Inevitable Romance?

天乃 彗

文字の大きさ
上 下
11 / 31
Husband at work

01

しおりを挟む
「未来、俺今日バイトあるから」

 土曜日の初デート騒動の次の日。日曜なのにもかかわらず、俺は起きて着替えを始めた。それに気付いて未来も起きだしてきたので、俺はそう言った。
 未来はきょとんとしている。そう言えば、未来と知り合ってから、初めてバイトの話をする。

「ここの近くの食堂なんだけど、大学入ってからずっと働いてるんだ。個人経営のとこだから、従業員俺しかいないけど」

 そんなことを話していると、時間が迫ってきていることに気付く。やべっ、遅れたら怒られる。

「えっと、昼はコンビニで買ってあるから、温めて食べて!」

 俺は机の上のコンビニの袋を指差して言う。未来は小さく頷いた。

「それと、鍵! 一応ここに置いとくけど、むやみに外出ちゃダメだからね? いい子で待ってるんだよ?」

 言いながら、未来を見ずに上着を羽織る。玄関に向かって、スニーカーを履いた。

「じゃあ、行ってくる!」

 乱暴に扉を開ける。小さな「いってらっしゃい」が聞こえて、少し胸がくすぐったくなった。


 * * *


「晃太ぁっ遅刻ギリギリだぞ!」
「さーせん!」

 店長にどやされながら、カウンターの奥に走る。制服(と言ってもただのエプロン)を身にまとい、表に出た。

「たるんでるぞ、晃太ぁ」
「大学生はいそがしーんすよ!」

 笑いながら、厨房にいる店長に言い返す。店長──ここ、「まるや食堂」をやっている丸山徹夫まるやまてつおさんは、昔柔道をやっていたらしく、結構いい歳なのにがっしりした体つきのおっさんだ。強面だが、話すと意外に優しい。
 すると奥から店長の奥さんである清美きよみマネージャーが出てきて笑った。

「そうよー、晃太ちゃんだって大変だもの、ねぇ?」
「さすがマネージャー。分かってくれてる!」

 マネージャーは、店長に比べたらいつもニコニコしている。ふくよかでかわいらしいお袋さんって感じ。二人は、大学近くの食堂を経営しているだけあって、客として来る学生に、まるで本当の両親みたいに接している。親元から離れて暮らすやつらには大人気で、マネージャーに癒されに来るやつらも少なくない。そしてそれは俺にとっても同じだ。二人は俺を本当の子供みたいに可愛がってくれていて、俺はここのバイト先が大好きだ。

「へんっ何が忙しいんだ、これの一人もいないくせして」

 店長は右手の小指を立てる。このセリフ、何回目だろうか。事実、彼女なんていないからなんとも言えない。
 ふと、未来の顔が頭をよぎる。……違う違う。あの子はまだ友達。

──って、“まだ”って何だよ! 

 脳内で自問自答をしていると、横でマネージャーがうふふと笑った。

「あら、私たちが知らないだけで、いるかもしれないじゃない? 晃太ちゃんだって男の子なんだし」

 その言葉に、俺と店長は顔を強張らせた。マネージャー、何で何でもお見通しみたいな顔をしてるんだろう。学生たちの母の力なのだろうか。

「こんなやつにいるわきゃねーだろ! アホ言うな!」
「あらあら」

 店長は何故か怒りながら作業に戻る。するとマネージャーがニコニコしながら耳打ちをして来た。

「ごめんね晃太ちゃん。あの人あんなこと言って、実は晃太ちゃんが彼女連れてくるの楽しみにしてるのよー」
「え」

 俺は口をあんぐり開けながら店長を見る。……分かりにくいです、店長。苦笑いを浮かべて、俺は仕事を始めた。


 * * *


 昼のピークも過ぎて、やっと一息つけると思えた、そんなときだった。入り口の開く音がして、いらっしゃいませと笑顔を作った俺は、言葉を失った。見慣れた、顔。

「へい、いらっしゃ──って、えらいべっぴんさんが来たな!」
「あらあら、初めて見る顔ねぇ。そこの大学の子?」
「や……あの、」

 店長とマネージャーが話しかける。しかしその女の子はキョロキョロと辺りを見渡すだけだ。そして、目が、合う。やばっ。思ったときにはもう遅かった。

──見つかった! 

「……朝霧晃太っ」

 彼女──未来は俺の姿を見つけるなり、嬉しそうに駆け寄ってきた。そして店長とマネージャーから隠れるように俺の後ろへと回った。店長とマネージャーは目を丸くさせながら俺と未来を見たのだった。

「えぇと、晃太ちゃん、知り合い?」

 マネージャーが首をかしげながら尋ねる。俺は言葉に詰まってしまった。

「いや、何て言うか、その」
「……奥さん、でしょ」
「ちょ、未来! しー!」
「奥さん……だと?」

 いち早く反応したのは店長だった。口を開けたまま包丁を持つ手を震わせている。それはまずいって店長! 

「お前……俺らに黙っていつの間に結婚なんて……」
「誤解! 誤解です店長! この子は友達で! 俺は独身です!!」
「そうよねぇ。晃太ちゃんももう結婚出来る歳だものねぇ」
「マネージャー余計なこと言わないでっっ!」

 俺は必死になって未来のことを説明する。と言っても、居候してる、とは言えないから、近くに住む友達だと嘘はついたけど。店長はまだ少し訝しげな顔をしていたけど、マネージャーの「まぁまぁ、晃太ちゃんが友達だって言ってるんだから」という言葉で追及するのをやめてくれた。実は主導権を握っているのはマネージャーなんじゃないか、とたまに思う。

「ふぅ……。で、未来、何で来たの?」

 ようやく落ち着いて未来に尋ねた。

「……ご飯、食べに」

 未来はお店をぐるりと見渡したあと、小さく言った。俺はその言葉に面食らった。

「だって、お弁当渡したじゃんか!」
「あれは朝食べたもの」

 しれっと言ってのける未来に、俺はあんぐりと口を開けた。未来は少しだけウキウキした顔をしながら、俺を見る。何で楽しそうなんだろう。
 ふと、後ろから視線を感じて、振り返った。カウンターの奥から、店長とマネージャーが俺たちをじっと見ている。……やめてほしい。
 俺は未来に視線を戻した。まぁ……来ちゃったものはしょうがないか。ご飯食べに来たらしいし、ちゃんと接客しないとだな。俺はポケットからペンと伝票を取り出した。

「ご注文は?」

 すると、未来は机の上をキョロキョロと見始めた。あ、そうか。俺は、椅子に座る未来に目線を合わせる。

「メニューは、壁の貼り紙。それを見て決めてね」
「……どれがおすすめ?」
「えっとね、どれもおいしいけど、俺は焼き肉定食が好き」
「じゃあ、それにする……」
「ご飯少なめにも出来るよ。未来にはちょっと量多いかも」
「そうする」

 俺はサラサラと注文をメモすると、にっこりと笑った。

「かしこまりました!」

 未来は俺につられたのか、少しだけ微笑んだ。……かわいい。なんて考えている場合じゃない。俺は伝票を厨房へと持っていき、店長へと渡した。

「焼き肉定食、ご飯少なめが一つで!」
「おう、まかせとけ」

 店長はそう言うと、またちらりと未来を見た。未来はぼんやりと店内を眺めている。古びた食堂に美少女って、なんかミスマッチだ。

「本当に、あの子は何でもねぇのか?」
「だから、何度も言いますけど──」

 言いかけたところで、入り口のベルが鳴った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

最近引っ越してきたお隣さんは、転校生のクーデレ令嬢だった。

星海ほたる
恋愛
彼女いない歴=年齢である陰キャ男子の俺――綾瀬春のクラスに転校生がやって来た。 その子の名前は実川紗希。 かわいいだけでなく、スタイルも抜群で正直次元が違うんじゃないかと思ってしまうほどのS級美少女。 だけど、そんな彼女の性格は素っ気なくて周りを寄せ付けない所謂クール系美少女だった。 誰もがお近づきになれないS級クール美少女。 しかし、そんな彼女は俺のお隣さんでなぜか急接近することに!? ――学校ではクール、だけど家に帰るとデレデレになるS級クーデレ美少女との幸せイチャイチャ生活、ここに始動! 

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

処理中です...