
間違えないようにカプセルを袋にいれて
身体の変化はAと書いた袋、
記憶の保有はBと書いた袋に入れた。
こうしてついに実験の準備は整った。
あとは自分で試すだけとなった。
不思議な気分の高揚を感じながら
この実験を行う仮眠室に向かうことにした。
これこそもう後戻りはできない実験だ。
万が一失敗すれば無事では済まないかもしれない。
それでも俺は歩みを止めるつもりはなかった。
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