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Husband at work
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振り返ると、いかにも体育会系の男子学生たちがぞろぞろと入ってきた。うげ。ピークすぎたと思ったのに!
「いらっしゃいませ!」
俺はあわてて仕事に戻った。ただでさえ狭い店内にムキムキな男たち。席、足りるかな……。学生たちは自由に席に座り始めた。そこで俺ははっとする。男子学生たちの視線が、未来に向いているではないか。いや、確かにこんなところにこんな美少女がいれば誰だって見るだろうけど! この間みたいなことになっては困る。しかも相手は体育会系。この間はなんとかなったけど、今回はどうしようも……。
「席なくねー?」
「別に俺、相席でもいいけど」
「俺も俺も」
学生たちが目線を合わせて、にやりと笑った。そして、未来に話しかけようとにじりよる。まずい。
「未ッ──」
とっさに声をかけようとしたところで、後ろからすっと人影がやって来た。俺の前に憚ったその人影──マネージャーは、とても穏やかな声で、
「お客さん、ごめんねぇ。ちょっと混んできちゃったから、カウンター席に移ってくれる?」
と、俺が声をかけるよりも早く、未来に言ったのだった。未来はきょとんとしてから小さく頷いて、カウンター席に移動した。
「さ、皆さんどうぞー」
にっこりと、マネージャーが笑う。学生たちはなにも言えないまま未来がいたテーブルについた。俺がそれをじっと見ていると、マネージャーと目が合った。
バチン、とウインク。……この人には敵わない。
「未来、お客さんいっぱい来たからあんまりかまってあげられないからね?」
小声でそう言うと、未来はこくりと頷いた。
「いいの」
何故か嬉しそうな未来に、俺は苦笑を浮かべたのだった。
* * *
「ごめんねぇ。晃太ちゃん解放してあげられなくて」
一人でいる未来に焼き肉定食を渡しながら、清美は言った。未来は「いえ」と小さく返す。
「あの子……晃太ちゃんは、しっかりしてるから、つい頼っちゃうのよね。ホントにいい子」
未来は小さく頷く。晃太がいい子だなんて、わかりきっている。
「にしてもかわいいねぇ、未来ちゃん。私も女の子が欲しかったわぁ」
丸山家は男三人兄弟である。清美はカウンターに腰掛けながら、未来に笑いかける。
未来は運ばれてきた定食を口に運んだ。口にいれた瞬間その表情が綻んだのがわかって、清美は微笑んだ。
「ど? 美味しいでしょ。あの人あんなだけどね、料理は上手いんだから」
「……はい、美味しい、です」
「よかった。どんどん食べてね」
「はい」
少しだけ、最初に比べて表情が柔らかくなった気がする。少しでも心を開いてくれたのだろうか。そう考えたら嬉しくなる。
「未来ちゃんは、何? 一人暮らし?」
「……あ……はい……」
未来が少し言葉を濁したのがわかった。でも、本人が語りたがらない以上は、詮索はしない方がいいだろう。一人暮らし、という体で話を続ける。
「そう。寂しいでしょう? 親元離れて──」
「別に」
言いかけて、未来がピシャリと言った。清美は目をぱちくりさせる。未来は眉を潜めて、湯飲みをぎゅっと握る。
「親に期待なんてしてませんから」
未来はそう言って、お茶を飲み干した。清美はそれ以上は何も言えず、ただただ未来を見ていた。でも、確かに、その目は──
「……ゆっくり食べてね」
「……はい」
確かに、寂しがる瞳だったのだ。
清美は何も言えず、そっとその場を離れたのだった。
* * *
体育会系集団も去り、俺のバイトの時間もそろそろ終わりだ。ちらりと未来を見ると、ちょうど食べ終わったみたいだった。
「晃太ちゃん」
後ろからマネージャーに声をかけられて、振り返る。マネージャーはやんわりと笑いながら俺に言った。
「空いたし、ちょっと早いけどあがっていいわよ。未来ちゃんもいることだし」
「あ、はい! ありがとうございます!」
「あ、それとね──」
すると、マネージャーは少しだけ声を落として、ひっそりと言う。
「また、未来ちゃん連れてきてあげてね。あの子、なんだかいろいろありそうだから」
「え──」
俺は言葉を止めて未来を見た。いつも通りの無表情の未来だ。
そう言えば俺は、未来のことを何も知らない。名前や、歳や、基本的なことは知っていたけど、何であんなに大金を持っているのかとか、ほとんど着の身着のままの状態で、俺のいる町へやって来たのかとか──何一つ知らないんだ……。
「朝霧晃太」
「はい!!」
振り返ると、俺の裾をつんつんと引っ張り、上目遣いで俺を見つめる未来がいた。ていうかそれは反則だと思う。
「帰ろ」
「え……あ、タイムカード押してくるから待っててね」
そう言って、エプロンを脱ぎながら店長とマネージャーに挨拶をする。すると、店長に呼び止められた。
「晃太!」
「はい!?」
「……あんなべっぴんさん、お前にはもったいねぇけどよ、万が一にだな、正式にコレになったらよ、ちゃんと──」
「ちゃんと、報告しますよ」
モゴモゴと、小指を立てながら言う店長に、俺は苦笑を浮かべた。店長はあからさまにほっとしたような顔をしたあと、いつもの仏頂面に戻って、「さっさと帰れ」と言った。全く、この人は……。苦笑いのまま、俺はタイムカードを押して戻ってきた。
「未来、お待たせ。じゃあ、店長、マネージャー、お疲れさまでした」
「はぁい。お疲れさまー」
にこにこと手を振るマネージャーに一礼しながら、俺は未来とともに店を後にした。
「未来、マネージャーがね、またおいでって」
「……うん、また、来たい」
「いいお店でしょ」
「すごく。温かくて、いいお店だった」
「でしょ」
「料理も……すごく優しい味がした……」
「──……?」
何となく、気になって未来を見る。どこか悲しげな顔に見えた。
その表情の意味が、言葉の意味が、いつか分かる日が来るのだろうか。分かったとき、俺はこの子に何かしてあげられるだろうか。そんなことを考えながら、家路を急いだ。──“その日”は、意外にもすぐやって来ることを、このときの俺は知らないまま。
「いらっしゃいませ!」
俺はあわてて仕事に戻った。ただでさえ狭い店内にムキムキな男たち。席、足りるかな……。学生たちは自由に席に座り始めた。そこで俺ははっとする。男子学生たちの視線が、未来に向いているではないか。いや、確かにこんなところにこんな美少女がいれば誰だって見るだろうけど! この間みたいなことになっては困る。しかも相手は体育会系。この間はなんとかなったけど、今回はどうしようも……。
「席なくねー?」
「別に俺、相席でもいいけど」
「俺も俺も」
学生たちが目線を合わせて、にやりと笑った。そして、未来に話しかけようとにじりよる。まずい。
「未ッ──」
とっさに声をかけようとしたところで、後ろからすっと人影がやって来た。俺の前に憚ったその人影──マネージャーは、とても穏やかな声で、
「お客さん、ごめんねぇ。ちょっと混んできちゃったから、カウンター席に移ってくれる?」
と、俺が声をかけるよりも早く、未来に言ったのだった。未来はきょとんとしてから小さく頷いて、カウンター席に移動した。
「さ、皆さんどうぞー」
にっこりと、マネージャーが笑う。学生たちはなにも言えないまま未来がいたテーブルについた。俺がそれをじっと見ていると、マネージャーと目が合った。
バチン、とウインク。……この人には敵わない。
「未来、お客さんいっぱい来たからあんまりかまってあげられないからね?」
小声でそう言うと、未来はこくりと頷いた。
「いいの」
何故か嬉しそうな未来に、俺は苦笑を浮かべたのだった。
* * *
「ごめんねぇ。晃太ちゃん解放してあげられなくて」
一人でいる未来に焼き肉定食を渡しながら、清美は言った。未来は「いえ」と小さく返す。
「あの子……晃太ちゃんは、しっかりしてるから、つい頼っちゃうのよね。ホントにいい子」
未来は小さく頷く。晃太がいい子だなんて、わかりきっている。
「にしてもかわいいねぇ、未来ちゃん。私も女の子が欲しかったわぁ」
丸山家は男三人兄弟である。清美はカウンターに腰掛けながら、未来に笑いかける。
未来は運ばれてきた定食を口に運んだ。口にいれた瞬間その表情が綻んだのがわかって、清美は微笑んだ。
「ど? 美味しいでしょ。あの人あんなだけどね、料理は上手いんだから」
「……はい、美味しい、です」
「よかった。どんどん食べてね」
「はい」
少しだけ、最初に比べて表情が柔らかくなった気がする。少しでも心を開いてくれたのだろうか。そう考えたら嬉しくなる。
「未来ちゃんは、何? 一人暮らし?」
「……あ……はい……」
未来が少し言葉を濁したのがわかった。でも、本人が語りたがらない以上は、詮索はしない方がいいだろう。一人暮らし、という体で話を続ける。
「そう。寂しいでしょう? 親元離れて──」
「別に」
言いかけて、未来がピシャリと言った。清美は目をぱちくりさせる。未来は眉を潜めて、湯飲みをぎゅっと握る。
「親に期待なんてしてませんから」
未来はそう言って、お茶を飲み干した。清美はそれ以上は何も言えず、ただただ未来を見ていた。でも、確かに、その目は──
「……ゆっくり食べてね」
「……はい」
確かに、寂しがる瞳だったのだ。
清美は何も言えず、そっとその場を離れたのだった。
* * *
体育会系集団も去り、俺のバイトの時間もそろそろ終わりだ。ちらりと未来を見ると、ちょうど食べ終わったみたいだった。
「晃太ちゃん」
後ろからマネージャーに声をかけられて、振り返る。マネージャーはやんわりと笑いながら俺に言った。
「空いたし、ちょっと早いけどあがっていいわよ。未来ちゃんもいることだし」
「あ、はい! ありがとうございます!」
「あ、それとね──」
すると、マネージャーは少しだけ声を落として、ひっそりと言う。
「また、未来ちゃん連れてきてあげてね。あの子、なんだかいろいろありそうだから」
「え──」
俺は言葉を止めて未来を見た。いつも通りの無表情の未来だ。
そう言えば俺は、未来のことを何も知らない。名前や、歳や、基本的なことは知っていたけど、何であんなに大金を持っているのかとか、ほとんど着の身着のままの状態で、俺のいる町へやって来たのかとか──何一つ知らないんだ……。
「朝霧晃太」
「はい!!」
振り返ると、俺の裾をつんつんと引っ張り、上目遣いで俺を見つめる未来がいた。ていうかそれは反則だと思う。
「帰ろ」
「え……あ、タイムカード押してくるから待っててね」
そう言って、エプロンを脱ぎながら店長とマネージャーに挨拶をする。すると、店長に呼び止められた。
「晃太!」
「はい!?」
「……あんなべっぴんさん、お前にはもったいねぇけどよ、万が一にだな、正式にコレになったらよ、ちゃんと──」
「ちゃんと、報告しますよ」
モゴモゴと、小指を立てながら言う店長に、俺は苦笑を浮かべた。店長はあからさまにほっとしたような顔をしたあと、いつもの仏頂面に戻って、「さっさと帰れ」と言った。全く、この人は……。苦笑いのまま、俺はタイムカードを押して戻ってきた。
「未来、お待たせ。じゃあ、店長、マネージャー、お疲れさまでした」
「はぁい。お疲れさまー」
にこにこと手を振るマネージャーに一礼しながら、俺は未来とともに店を後にした。
「未来、マネージャーがね、またおいでって」
「……うん、また、来たい」
「いいお店でしょ」
「すごく。温かくて、いいお店だった」
「でしょ」
「料理も……すごく優しい味がした……」
「──……?」
何となく、気になって未来を見る。どこか悲しげな顔に見えた。
その表情の意味が、言葉の意味が、いつか分かる日が来るのだろうか。分かったとき、俺はこの子に何かしてあげられるだろうか。そんなことを考えながら、家路を急いだ。──“その日”は、意外にもすぐやって来ることを、このときの俺は知らないまま。
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