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『今日
でかけてくる』
その日の授業が終わり、大学から直でバイトに向かおうとしていたところにメッセージを受信した。未来からだ。その短い文章に、なんと返すべきか迷って、とりあえず「了解!」のスタンプを押す。
携帯と合鍵を手にしてから、未来の生活はすこしだけ変わった。少しずつ、積極的に出掛けるようになったし、こうやって俺が帰る頃に家にいないだろう時には連絡をくれる。苦戦していたフリック入力にも慣れてきたようだ。(前はもっと単語単語でメッセージが来て、まるで暗号のようだった)。俺も今から帰る、とか今日はバイトで遅くなる、とか、今まで出来なかった連絡が出来るようになってとても楽だ。
だけど。いつもどこに出掛けてるのか、なんて野暮なことは聞いてないが、やっぱりちょっと気になってしまう。
「あ、晃太くん!」
俺が携帯片手に考え込んでいると、前から聞きなれた声がして顔をあげた。声の主──友里ちゃんはニコニコと俺に駆け寄ってくる。
「友里ちゃん。今から帰り?」
「んーん。次社会学とってるんだけど、出席票だけ出してこようかなって」
それすなわちサボりである。俺もよくやる手だから笑って過ごす。
「あ、ていうか! 未来ちゃんから聞いたよね? そういうわけだから、よろしくね!」
「え、ちょっと待って何を? ……って、あ」
よく見ると、友里ちゃんの左手には可愛いピンクのカバーがついたスマホ。まだ画面はついていて、先程までいじっていたのが分かる。
「あ、待って。わかった。そういうことか。どこか行くんだよね、二人で」
「そ。女子会女子会♪」
「女子会、かぁ。楽しんできてね」
携帯と合鍵のおかげで、未来がそれなりに楽しんでいるようで安心する。
「友里ちゃんの講義が終わったら行くの?」
「うん。未来ちゃんも今出先らしくて、とりあえず講義抜け出せたら連絡するねって送ったとこ」
「そっか」
未来、今も出掛けてるんだ。その話は俺、聞いてない。ちょっとだけモヤモヤする。未来が自由にしているのはいいことだ。それを逐一俺に報告する義理もないんだし、ここで俺がモヤモヤするのはお門違いっていうか。ああもう、俺、小さい!
「心配しなくても、暗くなる前にお返ししますよー。そんなコワイ顔しないで」
「え、」
思わず両手で顔を覆った。『コワイ顔』をしていた自覚はなかった。でも、指摘されたということは、そういうことなんだろう。
顔を覆ったのが図星だったからととられたようで、友里ちゃんはニヤリと笑った。
「あはは。私はマサにそんな心配されたことないからなんか新鮮」
「心配、っていうか……!」
「照れない照れない。じゃ、またね~」
友里ちゃんはヒラヒラと手を振って、小走りで建物の中に入っていった。……俺もバイトいかなきゃ。俺は友里ちゃんの見送ってから、ゆっくりとした足取りで歩き出した。道中、さっきのやり取りを思い返す。
俺のこの感情は、束縛なのだろうか。未来が自由に出来ればそれでいい、なんて余裕ぶってたけど、いざそうなって心配になってんのかな。なんだそれ、情けない。未来が今どこで何をしてるか知っておきたいだなんて、それって未来のこと信用してないってことか?
“私はマサにそんな心配されたことないから”と友里ちゃんは言っていた。確かに、吉田はそういうタイプではない。友里ちゃん可愛いし競争率高かっただなんて言っていたけど、束縛のその字もあいつには見えない。それはやっぱり、あの二人がお互いにお互いを信用してるからで。となるとやっぱり俺は、小さくて情けない、ソクバッキー?
考えれば考えるほど落ち込んできた。気持ちを切り替えよう。この件は、俺が少し大人になればいい話だ。今日帰ったら、未来に笑いながら「友里ちゃんから聞いたよ! 楽しかった?」なんて言えるくらいの余裕を持てば。
「おはよーございます……」
ボソボソと、店の引き戸を開ける。がらがらと立て付けの悪い戸が音をたて、その音に混じって聞きなれた声がした。
「あ、」
「え? ……未来?」
「あら晃太ちゃん、早かったのねぇ」
戸に背を向ける形でマネージャーと向かい合っていたのは紛れもなく未来だった。どうしてここへ? 出掛けてるって、俺のバイト先? なんで? もしかして、俺に会いに来てくれた?
いろんな疑問が頭を通り抜け、結局間の抜けた声でその名を呼ぶことしかできなかった。未来はと言うと、ばつが悪そうに視線を泳がせている。
「……あの、私、これで。失礼します」
「そうねぇ、また来てね」
「へ? あれ? 未来?」
俺に会いに来たんじゃないの? とも言えず、つかつかと俺の横を通りすぎる未来をただ呆然と見つめる。ピシャリと戸が閉まり、さっきの出来事がなかったかのように俺とマネージャーが取り残された。ここにいた理由の説明もなし?
「……えっと、マネージャー。未来は、どうしてここに?」
情けなくも、マネージャーに尋ねる。マネージャーは事も無げに、にこりと答えた。
「ご飯食べに来てくれたのよー。それで、私がつい長話しちゃって、引き留めちゃったのよねぇ」
「……そっすか」
ならそうだって、最初から言えばいいのに。あんな逃げるみたいに、出ていかなくてもいいじゃないか。それとも何か、俺に対して後ろめたいことがあったのだろうか。目も合わせてくれなかったし。小さなモヤが、モクモクと心に広がっていく。未来を信じたい気持ちが、そのモヤに覆い隠されていく。ただ急いでただけかもしれないけれど、さっきの対応はさすがに、ちょっと……。
「おら晃太ぁ! 辛気くせぇ顔してねぇでとっとと準備しろ!」
「わっ! ……すみません!」
ああもう。こんな思いをするのなら、携帯も、合鍵も、プレゼントなんかしなければよかった。そんな八つ当たりにも近いことを考えながら、店長に怒鳴られた俺は、慌てて店の奥へ走ったのだった。
その時呟かれたマネージャーの一言は、俺には届かなかった。
「余計な気を回さない方がよかったかしら……」
* * *
でかけてくる』
その日の授業が終わり、大学から直でバイトに向かおうとしていたところにメッセージを受信した。未来からだ。その短い文章に、なんと返すべきか迷って、とりあえず「了解!」のスタンプを押す。
携帯と合鍵を手にしてから、未来の生活はすこしだけ変わった。少しずつ、積極的に出掛けるようになったし、こうやって俺が帰る頃に家にいないだろう時には連絡をくれる。苦戦していたフリック入力にも慣れてきたようだ。(前はもっと単語単語でメッセージが来て、まるで暗号のようだった)。俺も今から帰る、とか今日はバイトで遅くなる、とか、今まで出来なかった連絡が出来るようになってとても楽だ。
だけど。いつもどこに出掛けてるのか、なんて野暮なことは聞いてないが、やっぱりちょっと気になってしまう。
「あ、晃太くん!」
俺が携帯片手に考え込んでいると、前から聞きなれた声がして顔をあげた。声の主──友里ちゃんはニコニコと俺に駆け寄ってくる。
「友里ちゃん。今から帰り?」
「んーん。次社会学とってるんだけど、出席票だけ出してこようかなって」
それすなわちサボりである。俺もよくやる手だから笑って過ごす。
「あ、ていうか! 未来ちゃんから聞いたよね? そういうわけだから、よろしくね!」
「え、ちょっと待って何を? ……って、あ」
よく見ると、友里ちゃんの左手には可愛いピンクのカバーがついたスマホ。まだ画面はついていて、先程までいじっていたのが分かる。
「あ、待って。わかった。そういうことか。どこか行くんだよね、二人で」
「そ。女子会女子会♪」
「女子会、かぁ。楽しんできてね」
携帯と合鍵のおかげで、未来がそれなりに楽しんでいるようで安心する。
「友里ちゃんの講義が終わったら行くの?」
「うん。未来ちゃんも今出先らしくて、とりあえず講義抜け出せたら連絡するねって送ったとこ」
「そっか」
未来、今も出掛けてるんだ。その話は俺、聞いてない。ちょっとだけモヤモヤする。未来が自由にしているのはいいことだ。それを逐一俺に報告する義理もないんだし、ここで俺がモヤモヤするのはお門違いっていうか。ああもう、俺、小さい!
「心配しなくても、暗くなる前にお返ししますよー。そんなコワイ顔しないで」
「え、」
思わず両手で顔を覆った。『コワイ顔』をしていた自覚はなかった。でも、指摘されたということは、そういうことなんだろう。
顔を覆ったのが図星だったからととられたようで、友里ちゃんはニヤリと笑った。
「あはは。私はマサにそんな心配されたことないからなんか新鮮」
「心配、っていうか……!」
「照れない照れない。じゃ、またね~」
友里ちゃんはヒラヒラと手を振って、小走りで建物の中に入っていった。……俺もバイトいかなきゃ。俺は友里ちゃんの見送ってから、ゆっくりとした足取りで歩き出した。道中、さっきのやり取りを思い返す。
俺のこの感情は、束縛なのだろうか。未来が自由に出来ればそれでいい、なんて余裕ぶってたけど、いざそうなって心配になってんのかな。なんだそれ、情けない。未来が今どこで何をしてるか知っておきたいだなんて、それって未来のこと信用してないってことか?
“私はマサにそんな心配されたことないから”と友里ちゃんは言っていた。確かに、吉田はそういうタイプではない。友里ちゃん可愛いし競争率高かっただなんて言っていたけど、束縛のその字もあいつには見えない。それはやっぱり、あの二人がお互いにお互いを信用してるからで。となるとやっぱり俺は、小さくて情けない、ソクバッキー?
考えれば考えるほど落ち込んできた。気持ちを切り替えよう。この件は、俺が少し大人になればいい話だ。今日帰ったら、未来に笑いながら「友里ちゃんから聞いたよ! 楽しかった?」なんて言えるくらいの余裕を持てば。
「おはよーございます……」
ボソボソと、店の引き戸を開ける。がらがらと立て付けの悪い戸が音をたて、その音に混じって聞きなれた声がした。
「あ、」
「え? ……未来?」
「あら晃太ちゃん、早かったのねぇ」
戸に背を向ける形でマネージャーと向かい合っていたのは紛れもなく未来だった。どうしてここへ? 出掛けてるって、俺のバイト先? なんで? もしかして、俺に会いに来てくれた?
いろんな疑問が頭を通り抜け、結局間の抜けた声でその名を呼ぶことしかできなかった。未来はと言うと、ばつが悪そうに視線を泳がせている。
「……あの、私、これで。失礼します」
「そうねぇ、また来てね」
「へ? あれ? 未来?」
俺に会いに来たんじゃないの? とも言えず、つかつかと俺の横を通りすぎる未来をただ呆然と見つめる。ピシャリと戸が閉まり、さっきの出来事がなかったかのように俺とマネージャーが取り残された。ここにいた理由の説明もなし?
「……えっと、マネージャー。未来は、どうしてここに?」
情けなくも、マネージャーに尋ねる。マネージャーは事も無げに、にこりと答えた。
「ご飯食べに来てくれたのよー。それで、私がつい長話しちゃって、引き留めちゃったのよねぇ」
「……そっすか」
ならそうだって、最初から言えばいいのに。あんな逃げるみたいに、出ていかなくてもいいじゃないか。それとも何か、俺に対して後ろめたいことがあったのだろうか。目も合わせてくれなかったし。小さなモヤが、モクモクと心に広がっていく。未来を信じたい気持ちが、そのモヤに覆い隠されていく。ただ急いでただけかもしれないけれど、さっきの対応はさすがに、ちょっと……。
「おら晃太ぁ! 辛気くせぇ顔してねぇでとっとと準備しろ!」
「わっ! ……すみません!」
ああもう。こんな思いをするのなら、携帯も、合鍵も、プレゼントなんかしなければよかった。そんな八つ当たりにも近いことを考えながら、店長に怒鳴られた俺は、慌てて店の奥へ走ったのだった。
その時呟かれたマネージャーの一言は、俺には届かなかった。
「余計な気を回さない方がよかったかしら……」
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